15
ビールに、水割り、日本酒に、焼酎。
いったい誰が注文したのだというような量の空瓶がずらりと並び、それを片付ける倉橋の手は休むことが出来ない。
「克己〜、いい加減座って食べたら?熱い物も冷めちゃうわよ〜」
「・・・・・私は猫舌なので後で十分です。あなたは?さっき、理事に何か頼まれていたようですが」
「ああ、あの人ね〜。もう、命令慣れている人は得よ、言われるとしなくちゃって思わせちゃうもの」
「いったい何を言ってきたんですか?」
「あ〜、いいの、手は打ったから」
「・・・・・」
多分、綾辻は倉橋に余計な負担を負わせないようにこんな言い方をするのだろうが、倉橋にはそれがかえって辛い。気遣われ
てしまうほど、自分が頼りなく思えるのかと落ち込んでしまうからだ。
(確かに、私は彼よりも頼りないが・・・・・)
「・・・・・」
「克己?どうかした?」
「・・・・・いいえ、あなたも飲んだらどうですか?今日は止めたりしませんよ」
「やだあ、克己。そんなに物分りよくなったら物足りないじゃない〜」
「・・・・・」
(注意をすれば、何時も煩いというくせに)
「・・・・・うえ・・・・・」
「あ・・・・・結構・・・・・」
「・・・・・僕は、ちょっと」
「意外と美味しい」
「お、俺にも、大人の味過ぎる・・・・・」
「このカラシ、上品だあ」
「前食べたのよりも美味しい。やっぱり本場は違うなあ」
太朗、真琴、友春、楓、暁生、日和、静。
結局、全員が一度に口にしたからし蓮根は、それぞれが思い思いの感想を抱いたようだ。
(でも、思ったよりも美味しい感じがしたな)
ファーストフードやコンビニのお菓子でも、あまり冒険をしないタイプの真琴にとってはかなりの挑戦だったが、見た目の衝撃と合
わせて考えれば結構食べやすかったように思えた。
(辛いは辛いんだけど・・・・・マイルドな辛さ?)
「どう?」
真琴の表情を見て、静が少しからかうような口調で聞いてくる。
「結構、美味しい?」
「ね?人間が作ってるんだから、食べれないものなんて滅多にないよ」
「・・・・・深いなあ、静が言うの」
綺麗な顔をしているが、案外に味覚は庶民的で革新派の静には毎回驚かされてしまう。
(でも、そのギャップが楽しいし)
「じゃんけんに負けた人だけじゃなくって、皆で食べて正解だね」
「うん」
真琴が静と顔をつき合わせて笑い合っていると、横では辛ーっと大騒ぎしている太朗と暁生がいた。
「辛っ、俺には辛過ぎる〜」
「太朗君、大丈夫?」
「み、水、水〜」
「水?ちょっと待って」
太朗にとってはかなりの辛さだったのか、ひーひーと言っている様が可哀想で、真琴は慌てて周りを見た。
周囲にはビールの瓶や焼酎の瓶、そして自分達用に頼んだジュースの瓶しか見当たらない。確か水は頼んでいなかったかもと立
ち上がり掛けた真琴は、近くにあったグラスに入った水を見つけた。
「あ、あった!太朗君、はいっ」
「ありがと!」
真琴がグラスを差し出し、太朗が受け取った瞬間にゴクゴクと何口か飲んだ。
「・・・・・あ?」
その直後、不思議そうな声を出した太朗を見ながら、
「真琴、今のって冷酒じゃない?」
そう、突っ込んできた静に、
「ええっ?」
真琴は声をあげるしか出来なかった。
「・・・・・」
冷たい喉越しの液体が水でないことは気付いたが、太朗は意外にもその飲みやすさにケロッとしていた。
「・・・・・美味しいかも」
「太朗君っ、大丈夫?」
水と間違えてグラスを差し出した真琴が心配そうに顔を覗き込んでくるが、それにも大丈夫とちゃんと答えられる。
「これ、甘くて美味しい」
「え?ホント?」
「これなら、マコさんも飲めるんじゃない?全然頭も痛くなんないし」
(こんな美味しいお酒あるの、ジローさん俺に黙ってたな〜)
未成年という事が大前提にあるが、基本的に酒が飲めない太朗は何時も上杉に飲まないようにと注意される。いや、時々、な
ぜか飲めと勧められることもあるが、その時も苦いビールも匂いのきつい酒も、太朗的には美味しいと感じたことはなかったのだ。
しかし、これは冷たく冷やされている上、甘い。もしかして高級な酒なのかもしれないと思った。
「飲んでみてっ、ほら!」
太朗と同じく、あまり酒の飲めない真琴が、太朗が手渡したグラスに恐る恐る口を付け・・・・・直ぐにパアッと表情が変わる。
「本当に美味しい・・・・・」
「ね?」
(こういうお酒だったら飲めるかもっ)
なんだか急に大人になったような太朗は、思わずへらりと笑ってしまった。
「冷酒か」
目の前で美味しい美味しいとグラスを傾ける真琴と太朗を見て、楓はしんなりと眉を顰めた。
諸事情により幼い頃から宴席に出ることの多かった楓だが、酒はほとんどといっていいほど口にしては来なかった。同行者である
保護者の父も兄も伊崎も、楓が飲酒をすることを好まなかったからだ。
ただ、それでもどんな酒がどんなふうに酔うのかは知っているつもりだった。
(冷酒って、案外強いって聞いたけど・・・・・)
真琴も太朗も、そんなふうには見えない。
「楓も飲んでみろよっ」
「俺はいい。酒はそんなに好きじゃないし」
「あ、飲めないんだ。やっぱりお子様だよな」
「・・・・・」
誰に言われても面白くない言葉だが、太朗に言われたら一番悔しい。
楓は無言のまま太朗の手かラグラスを奪い取ると、それをそのまま一気に飲み干した。
「・・・・・美味い」
「だろっ?」
「さすが水が美味しいとこは違うな」
「水が美味しいって?」
「・・・・・」
(そんなに美味しいのかな・・・・・?)
目の前の太朗と楓の会話を聞いていた日和は、皆が美味しい美味しいと言い出した冷酒を少しだけ飲んでみたくなった。
日和自身、あまり、というか、過保護な姉のせいでほとんど酒は飲まないのだが(親戚や父から勧められても、全部姉が端から飲
んでいく)、少しだけならいいんじゃないかなと思ってしまった。
「・・・・・」
少しだけグラスの底に残っていたものに目をやって、日和は楓に言った。
「これ、少し飲んでみてもいい?」
「あ、新しいの入れてくるよ!」
そう言って立ち上がった太朗は、なぜか今度は透明ではなく、少し色のついた液体が入っている小さなグラスを幾つか持ってきた。
「そこのおばさんに聞いてみたら、これ、あの冷酒を使った梅酒だって!すっごく美味しいからこっちを飲んでみてくれって言ってた
よ、ほら」
「・・・・・うん」
「アッキーと、友春さんの分も貰ってきたから、ほら、飲んでみて」
(お、お酒は苦手なんだけど・・・・・)
酒に強いという自分がとても想像出来ない友春は、ニコニコと笑い掛けられながら差し出されたグラスを一瞬受け取るべきかど
うか考えてしまった。
しかし、先程グラスの半分くらい一気に飲んだ太朗は、全く変化した様子は無い。顔色も口調も変わらないので、もしかしたら
それ程にアルコール度数は高くないのだろうか?
「じゃ、じゃあ、一口、だけ」
「うん、アッキーは」
「あ、はい」
断りきれないらしい暁生と共にグラスを持った友春は、少しだけと中の液体を舐めてみた。
「・・・・・あ、美味しい」
「ね?」
「・・・・・本当だ」
友春の行動で勇気を持ったのか、同じ様に少しだけグラスを傾けた暁生も思わずそう呟いている。
「真琴さん、こっちも美味しいって!」
「じゃあ、少しだけ味見しようかな」
全く酔った素振りもない真琴が、笑いながら太朗の差し出した小さなグラスを手に取った。
(みんな・・・・・大丈夫なのかな)
この中では唯一酒豪といえるくらい酒に強い静は、笑いながらドンドン梅酒を飲み進めていく一同を見て多少心配なっていた。
ビールや洋酒ならば結構飲める方だと自分でも思っているが、それが日本酒になると酔いの限界というものが分からないからだ。
身体に合っていないからなのかとも思うが、日本酒は何時自分が酔ったかの記憶が無くて、何時も江坂に世話をされてしまうの
で、2人きりの時もそうだが、こういう場所でも飲まないつもりではいた。
しかし・・・・・。
「静さんは?いらないんですか?」
「・・・・・」
以前の花見の時の失敗を考えていた静にとって、無邪気に向けられる太朗の笑顔が眩しい。
「俺、日本酒はちょっと・・・・・」
「え〜、飲まないんですか?」
「前の花見のこともあるし・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・少しだけ」
「はい!」
結局無言の押しに負けてしまった静は、グラスを受け取ると一口飲んでみた。
ふわっと香る匂いと、ひんやりとした冷たさ。そして、甘酸っぱい梅の味のよく効いたそれはかなり美味しかった。
「おいし」
「ね?このグラス1杯くらいじゃ酔いませんってば。前のは雰囲気で酔ったんですよ、雰囲気で!」
桜が綺麗だったしと言う太朗の記憶はしっかりしているし、とても酔った感じではない。
「・・・・・それもそうだよね」
小さなグラスに入っている梅酒を1杯くらい飲んでも酔うはずが無い。
そう思い直した静は・・・・・以前も量的には少なかったことをすっかり頭の端に追いやって・・・・・からし蓮根をツマミに冷酒を飲み
始めた。
妙に、静かになった。
先程は出された名産を前にして随分賑やかにしていたが、こんなに急に静かになるほどそれは強烈な味だったのだろうか。
「お〜い、タロ」
それならそれでからかって遊んでやろうと思った上杉は、部屋の一角に年少者の仲間と円になって座っている太朗の背中に向
けて声を掛けてみる・・・・・すると、
「は〜い!!」
妙にテンションの高い返事が戻ってきたかと思うと、ピョンと立ち上がった太朗が振り向いた瞬間、上杉は慌てて立ち上がった。
「お前っ、飲んだのか?」
「飲んれませ〜ん!!」
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いよいよ酔いが回ってきたようです。冷酒は酔いますしね〜。
次回からは保護者達の慌てぶりが露呈(笑)。