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「あ!俺、ちょっと気になることがあるんだけど!」
楓の不機嫌を誤魔化す為ではないだろうが、太朗がはいっと手を上げた。
「何ですか、太朗君」
穏やかに先を促してくれる小田切に頷きながら、太朗はこういう時にしか聞けないからと思い切って訊ねてみることにした。
「あのね、友春さんに聞きたいんだけど」
「え?ぼ、僕?」
まさか自分が名指しされるとは思わなかったのか、友春は少し驚いたように自分を指差した。
それに太朗はうんと言う。自然に、周りも太朗がいったい何を言うのかと興味津々な様子で視線を向けてきた。
「え、えっと、僕に聞きたいことって?」
全く予想がつかないらしい友春が首を傾げる。
「ケイってさ、イタリア人だよね?」
「え、あ、うん、厳密には、お母さんが日本人だからハーフらしいけど・・・・・それが?」
「じゃあ、やっぱりチンチンでかい?」
「チ・・・・・っ?」
「え?」
「は?」
驚いたのは友春だけではなかった。そこにいた誰もが、さすがに小田切も、いきなりの太朗の質問に呆気に取られてしまったよう
だ。
「・・・・・太朗君、どうしてそんなことを?」
それでも一番最初に我に返ったというか・・・・・本当に面白いと思ったのか、小田切が目元を緩々に緩めて笑いながら言った。
ただ、太朗は小田切がどこでそんなに笑っているのか、全く分からない状態だ。
「えー、だって、気になりませんか?外国人のってでかいって聞くけど、実際に見ることなんて出来ないし、でも、友春さんならケイ
のチンチンは見たことあるかなあって」
太朗にとっては本当に純粋な疑問だった。
そうでなくても小柄な部類に入る太朗にとって、男としてのプライドに関わる大事な問題なのだ。
(ジローさんのもでかいけど、外人ってだけでもっとでかいのか?)
それを唯一知ることの出来る友春に、ぜひぜひ答えてもらいたい質問だった。
「ね?どう?」
「ど、どうって・・・・・」
真っ直ぐに視線を向けてくる太朗の目が見れなくて、友春は思わず目を逸らしてしまった。
(ケ、ケイのそんなとこ・・・・・)
確かに自分はアレッシオとセックスをしているものの、そのペニスをマジマジと見ることは無い。いや、視界には入ってくるし、実際に
求められて愛撫も返しているが、改めて聞かれると何と答えていいのか分からなかった。
(だ、だって、ここで答えるのって・・・・・変、だよね)
答えが大小どちらにしても、答えれば自分とアレッシオがセックスをしていることが分かってしまう。いや、多分ここにいる者達は自
分とアレッシオが恋人同士だと思っているのだろうが、友春自身は・・・・・どうしても頷けないのだ。
「友春さん?」
「え・・・・・と・・・・・」
「・・・・・」
期待に満ちた丸い目を向けられ、友春はどうしようかと何度も口を開き掛けたが、結局小さな声で分からないと言うことしか出
来なかった。
「なんだあ、分かんないのか」
残念そうに呟く太朗を、楓は呆れたように見つめた。
「別にそこがでかくても小さくても関係ないだろ。男の価値は他にもあると思うけど」
「楓はさあ、綺麗だからそんなこと言えるんだよ」
「はあ?」
「例えばさ、楓とか・・・・・後、静さんとか、チンチンの毛が生えてなくっても、まあ有りかと思えるけどさ。俺が生えてなかったらやっ
ぱり発育が遅いなんて思われるかもしれないだろ?」
「ちょっとっ、どうして俺と静さんは毛が生えて無くてもいいんだよ!」
「ん〜・・・・・イメージ?」
「はあ?」
(それって、俺達の見た目を考えればってことか?)
それはそれで面白くないと、楓は眉を顰めた。
「悪いけどっ、俺はちゃんと生えてるからっ」
顔のせいで、身体まで中性的と思われてはたまらない。いや、そもそも、今までも一緒に風呂に入ったことがあるはずなのに、例え
でそれを出すのは少々おかしいのではないだろうか。
確かに、別に男に興味がなければ、マジマジと下半身を見ることは無いが、この歳でまだ毛が生えていなかったら恥ずかしいとも
思えて・・・・・。
(・・・・・って、こんなことばかり考えさせるなよなっ)
(すごい、この子・・・・・)
日和は堂々と下半身の話題を出してきた太朗を一種の尊敬の念を込めて見つめた。
自分達くらいの歳になれば、それなりに下半身事情も気になるところだが・・・・・それでもこれほど堂々と言われると、恥ずかしさよ
りも本当に謎だなと思えた。
(確かに、外国人がいたよな)
列車の中でも、どうしてここにいるんだろうと不思議に思えたが、それではあの男は、目の前の大人なしそうなこの少年の恋人な
のだろうか。
(俺以外にもいたんだ・・・・・)
自分と秋月の関係は、知り合い以上恋人未満の複雑な位置にいる相手だが、男同士ということにも多少の後ろめたさを感じ
ていた日和にとっては、自分以外にもこんなにも男同士のカップルがいる事に驚きと安堵を確かに覚えていた。
(何て答えるんだろ?)
「ね、どう思う?」
「・・・・・えっ、俺?」
いきなり視線を向けられた日和は、えっと驚いたように声を上げた。
凄いなと太朗の話を聞いていたものの、まさかその話題が自分の方へとふられるとは思わなかったのだ。
「ひよさんの彼も背が高いし、やっぱり身体の大きさに比例してる?」
「え、えっと」
(ど、どう答えればいいんだ?)
「ジローさんとか、海藤さんなら、ちょっと見せてって言えるけど、初めて会う人になかなかチンチン見せてってさすがにいいづらいも
んだし」
「・・・・・」
(その人達には、言えるんだ)
まだ、誰が誰かというのは分からないものの、秋月と変わらない体躯や雰囲気の持ち主の誰かということには間違いないはずだ
ろう。あんな大人な人達にそんな質問が出来る・・・・・チャレンジャーな太朗の言葉に、日和は圧倒されるしかなかった。
(か、海藤さんにも言えるんだ)
さすがにその言葉には真琴も驚いた。嫌だという前に、自分なら上杉にはとても聞けないだろうなと思う。
それも太朗の持つキャラクターならば許されることだろうが、それにしても・・・・・。
「マコさん」
「え?」
いきなり、太朗がこちらを振り向いた。
まさか自分にも同じ様なことを聞くのかと思ったが・・・・・。
「ユウさんって、男だよね?」
「え?」
「だって、少し痩せているけどガタイはいい方なのに、あんな女言葉使うでしょ?妙にハマッてるから全然違和感を感じてなかった
んだけど、考えたらちょっと変だよね?だからさ、まさか本当にオカマなのかって・・・・・」
「そ、そんなことはないと思うよ?綾辻さん、すごく男らしいと思うし・・・・・お、オカマっていうのとはちょっと・・・・・」
「俺も、そうは思ってるんだけど」
「そうですよね?倉橋さん」
「・・・・・え?」
いきなり真琴に同意を求められ、倉橋は思わず強張ったままの笑みを真琴に向けた。
これが、小田切や、それこそ綾辻自身のからかいの言葉なら即座に関係ないや、知らないと言い切ることが出来るのだが、その
相手が真琴や太朗のように、本当に悪気無く意見を求めてくる相手だったらそうすることも出来ない。
「倉橋さんは綾辻さんの一番傍にいるし、よく知ってますよね?」
「あ、そうなんですか?」
「え、いえ、私は・・・・・」
(・・・・・ここで、なんと答えていいんだ?)
確かに、自分は誰よりも綾辻の傍にいる。そして、それ以上に綾辻がどんなに男なのかも・・・・・知っている。
しかし、それをどう説明して良いのか分からないのだ。
「倉橋さん?」
「あ、ええ」
「どうなんですか?」
「それは・・・・・ですね」
「?」
「・・・・・」
(どうしてこんな話題を・・・・・)
冗談で受け流せない自分の性格が、今ほど恨めしいと思ったことは無い。
倉橋が湯の熱さとは別の汗を額に浮かべた時、
「太朗君」
今この場にいる人間の中で、一番頼りになると同時に、一番用心しなければならない人物が言葉を挟んできた。
何か楽しい話は聞けるかなと思っていたが、ここまで赤裸々な話になるとは思わなかった。
(やはり、こういう場に太朗君のような子は必要ですね)
変な意図など全くなく、純粋に知りたいという思いが分かるからこそ、誰も怒ったり、誤魔化したり出来ないのだ。これが自分が切
り出した話だとしたら・・・・・いや、先ず、倉橋が子供達には毒だと止めさせるに違いが無い。
「小田切さん?」
名前を呼ばれた太朗は何というような視線を向けてきた。
「そんなに、カッサーノ氏の下半身・・・・・気になりますか?」
「あ、あ、はい・・・・・ごめんなさい」
てっきり叱られると思ったのだろう、太朗が慌てて頭を下げようとするのを小田切は笑いながら止めた。
「謝ることは無いですよ。男の子ですから気になるのは分かります」
「で、でしょう?」
「ええ。だから、直接本人に確かめませんか?」
「は?」
「え?」
「小田切さんっ」
不思議そうな太朗の声と、戸惑ったような友春の声にかぶさって、慌てたように倉橋が止めに入った。
「いったい何を考えてるんですかっ?」
「でも、それが一番手っ取り早いと思いませんか?倉橋さん、あなただって、綾辻さんが正真正銘の男だって知っていてもらいた
いでしょう?」
「なっ、何を・・・・・」
色白の倉橋の肌が見る間に赤く染まっていく。その艶やかな変化は見ていて楽しいが、普段超然としている男達の驚く表情とい
うのも見てみたい気がしたのだ。
(うちの会長はまあいいとして・・・・・海藤会長や江坂理事なんか、驚いた表情をすることなんてあるんですかね)
「せっかく、借り切ってるんですから」
「ちょっと、あまり変なことは・・・・・」
「変ではないでしょう?女湯を覗きに行くわけではあるまいし、男同士なんですから」
そう言うと、小田切は太朗に向かってにっこりと笑いかけた。
「多分、隣の男湯に皆さん入ってるんじゃないでしょうか。太朗君、襲撃しますか?」
「面白そう!」
太朗は直ぐに嬉々として叫んで立ち上がった。
「俺、行ってくる!」
「太朗君、一応腰にタオル巻いて出てくださいね」
「OK!」
悪戯を思いついたように、弾んだ足取りで湯船から出て行った太朗を笑いながら見送った小田切は、呆気に取られた表情をし
ている残された者に悪魔のように唆してみた。
「どうします?太朗君1人で、あの人達に太刀打ち出来ると思いますか?」
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次回、攻様方の温泉風景。