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「着いた!!」
思い掛けない寄り道があったので、宿に到着したのは午後6時を既に回った時だった。
熊本県黒川温泉。有名な温泉地としても名前を知られているその地は、太朗の想像していた通りの《THE・温泉》という雰囲
気の町だった。
「アッキーも早く来ればいいのにな〜」
「夕飯に間に合えばいいけどね」
「・・・・・逃げたんだよ、あいつら。きっと酒のまされたり、からかわれたりするのが嫌なんじゃない?」
「楓君ったら」
今回の人騒がせなバスジャックをした翼と陽平は、福岡市内の家に送っていくのに楢崎と暁生が付き添って行った。
本来なら、見た目が真面目そうな伊崎や倉橋、もしくは、当たりが柔らかな綾辻か小田切に任せるのが一番だろう。どう考えても
厳つい容貌の楢崎が行くのは間違いのような気がするが・・・・・江坂はあくまでも2人の親に対して一言言わなければ気がすまな
いようだった。
子供に罪がないとしても、そこまで子供が追い詰められていたことを知らない親には注意しなければならない。それには一見強面
で、しかし理路整然と説明が出来る楢崎は適任かもしれなかった。
楢崎がいない部屋に1人いるのは寂しいと思ったのか、暁生もそれに同行した。それでも、何とか食事の時間には間に合いそう
な距離だろう。
「ねえ、お風呂入らない?」
温泉には最低5回は入らないとと(到着してからと、食後、寝る前、朝風呂、出立前)思っている太朗が声を掛けると、真琴は
直ぐに頷いた。
「うん、ここの露天風呂有名だしね。ねえ、楓君も、静も友春さんも一緒に入ろう?」
「楽しそうだね」
「僕、温泉久し振り」
「タロに背中流させるか」
4人の同意を得た太朗は楽しくて仕方が無かったが、ふと、どうしたらいいのかと手持ち無沙汰な感じの日和に声を掛けた。
「一緒に、入りましょうよ、ひよさん」
「ひ、ひよ?」
「あ、ひよこみたいで可愛い」
太朗の言葉に面食らったような日和だが、直ぐに真琴が同意したので否定する事も出来なかったらしい。
どうしたらいいのだと秋月を振り返る日和を見ていた小田切が笑いながら口を挟んできた。
「安心されて下さい、秋月さん。私も一緒に付いていますから」
「・・・・・お前が?」
「この子達が何かすることは無いでしょうが、一緒にいて目を付けられても困りますからね」
従業員も男ですからと言う小田切の言葉の真意が分からないまま、太朗は首を傾げている。
「えっとお、小田切さんも一緒に入るってことですよね?」
「若い子と入るのは久し振りですよ」
その言葉に変な意味はないだろうが、太朗はなぜだか笑いが強張ったような気がした。
「今日は貸切だから、全然心配ないですよ〜、理事」
苦い顔をしている江坂に、綾辻が笑いながら声を掛けてきた。
静に部屋風呂に入るようにと言い掛けた江坂はその声に出鼻を挫かれた形で、綾辻に視線を向ける。
「・・・・・心配はしていない」
「え〜、みんなにしーちゃんの裸見られても?」
「お前が変な言い方をしているだけだろう」
綾辻の言う通り、今回この宿が貸切になっているのならばそれ程問題はない。確かに面白くは無いが、静が友人達と温泉に
浸かりたいという気持ちも分かるからだ。
ただ。
「お前は入るな」
「え〜、どうしてですか?」
「・・・・・理由は無い」
反論する綾辻に一々意味など告げなくてもいいだろう。
裸で、赤の他人とバスに浸かる。
それが、直接セックスに結び付くことがない、スパのようなものだとは分かっているものの、アレッシオにしても友春の裸が他の男に
見られるのは面白くなかった。
(ターロ達のような子供ばかりだったらまだましだが・・・・・)
小田切まではまだギリギリ許せるが、綾辻はもってのほかだ。
(あいつは狩る側だからな)
見ていれば分かる。一見、柔らかな口調で笑って話している綾辻だが、あの男は油断がならない狩猟者のはずだ。
「エサカ、誰か付けろ」
アレッシオの言葉に、江坂は直ぐに近くにいた男の名を呼んだ。
「・・・・・倉橋」
「はい」
「世話を頼む」
「・・・・・私が、ですか?」
「ああ。害が無いのは、ここではお前くらいだ」
江坂の言葉に倉橋は複雑そうな顔になったが、ここで言い返すことも出来ないのだろう。
はいと頷くその姿を見て、アレッシオの憂慮は多少小さくなったような気がした。
考えれば、ここにいるのは全て男で、全員が同じ湯船に入っても全くおかしいことではないのだが、抱く側と抱かれる側に分かれ
てしまっていると、どうしても見る目が変ってしまうのだろう。
特に、ここにいる抱く側はみな相手を溺愛していて、自分以外の者が自分の恋人以外に目が行かないことは分かっているのに、
その肌を見せたくないと思ってしまうのだ。
(・・・・・俺も、人のことは言えないが)
海藤も、出来れば真琴には振り当てられた部屋の風呂で、自分とだけ一緒に入ってもらいたい。
もう少し譲歩をすれば友人の太朗達ならばいいが、同性を抱く側にいる男の前では肌を晒して欲しくない。
「堂々と言えるのは、羨ましいな」
江坂とアレッシオの傲慢過ぎるもの言いも、考えれば誰もが理解出来るのではないだろうか。
「つまらんなあ」
「上杉会長」
「みんなの前でタロを苛めたら楽しそうなんだがな」
「・・・・・嫌われますよ」
(この人は別格だな)
上杉も、もちろん人並みに、いや、それ以上の独占欲があるだろうが、それを綺麗に隠して、その上自分なりの楽しみを見つけよ
うとしている。
その柔軟な思考は感心するが、とても真似出来るとは思わなかった。
(別に、全員で同じ風呂に入ってもいいと思うんだがなあ)
太朗の裸を好んで他人に見せようとは思わないが、色気のある他の子供達とは違い、まだまだ子供っぽい太朗に欲情する人
間がこの場にいるとは思えない。
「・・・・・海藤、こっそり覗きに行くか?」
それも面白そうかもと思ったが、頭の固い海藤は眉を顰めながら言う。
「本気で言ってるんですか?」
「あー」
「・・・・・」
「冗談だって。幾ら俺でも、女湯じゃなく男湯覗いて何が楽しいんだよ」
「本当だったらそれも問題ですよ」
「あ〜、つまんね〜な」
裸の付き合いという言葉は、ここでは異次元の言葉なのだろうか。
上杉はふんっと鼻を鳴らすと、タロとその名を呼んだ。
「もうっ、犬みたいに呼ぶなよな!」
そう言いながら、嬉しそうに上杉のもとへと走っていく太朗の後ろ姿を苦々しく見送った楓は、ふと自分の方をじっと見ている視
線に振り返った。
「何?」
(確か・・・・・ひよこ?)
ちゃんとした名前は何だったかと思いながら訊ねると、日和はごめんなさいと言いながらもまだ視線は逸らさなかった。
「え、えっと、よく見ても、綺麗だから・・・・・」
「はあ?」
聞き慣れた賛美に、楓は眉を顰める。
「そんな当たり前なこと言われてもね」
「え、えっと」
「俺は、人の価値は外見じゃないと思ってるけど、せっかく持っているんなら使わないと損だとも思ってる。お前も、どうせならその
顔と身体を上手に使って、あの男を上手く転がしたらいいんじゃない?弐織組系の東京紅陣会若頭だっけ?噂じゃやり手だっ
て聞いてるし」
どうせなら、貢がせるだけ貢がせたらいいんだと言うと、日和は驚いたように目を丸くしている。
「秋月さんのこと、知ってるんですか?」
「うち、ヤクザの組だから。実際会うのは初めてだけど、噂だけだったら聞いたことあるよ」
「あ・・・・・あのっ、教えてもらっていいですかっ?」
いきなり腕をガシッと握ってきた日和に、楓は嫌な顔をした。
日和は秋月のことを何も知らない。本人の口から聞いたことと、自分の目で見た僅かなものしか分かっていなかった。
それ以上知るのは何だか怖い気がしたし、改めて聞くのもと思っていたのだが、こうして第三者の目で見た秋月の人となりは何だ
か聞いてみたい気がする。
「お願いしますっ」
「お願いって・・・・・」
「お願いします!」
「・・・・・選挙じゃないんだって」
はあ〜と溜め息をついた綺麗な少年は、後でねと言ってくれた。
「そんなに詳しく知っているわけじゃないけど」
「それでもいいんです」
こんな風に、たとえ自分が意図しなくても傍にいることになっているのなら、少しでも男のことを知っておきたいと、日和は嬉しくなっ
て少年の手を握り締めた。
「ありがとう!」
「・・・・・変な奴」
駆け寄ってきた太朗に向かい、上杉はいいかと言い聞かせた。
「タロ、お前のおおらかなところは俺も気に入っているが、人前でチンコを見せるなよ?」
ちゃんとタオルで隠しておけと言う上杉の言葉を、いったん頭の中でゆっくり咀嚼した太朗は、何を言うんだと大声で怒鳴りながら
上杉の腹を殴った。
「こ、こんな、人前で!いい大人なのにチンコなんか言うなよな!」
「じゃあ、何て言ったらいいんだ?オチンチンか?それともペニ・・・・・」
「うわあ〜!!」
太朗は急いで上杉の口を両手で塞いだが、焦っている自分とは反対に上杉の目が楽しそうに細められているのに気付いて、
自分がからかわれていることがようやく分かった。
「ジローさん!!」
「俺を差し置いて、他の奴と風呂に入ろうとしているお前が悪い」
「はあ〜?」
「俺はお前と、温泉で楽しいことしようと思ってたんだけどな〜」
「・・・・・」
直ぐにはどういうことなのか分からなかった太朗も、少しして上杉の言った意味に気が付いた。
(なっ、何を言うんだよ!)
なまじ、性器の名前をそのものズバリ言われるよりも恥ずかしくて、太朗はどう反論していいんだというように視線を彷徨わせる。
そんな太朗をますます楽しそうに見ていた上杉だが、
「セクハラ発言ですね」
横から聞こえてきた声にむっと眉間に皺を寄せ、太朗は助かったと笑顔を浮かべた。
「小田切さん!」
「・・・・・邪魔するな」
「ここには他にも健全な青少年がいらっしゃるんですからね、あなたのような汚い大人の汚い言葉を聞かせないように」
「あのなあ」
「ほら、皆さん、温泉に行きますよ。今日は貸切ですから、女湯の方にも入れますからね」
上杉の言葉をあっさりと無視した小田切は、そう言って各恋人達を招き寄せる。
いっせいに歓声をあげ、ワラワラとその傍に寄っていく年少者達を見た上杉は、まるで《ハーメルンの笛吹き男》のようだなと呆れて
しまった。
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次回からは温泉に浸かってます。
お子様達の惚気話大会になるかも。