5
大型ショッピングセンターの、一番端の駐車場はガランと空いていた。
サロンバスが停まり、続いてそれを取り囲むように数台の車が停まったのに気付いた買い物客がいたかどうか・・・・・。
綾辻と楢崎は揃って車を降り、用心深く乗降口に近付いた。中の状況は携帯で聞いたが、それが言わされた事実でないかど
うかは最後まで分からない。
「・・・・・あ」
やがて、乗降口が開いて、まず倉橋が下りてきた。
「克己!」
思わず両手を広げてその身体を抱きしめようとした綾辻だったが、倉橋はにべも無くその手を振り払う。
「場所柄をわきまえて下さい」
「もうっ、せっかくの無事を喜び合いたかったのに、克己ってば冷たい〜」
文句を言いながらも、綾辻の表情は綻んでいた。いつもと変わりない倉橋の対応に、情けないほど自分が安堵していることを自
覚しながら・・・・・。
「楢崎さん!」
「暁生・・・・・っ」
厳しい楢崎の顔に浮かんだ明らかな安堵の表情に、暁生は自分自身もホッとして泣きそうになった。
当初はどうなるかと思っていたが、周りには仲間(と、言うにはおこがましいかもしれないが)もいたし、倉橋もいて、怖いと思う暇も
無かった。
それよりも、自分とそう歳の変わらない少年の不遇の方が気になって、何とかして欲しいと思う。優しい楢崎ならばきっと力になっ
てくれるはずだ。
「楢崎さん、助けてあげて!」
「え?」
暁生を抱きしめようとした楢崎の手が止まり、まじまじと暁生を見下ろしてくる。
「暁生」
「ね、お願い!」
懇願しながら自分にしがみ付く暁生を、楢崎は戸惑ったように見つめていた。
何だか長い間バスに乗っていた気がして、楓はバスを降りた途端、ん〜っと大きく背伸びをした。
「楓さんっ」
そんな楓に駆け寄った伊崎は、楓の全身を用心深く見つめてきた。
「どうしたんだよ」
「・・・・・いえ、無事で良かったと思いまして」
「当たり前。バスから電話もしただろ?」
始めは隠れて電話をしていた楓は、一連の経過を見て堂々と電話を始めた。
楓自身、こんな馬鹿げたことを高校生になるという少年がしでかした事に呆れてしまうが、その原因が聞き流せるほどにいい加減
でもないので文句を言うだけでは終われない。
楓は心配したであろう伊崎に笑い掛けると、チラッとバスを振り返って言った。
「あんまり、叱らないでやれよ」
「・・・・・愛しいあなたの無事が一番大事ですから」
「・・・・・」
(だから、普段からそういうことを言えっていうの!)
「あ・・・・・」
「友春?」
友春と並んでバスを降りた静は、急に立ち止まった友春を見て、その視線の先に目を向けた。
「江坂さん」
そこには江坂とアレッシオが立っていて、静は思わず頬を綻ばせた。
どうなるかと思ったが、こうしてまた江坂の側に戻れてとにかく良かったと思う。江坂も、静の顔を見てほっと安堵したような表情に
なったのが見ていてくすぐったかった。
「友春、ほら」
「で、でも」
「どうしたんだよ?カッサーノさんも心配してたと思うよ?」
「・・・・・ケイ、怖い顔・・・・・してる」
「え?」
友春の言葉に、静はもう一度アレッシオに視線を向けると、確かに彼は厳しい表情でこちらを見ていた。しかし、静から見れば、
あのアレッシオの表情は心配のあまりに顔が強張っているのだと思えた。
「行こう」
「し、静」
「心配掛けたんだから、ちゃんと顔を見せて安心させようよ」
そう言って、静は友春の手を握った。
「日和っ」
バスを降りた途端に名前を呼ばれた日和は、恥ずかしくてたまらなかった。周りに、いったい自分達がどう見られているのか想像
するだけで怖いのだが、それでも心配してもらったことは申し訳なく思ってしまう。
「大丈夫か?」
肩を抱かれ、顔を覗かれるように訊ねられた日和は、大丈夫ですと小さな声で答えた。
「みんないたから、そんなに怖くなかったし・・・・・」
「本当か?」
「本当です。だから、あの、お願いします、あんまり怒らないでください」
「・・・・・こんな勝手なことをされて、俺に黙ってろと?」
「ごめんなさい、でもっ・・・・・あの、あの・・・・・怒らないで、下さい」
そうとしか言えなくて、日和は頭を下げる。
秋月はそんな日和の肩を黙って抱きしめていた。
絶対に海藤は助けてくれると信じていた真琴は、バスを降りた途端に海藤のもとへと駆け寄った。
海藤は先ずは真琴の全身を見つめ、それからようやく笑みを浮かべてくれた。
「よく頑張ったな、真琴」
「俺は何もしてないです。倉橋さんや、えっと・・・・・あの人、宗岡さんが前に立ってくれて、俺は本当に何も出来なくて・・・・・で
も、みんな無事で良かったです」
「・・・・・ああ」
「1人じゃなくて、本当に良かった。でも、心配掛けて、ごめんなさい」
「お前が謝ることじゃないだろう?それで、問題の子供は?」
自分に謝らせたくないのか話題を変えてくれた海藤に、真琴はチラッとバスを振り返る。
「それが、海藤さん達が車から降りてくるのを見て、何だか怖くなっちゃったみたいなんです。みんな、迫力あるからかも」
バスジャックという突拍子もないことをしでかしてしまった2人は、バスが停まり、車が停まって海藤達の姿を見て、どうも下りてくる
勇気がまだ出てこないらしい。
(あの、翼っていう子、泣きそうな顔をしていたし)
いきがっていた陽平も、青褪めた表情で椅子に座っている。もしかしたらこれだけでも、2人にとっては大きな罰になるのではない
だろうかとさえ思った。
「海藤さん、倉橋さんから聞いてくれましたか?」
彼らのしたことは確かに間違っているだろうが、でも・・・・・何とかしてやりたい。自分が出来ないくせにそう思うのは傲慢なのかも
しれないが、そう思ってしまう気持ちは止める事が出来なかった。
「ジローさん!心配したっ?」
「心配しねえわけないだろっ!」
子供のように飛びついてきた身体を危なげなく抱き止めてくれた上杉に、太朗は嬉しくなってスリスリと頬を寄せてしまった。
バスジャックという事には驚きはしたものの、途中からバスの中は2人の少年を追い詰めた相手に対する憤慨で盛り上がってしまっ
ていた。
仲間内では年少組に入る太朗も、自分よりも年下の彼らがこんなことまでするしかないと思ってしまったことが悔しくてしかたが
ない。自分なら、そんな相手には金蹴りくらいしてやるだろう。
(まあ、あの子と俺じゃ違うだろうけど)
いかにも庇護欲をそそる風情の翼と、見るからに何があっても打たれ強いような自分とは、相手の取る手段は違っているかもし
れないが。
「おい、タロ、何考えてんだ。もっと再会を喜べよ」
「再会って、そんなの1時間も経ってないじゃん!それよりも、ね、絶対に2人を怒んないでよ?今でさえジローさん達見てビビッ
てんだからさ」
「ビビらせるくらいいいだろ。こんな舐めた真似しやがったガキ」
「駄目!そんなのしたら、一緒に温泉入ってやらないから!」
「・・・・・おい、俺はお前を思ってだな」
「だから、お願いしてるんだよ。ね?」
「・・・・・お前は〜」
上杉がどれだけ心配してくれたのか、太朗には想像するしか出来ないが、それでもこれだけは始めに言っておかなければならな
いと思った。
「・・・・・で、お前は何をしたんだ」
「な、何って・・・・・」
(な、何で俺・・・・・怒られてるんだ・・・・・?)
腕組をした小田切の前で直立不動で立った宗岡は、まるで教師に叱られている生徒のような気分だった。
チラッと見た他の人間達は、程度の差はあれ再会を喜び合っているように見えるのに、小田切は大丈夫かという言葉さえも言っ
てくれない。
何と答えようかと迷っていた宗岡の顔をじっと見つめていた小田切は、はあ〜っとこれ見よがしな溜め息を付いた。
「少しは使えると思ったんだが、倉橋さんの足元にも及ばなかったのか」
「・・・・・そんな言い方・・・・・」
「他にどんな言い方があるんだ」
切り捨てるように言う小田切に、何を言っても無駄かもしれない。
そう思った宗岡がいじけてしまいそうになった時、不意に細い指が伸びてきてムニッと頬を摘んだ。
「ゆ、裕さん?」
「一応、無事飼い主の元に帰ってきたことは褒めてやろう」
そう言うと、小田切はようやくふっと笑みを漏らした。
「・・・・・本当にガキだな」
太朗と真琴にそれぞれ腕を引かれるようにしてバスから降りてきた翼と陽平を見て、上杉は呆れたようにそう言うしかなかった。
同じ子供でも、もう少し大人っぽかったら一発殴ることも出来るだろうが、こんな2人に手を出したらそれこそ自分が鬼畜だと思わ
れてしまうだろう。
「江坂理事、どうします」
「・・・・・」
江坂も厳しい表情をしているものの、直ぐに口を開かない。それは、彼の腕を押さえるように握っている静の存在があるかもしれ
なかったが・・・・・しばらくして、江坂は少し離れた場所に立つ秋月に視線を向けた。
「九州は、うちよりも弐織組の方が力があると思うが」
「・・・・・はい、さっき聞いたその金融会社と関係の深い組は分かっています」
「こんな子供を借金のカタに・・・・・どういう商売をしてるんだ」
「・・・・・あ、あのっ」
ずらりと自分達の周りを囲む、どう見ても堅気には見えない男達。
そのあまりの迫力に、既に涙目になっている翼の手をギュッと握り締めていた陽平は、ばっと頭を深く下げて叫んだ。
「翼を助けてください!」
「・・・・・」
「俺っ、何年掛かっても、絶対に借りた金は返しますっ!だから、だから、お願いします!」
「・・・・・」
上杉は腕を引っ張られる感覚に振り向くと、隣で太朗が心配そうな視線を向けてきていた。
お願い、お願いと、言葉では無く大きな目で言われているようで、思わずおいおいと声を掛けたくなってしまう。
(俺は慈善家じゃねえんだが)
はっきりした金額は分からないが、少年達の言うようにそれが1000万円だとしたら、上杉にとっては痛い出費ではない。しかし、
普通の子供にとっては途方も無い大金だろうそれを、易々と渡していいのだろうか?
(それよりも・・・・・)
「その金貸し、ちょっくら可愛がるか?」
「・・・・・それじゃ甘いだろう」
試しに言った上杉の言葉に反応したのは江坂だった。
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バスジャック編、次回に少しズレ込みました(苦笑)。
江坂理事、怒ってます。