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「・・・・・」
太朗の反応を横目で見た海藤は、直ぐに真琴へと視線を向けた。
先程から頻繁に視線を向けていたが、酒を飲んでいる気配などしなかったと思うのだが・・・・・。
「真琴?」
しかし、どうやら海藤が見ていなかった時に、真琴もそれなりの量を飲んだらしい。浴衣の足元が乱れて、今にも太腿が露にな
りそうだった。
海藤は直ぐにグラスを置いて立ち上がると、そのまま真琴の傍に歩み寄る。すると、ゆっくりと振り返った真琴は、海藤の顔を見
てにっこりと笑い掛けた。
「かーどーさーん」
「・・・・・どのくらい飲んだ?」
「ちょーっと、らけれすよ?俺、ホントに、ちょーっとらけ」
酔ってしまった人間にそんなことを聞いても仕方が無いと思ったが、海藤は周りの状況を見てみた。
そこにあるグラスを見ると、どうやら冷酒や梅酒を飲んだらしい。そうでなくても酒に弱い真琴が、日本酒を飲んで酔わないわけが
なかった。
「真琴、気分は悪くないのか?」
「わるくー?ないー」
はははと笑う真琴は上機嫌だ。海藤は溜め息をつきながらも、この酔っ払いをどうしたらいいのかと考え始めた。
「楓さんは?大丈夫ですか?」
「・・・・・」
「楓さん」
「はあ〜?」
どうも様子がおかしいと覚った伊崎が楓に声を掛けると、睨むような眼差しを向けられる。その目元がほの赤く染まっているのを
見た伊崎は、気付くのが遅かったかと自分の注意の足りなさを後悔した。
「楓さん、ほら、これを放してください」
華奢な楓の指先には、今だ綺麗なグラスが握られているままだ。これ以上は絶対に飲ませられないと伊崎は取り上げようとした
が、楓は嫌だと強引に身体を捻った。
「あっ」
「・・・・・っ」
すると、中に残っていた酒が、その拍子に楓の浴衣の胸元を濡らす。
「すみませんっ」
直ぐに何かで拭こうと辺りを見回した伊崎を放っておいて、
「あ〜、気持ち悪い〜」
不機嫌そうにそう言った楓が、上半身を露にしてしまった。
「楓さん!」
酔いの為か、艶やかに染まった肌が艶かしくて、伊崎はとっさにその胸元を合わせ直そうとしたが、楓は触るなと身体を揺すって
抵抗するので、伊崎はどう宥めていいのかと困ってしまった。
伊崎の叫び声に一瞬気を取られてしまったが、楢崎も嫌な予感がして振り向いた。
「あー!!アッキーのパンツ、可愛いじゃん!!」
「!」
そこでは、楢崎の上司の恋人である少年が、ベロンと暁生の浴衣の裾を大きく捲り上げているところだった。
青地に、白のチェック柄のトランクスを見られても、暁生はヘレヘレと笑っている。それどころか、
「タローさんのも見せてよー」
普段なら、絶対にそんな口を利かないだろう暁生は、相当に酔っ払っているようだ。
「暁生」
自分という、職業も怪しく、父親くらい歳が離れた男と付き合っているとはいえ、まだ未成年の暁生には飲酒や煙草も許さなかっ
た。暁生自身もそういったものには興味がなかったようで、だからこそ、酒に強いのか弱いのか、よく分からなかったのだが・・・・・。
(絶対に、禁酒だな)
「ぐふふ、おれえはあ〜、ほらあ!へのへのもへじぱんつぅ〜」
「あっ、タロ!」
上杉が止めるのより早く、既に着崩していた浴衣を盛大に広げて見せた太朗のトランクスは、真っ赤な布地に、白地でへのへ
のもへじが書いてあるという、なかなか斬新なデザインだ。
「あー、かわい〜」
「あ、ほんとぅ」
そんな太朗の雄姿を見て、静と友春は手を叩いて喜んでいる。
いや、それだけではなかった。
「俺も、トランクス買おうかなあ〜」
自分で裾を捲くりながら言う静に、楢崎は江坂を振り向くのが怖かった。
さりげなく静の腕を取ろうとしたのに、その江坂の腕よりも一瞬早く動いた静は、こともあろうかこれ程の人目がある中で自分の
下着を堂々と見せてしまった。
太朗ほど大胆ではなく、浴衣の合わせ目を乱すほどだったが、白い太股や、その奥の、今回も江坂がチョイスした薄紫のビキニ
タイプ(それほど際どくはない)の下着は十分見えた。
「納まりがいいからって、江坂さんはこれを勧めるんだけど・・・・・」
「うわっ、静さん、せくしーだ!」
「ほんと、セクシーだねえ」
「静さん」
大声で阻むのはあまりに大人気ないかと何とか自制し、江坂は出来るだけ穏やかに声を掛けたが、静はそんな江坂に視線を
向けると、そうですよね〜と暢気に同意を求めてきた。
(・・・・・酔っている、か?)
普段、相当に強いと自負している自分にも劣らないような酒豪の静だが、どうやら日本酒は別の回路を刺激するらしい。
そうではないかと薄々は思っていたが、それは想像以上のもののようだ。
もちろん、そこには江坂の存在や、気のおけない仲間達がいるからという理由もあるだろうが。
「静さんのぱんつ、おとなぱんつだな〜」
感心したように言う太朗は、あろうことか、更に浴衣を捲って正面から静の下着を見ている。これが太朗でなかったら、その人物
は江坂の一睨みで瞬殺したはずだ。
「タロ君の下着も可愛いよ〜?俺も買っちゃおうかな〜」
「・・・・・」
それは絶対に阻止すると江坂は内心で呟く。別に下着フェチではないし、なにより静自身に価値があるのだが、セックスする前
にあのへのへのもへじのトランクスを見ると、一瞬萎えそうな気がしてしまう。
「友春は?どんな下着?」
普段よりもゆっくりな口調ながら、見た限りでは酔ったように見えない静。だが、その言動は、どう見ても何時もの静ではない。
「ちょっと見せて」
・・・・・そう言いながら他人の浴衣を捲ることなど、普段の静ならば絶対にしないだろう。
(騒がしいな・・・・・アンダーウェアーぐらい、別に構わないだろうに)
普段冷静な江坂が慌てたように顔色を変えるのが不思議で、アレッシオはワインをあおった。
ここでヌードになれと言えば、もちろん止めてもおかしくはないが、あれはどう見ても子供のじゃれあいだろう。
(私のトモは、そんなことはしないが)
江坂以上に独占欲が強いと思っているが、大人しい友春はそもそも酒を飲まないだろうし、仮に酔ったとしても、そのまま眠った
りしてしまうに違いない。
「・・・・・」
案の定、友春は静や太朗達の掛け合いを楽しそうに見ていたが、
「友春は?どんな下着?ちょっと見せて」
普通の会話のように言った静が、手を伸ばして友春の浴衣を捲った瞬間、アレッシオは思わず口元に運びかけたグラスを落とし
そうになった。
「トモッ?」
「あ!友春さん、ブリーフッ?」
その時、友春が穿いていたのは若草色のブリーフだ。
さすがに恥ずかしそうに視線を彷徨わせたものの、それでも友春は聞かれるままに答えている。
「家じゃ、着物を着る機会が多いから、トランクスはどうしてもかさばっちゃって。ボクサーパンツでもいいんだけど、これが一番身
体の線を隠してくれるから」
「へえ〜」
「そんな理由があるんだ〜」
「・・・・・」
(・・・・・初めて聞く話だぞ)
自分が聞いたこともない話を、簡単に他の人間に話すのは面白くはないが、それでもこんな機会がなければ聞くこともなかった
かもしれない。
セックスする時にどんな下着を身に着けているのかそれほど興味のなかったアレッシオだったが、これからはそれを目にするのも楽し
みの一つになるかもしれないと思った。
「真琴は、下着何〜?」
「俺え?俺はぁ、トランクス」
海藤に身体を支えてもらったまま、真琴は自らの手で浴衣を捲る。そっとその裾を海藤が直しているのが・・・・・アレッシオは何だ
かその気持ちが分かるような気がした。
騒ぎを聞きながら、秋月はそっと移動して日和の顔色を観察した。
(赤くなっているが・・・・・やっぱり飲んでいるのか)
あの面子で酒を飲むとは思わなかったものの、あの子供達のように下着の見せ合いをする前に確保していた方がいいだろう。
「日和」
そう思った秋月はその腕を掴もうとしたのだが・・・・・。
「にがさないぞお〜!!」
「・・・・・っ」
その秋月の腕にしがみ付くようにタックルしてきた太朗にバランスを崩し、畳の上に日和と太朗と秋月が絡まって倒れこんでしまっ
た。
「おい」
こんなことで一々怒ることもなく、秋月はパッと日和の身体を確認してから太朗を振り返る。
「大丈夫か?」
どんなに子供に見えても、羽生会会長、上杉の恋人だ。怪我をしていてはと思ったのだが、その油断をつかれたのだろう、
「すきありい〜!」
いきなり、秋月は膝の上に太朗に乗り上げられると、そのままバッと浴衣の胸元を左右に開かれてしまう。
「・・・・・いったい、何だ?」
積極的な女でも、もっと優しくするぞと内心思いながらも、秋月は膝の上の太朗を見つめる。太朗は秋月の顔から足元までを
何度か顔を往復させ、ピタッと視線をある場所で止めて・・・・・隣にぺたんと座り込んで首を傾げている日和を振り返った。
「ひよ〜」
「なにぃ?」
「このひと・・・・・けっこー、ちんちんおっきそう」
その言葉に、さすがに秋月は一瞬言葉に詰まる。
しかし、
「ん〜、秋月さんはあ、おっきいとおもうよ〜」
無邪気に笑いながら肯定する日和の言葉に、秋月は思わず口元を手で覆ってしまった。
(結局、そこに行き着くのか、タロ・・・・・)
上杉は痛む頭を押さえながら溜め息をついた。
温泉に入っている時から妙に拘ると思っていたが、太朗はなぜそんなにもペニスの大きさが気になるのだろうか?
(確かに、タロのは自慢出来るもんじゃねえがな)
自分やここにいる男達は、体格から見てもそうだが、特別立派なものを持っているのではないだろうかと思う。
「タロ、そいつ、俺よりでかいか?」
ただ、上杉も、思っていた以上に温泉でのことが頭の中に残っていたらしい。太朗がアレッシオのペニスが大きいと言っていた言葉
を思い出し、思わずそう聞いてしまっていた。
「ん〜」
「秋月さん、おっきいよ?」
「おっきいけど〜、並べないとわかんないよな〜」
「・・・・・」
まさかそれが出来るはずもなく、上杉はコホンと咳払いをしてから立ち上がり、そのまま太朗の傍へと歩み寄った。
「ガキみたいに皺にしやがって」
糊の利いた浴衣は既に皺だらけで、子供が暴れまわった後のようだ。
襟元を直してやりながら(直ぐに乱れるのは想像がつくが)、上杉はどうするかと考えた。まだ食事は最後のデザートまでいっていな
いが、ここにいる酔っ払いの子供達をこのまま放置するのも心配だ。
「少し早いが、お開きにするか?」
上杉の提案に、保護者役の男達は異論は無いようで、それぞれの恋人の腕や腰を取ろうとする。
その時だった。
「やだっ」
「まだ、はやいですよ〜」
「デザートも食べてない・・・・・」
「酔ってないって!」
「もう少し、いいでしょ?」
「おなかすいた〜」
「よるはこれからだぞ〜!!!」
可愛い反論の言葉が続き、最後に太朗が上杉の腕を振り払って立ち上がると、高々と片手を突き上げる。それに調子を合
わせるように拍手をする恋人達に、自称、話の分かる大人の男達は自然と顔を見合わせてしまった。
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酔っています、酔っています。
次回は倉橋さんやテツオも・・・・・。