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 「エサカ」
 「分かっています。もうお開きにさせますから」
 アレッシオに声を掛けられた江坂は、即座にそう言ってグラスを置いた。
たまに見掛ける、服を脱ぎ出す馬鹿らしい宴会と一緒にするつもりではないが、あのままでは静もつられて浴衣を脱ぎそうな勢い
だった。
 楓の裸身はただ芸術品のように綺麗だと思うが、それが静だったとしたら・・・・・いや、想像したくない。
(さっさと言いくるめて部屋に押し込んだ方がいい)
珍しく、ほんのりと酔った静は、自分だけが堪能すればいいかと思った。しかし・・・・・。
 「え?ここでみんなで?うん、楽しそう」
 いったい、誰が言い出したのか、デザートのアイスクリームを口に運んでいた静は、個別で部屋に止まるのではなく、この宴会場
に雑魚寝しようという提案に嬉々として頷いている。
(冗談じゃない)
 「静さん」
 それだけは絶対に駄目だと、歓声のような声と同時に江坂は立ち上がって静の傍まで歩み寄ると、その顔を覗き込むようにして
言った。
 「ここでは風邪をひくかもしれませんし、他の人間の都合もありますから」
もちろん、他の男達は自分の一睨みで黙らせるつもりだったが、
 「みんなでくっ付いたら、風邪なんてひきませんよ?ね?こういう機会なんて滅多にないんだし」
にっこりと笑って江坂を見つめる静の言葉は、とても酔っている者のものだとは思えなかった。



 酔っては無いと、日和は思っている。それでも、気持ちよく身体がユラユラしているのは、きっと楽しい時間に気持ちが高揚して
いるせいかもしれなかった。
(来て・・・・・良かったかも)
 男と、それも、普通ではない生業の男と付き合っているなど友人にも言えなくて、心のどこかで卑屈になったり怯えたりしていたと
ころもあったが、今日出会った者達は自分と同じ様な境遇ながら、こんなにも生き生きとしているし、相手への想いを隠そうとはし
ていなかった。
 まだ、完全に秋月のことを受け入れたとは言えない日和だが、何だかこの気持ちがいいまま、今日は素直に秋月の傍にいれそ
うな気がしていた。
 「ね?ここで、こわーいはなし、しよ?」
 ひよと、まるでペットの名前のように呼ばれたが、嫌だと思うこともなく日和は頷いていた。
 「おい、日和」
 「・・・・・えぇ〜?」
 「ここより、部屋に戻る方がいいだろ」
ゆっくりと顔を上げると、不機嫌そうな秋月の顔があった。こんな楽しい時にどうして不機嫌な顔をするのだと思ったが、日和の頭
の中には日頃の秋月の行動はインプットされているらしく、ぼんやりとした思考の中でもそれは薄れなかったらしい。
 「ふふ、秋月さーん、きょーはエッチなことはー、禁止!」
 「・・・・・」
自分の言葉に一瞬言い返すことが出来ないような秋月の顔を見て、日和はまたもクスクスと笑って頬にペタペタと触った。
 「かわいー、秋月さん・・・・・ふふふ」



 「あっきーも、いいよなー?」
 一緒に寝ようよという太朗の誘いに、もちろん楽しそうだし、誘ってもらったことを嬉しく思ったが、暁生は少し離れた場所にいる
楢崎を見つめてポツンと呟いた。
 「俺ぇ・・・・・ならさんに〜、抱っこしてもらいたい〜」
 日頃、自分との歳の差を気にしているのか、それとも組の幹部という自分の立場のことを考えているのか、楢崎は一緒にいても
甘い空気を感じさせてくれることが少なかった。もちろん、優しくしてくれるし、大事にされているのも分かるが、どちらかといえば躾
けられている感じがする。
(俺は〜、もっと恋人みたいに・・・・・)
 「なんだよ〜、あっきー、だっこしてもらわねーの?」
 「・・・・・ん〜、あんまりないかも」
 そう考えると寂しくなって、暁生は視界が涙で滲んできてしまった。
 「ちょっとお!ナラさん〜、あっきー、ないてるよー!」
 「・・・・・ないて、ないもん」
どんなに恋人っぽくなくても、自分は楢崎の傍にいれるだけで嬉しいのだと、自分自身に言い聞かせていた暁生の髪が、後ろか
らくしゃっとかき撫でられた。
 「馬鹿。飲み過ぎだ」
大好きな匂いが身体を包んでくれる。暁生はたまらなく嬉しくなって、そのまま後ろを振り向いた。
 「水、飲むか?」
何時もの保護者のものとは少しだけ違う顔。その顔が見れたのが、今日一番の嬉しいことだった。
(絶対、忘れるなよ・・・・・俺)



(ここでみんな一緒にか・・・・・楽しいかも)
 先程、宿に着いた時に案内された部屋もとても素晴らしかったが、旅行の醍醐味はやはり仲間と楽しく騒ぐことのような気がす
る。
友春はちらっと、アレッシオの方へと視線を向けた。
(・・・・・浴衣も、似合ってるんだから・・・・・)
 普段の隙の無いイタリアのブランドスーツを着こなしたアレッシオは大人のデキル男といった感じだが、今目の前にいる彼は少し
だけ胸元をゆったりと開いているものの、高い腰の位置で綺麗に浴衣を着こなしている。
呉服屋の息子である友春は、もう数え切れないほど着物(浴衣)姿の大人の男の姿を見てきたが、アレッシオほど男の色気とい
うものを感じさせる相手はいなかったように思えた。
(暁生君が、抱っこされたいって思うの・・・・・わかる、かも)
 普段はとてもそんな風にアレッシオに甘えることなど考えられないが、少しだけ気分が浮かれている今夜のような時は、その胸に
抱っこされたいと少しだけ思う。それは、セックスとはまた違った意味だった。
 「・・・・・」
 友春の視線に、アレッシオが顔を上げた。どうしたと、何か問い掛けてくるような綺麗な碧の瞳。
(目も・・・・・綺麗・・・・・)
ぼんやりとその目を見つめ返した友春は、思わす笑みを浮かべた。



 「風邪をひくでしょう」
 「・・・・・」
 「楓さん?」
 「・・・・・セリフが違う」
(ここはー、俺以外に肌を見せるなって言うところだろーっ)
 楓は別に露出狂ではないが、自分の身体を変に出し惜しみするつもりも無かった。
ただ、女みたいな顔だからと身体まで貧弱だと思われるのは嫌で、ここにいる者達が顔見知りだという前提のもと浴衣を脱いだの
だが、こういう時にでも保護者の立場を崩さない伊崎をじれったく思ってしまう。
 「きょーすけー!」
 「・・・・・っ」
 楓は伊崎を押し倒し、そのままその腰に乗り上げる。
 「楓さん、どいてください」
 「なー、ムラムラこないかー?」
恋人にこうして触れられたら、男だったらムラムラしてもおかしくないと思うのだが、軽く腰を揺すっても、伊崎の生真面目な表情は
崩れない。
(もうっ、これで勃たなきゃ男じゃないって!)
 「かえでー、プロレスかー?」
 イライラしている楓に、太朗が暢気に声を掛けてくる。
眉を顰めた楓は、ずりずりと膝立ちで近付いてきた太朗にガバッと圧し掛かった。
 「うわあ〜!!」




(みんな、楽しそおー)
 真琴はぽかぽか温かい自分の頬に手をあてながら笑った。
太朗と楓のプロレスにとても参戦は出来ないが、近くで応援した方がいいかもと腰を上げようとする。
 「真琴」
 その時、名前を呼ばれた真琴は、トロンとした眼差しをゆっくりと背後に向けた。
 「寝るか」
 「かいどーさん」
そっと頬に手をあてられる。冷たいグラスでも持っていたのか、海藤の手の平はひんやりと冷たく、真琴はその心地良さと大きな手
の安心感に、一気に身体の力を抜いてしまった。
 「・・・・・」
それでも、身体は畳に倒れこむことは無く、しっかりとした腕の中に抱きとめられる。真琴はふふふと、意味も無く笑ってしまった。
 「部屋に戻るか?」
 「いやー」
 「眠いんだろう?」
 「ずっとー、ここにいるー」
 我が儘を言う自分に、きっと海藤は困っているだろう。何時も見惚れる端正な容貌が、自分のことに係わる時だけ変化するの
は嬉しいが、真琴はもっと、海藤に笑ったり、怒ったりして欲しいと思う。
(ぜーったい、みんな、かいどーさんを好きになるよ・・・・・ね)
 感情の起伏が無いなどと、人に言われるのはとても心外だ。自分の好きになったこの優しい人は、表面に見せないだけでとて
も心が豊かだと思う。
(みんなが好きになっちゃったら・・・・・困るけどー)
それでも・・・・・そう思いながら、真琴は目を閉じた。
 「真琴、眠いのか」
 眠くは、ない。
ただ、こうしてピッタリと海藤にくっ付いているのが気持ちがいいだけなのだと答えたかったが、真琴は言葉にするよりもクスクス笑い
ながら、海藤の胸に頬を埋めてしまった。



 「あつ・・・・・い、です、けど」
 ぼうっとする頭を数度振り、倉橋はきっちりと着込んでいた浴衣の胸元を寛げるために手を伸ばした。
普段は、男にしては色白の肌を見られることが嫌で、極力肌の露出は控えるようにしていたものの、これだけ熱くては裸にならな
い程度ならばやむ終えないと思う。
 「あっ、駄目!」
 しかし、その手を止める者がいた。
 「・・・・・あつい、です、よ?」
どうして止めるのかと、倉橋は綾辻を睨んだ。
 「熱いんなら、部屋に行きましょ、ね?」
 「・・・・・だ、め、です」
 まだ海藤や他の組の長も部屋の中に残っているというのに、自分だけが先に休むことなど考えられない。それよりも、少しこの浴
衣を緩めるだけでいいのだ。
 「だから〜」
 「・・・・・」
 倉橋はじっと綾辻を見つめる。何時もは怖いほどに自分の意図をくみ取ってくれるのに、どうしてこんな簡単なことが分からない
のだろうか。
(顔だって、きっと赤くなってるはずなのに・・・・・)
 飲むのではなかったと思うのは、もう考えても仕方が無いことだ。倉橋は自分の現状を手っ取り早く綾辻に理解してもらうために
と、その手を取って自分の浴衣の合わせ目の中へと差し入れた。
 「・・・・・ね?」
熱いでしょうという意味を込めた眼差しを向けるが、なぜか・・・・・綾辻は空いた片手で口元を塞ぎ、横を向いてしまった。



 「めろろ〜ん♪」
 太朗はアイスを食べ終わると、次にメロンを食べ始める。当然のように、自分のものだけでなく、上杉のものも、その周りの席の
ものもどんどん食べていく。
 「タロ、腹壊すぞ」
 「べつばら、べつばらー」
歌うように言った太朗は、6個目のメロンを食べ終わると、ちょうどやってきた年配の仲居に楽しくなって言った。
 「ここー、布団、なんこひけますかあ〜?」
 「ここに、ですか?」
 「そーれす!みんな、ここでいっしょにねるんれーす!!」
万歳するように手を上げて言うと、周りでも次々に賛同する声が上がった。







 「せっかく、みんなできたんだもんー、さいごまで、いっしょがいーよねー」
 「マコトの言うとーり!俺はぁ、枕なげもしたいしー」
 「俺ぇ、ねぞーわるいんれすけどー」
 「あっきー、きにしなーい、きにしなーい。ごろねすればいーよー」
 「おきたらー、ゆかたぬげちゃってるかもぅ」
 「おれあ、かわいーこ、おそっちゃたりい〜」
 「ひゃはは、おそわれるぅ〜」
 真琴、静、暁生、太朗、友春、楓、日和。
口々にそう言い続ける子供達は、どうやら酔っていてもここに残りたいという気持ちは薄れないようだ。もちろん、その身体を抱き上
げて部屋に連れて行くことは簡単だったが・・・・・あいにく、ここにいる男達は、愛しい者達に弱かった。
 「仕方ねえ・・・・・おいっ、膳を下げて、ここに布団を敷いてやってくれ」
 諦めたようにそう言った上杉に、太朗はひゃっぽうと叫んで抱きつき、みんな来いと叫んで・・・・・、
 「おいっ」
わーっと、楽しそうに近付いてきたお子様達が身体に纏わりついてしまった上杉は、そのまま派手にその場に尻餅をつく羽目になっ
てしまった。






                                         






次は、眠ってしまったお子様を前に、旦那様方の酒盛りが始まります。
ノロケも登場・・・・・後残り、2話。