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 大東組の本部から出た時、まだ夕食には早い時間だった。
 「静さん、どこか行きたい所はありませんか?最近寂しい思いをさせていたので、少しサービスさせてください」
江坂は至極真面目にそう言ったのだが、静はその言い方が面白いと言って笑った。江坂とサービスという言葉が似合わないらし
い。
 「じゃあ、映画とかいいですか?」
 「映画?見たいものがあるんですか?」
 「見たいっていうか・・・・・ゆっくり映画を見るくらい無駄な時間って貴重でしょう?」
 そんなものだろうかと江坂は不思議に思ったが、静にとっては実際に何かをするということよりもその時間を江坂と共有するとい
うことの方が大切らしい。
言った後に、大丈夫でしょうかと警備のことを心配する静に、江坂は問題ないと言った。
 暗闇、それも密室に一定の時間いるということはあまり良いことではないのだが、それと静を比べればどちらを取るのかなど明白
だ。
それに、これくらいの警備が万全に出来ない者など周りに置いていないので、
 「ずっと、手を繋いでいてもいいですか?」
そう言って、静の憂いを払い除けた。




 「今日はお疲れ様でした」
 マンションの部屋の扉の前に立つと、橘が丁寧に頭を下げて言った。彼だけではない、護衛してくれた人達もいっせいに頭を下
げてくれるので、静もそれに応えるように礼を言った。
 「今日は俺の我が儘で手間を掛けさせてすみませんでした」
 襲名式という大きな仕事が終わったばかりだというのに、さらに余計な気を遣わせてしまったことを改めて謝罪したのだが、江坂
は構いませんよと笑いながら静の肩を抱き寄せた。
 「これが彼らの仕事ですから」
 「でも・・・・・」
 「本部長の言う通りです、お気になさらず」
 途中姿が見えなくなっていた橘は、先ほど別の車で合流した。もしかしたら江坂に話があるのかもしれないと、静は橘の顔を見
上げながら声を掛ける。
 「あの、お茶でも」
 「いいえ、直ぐに済みますから」
 「でも」
 「あまり長居してしまうと、本部長に睨まれてしまいますし」
 「え?」
 静が仰ぎ見た江坂の眉間には僅かな皺が出来ていたが、纏っている雰囲気はそれ程冷たくはなっていなかった。
部下には厳しいらしい江坂だが、どうやら橘相手ではその厳しさも通じないのかもしれない。
(それだけ信用しているってことかも)
 何だか羨ましい気もするが、今はそんなことを考えている場合ではないと、静は肩を抱きしめている江坂の手をトントンと軽く叩
いて、先に帰っていますねと告げた。
 「お風呂の準備もしなきゃいけないし」
 「・・・・・ああ、そうですね。では、申し訳ありませんが先に部屋に戻っていてください。今日は朝から気を遣わせてしまいましたし、
ゆっくり休んでいてくださいね」
 「はい」
 疲れているのは自分よりも江坂の方だと思うが、そう言っても彼が打ち消すことは分かっていたので、静はもう一度橘達に頭を
下げてからドアを開けて中に入った。




 カチャッと、ドアが閉まる音がしてから、江坂は橘を振り返った。
ここまできて自分を引きとめるというくらいだ、よほど重要な連絡事項があったのだろう。
 「ジュウが無事香港に到着しました。こちら側で押さえていた者も引渡し、今回の件でこちら側が負った被害総額も請求済み
です」
 「・・・・・」
 江坂は顎を引いて同意を示す。
今回、ジュウの滞在したホテル代や、動かした護衛の人件費など、こちらが負うべきではないものは全て、香港伍合会へ負担を
願った。ジュウは無表情だったが、ウォンは苦々しい顔をしていたように思う。
だが、海藤の慰謝料を請求しなかっただけましだろう。
 「組長には」
 「・・・・・私から話す」
 「分かりました」
 ジュウを本部に連れて行くことになった時点で、永友にはある程度の話は通してあったが、もちろんちゃんとした説明はしなけれ
ばならないだろう。可愛がっている海藤が関係していることでもあり、こちらに不利益はないはずだ。
 「今回式に出席した者達の祝儀の額も確定しているな?」
 「本部長への祝儀は、全部で約一億五千万です。不況ですから妥当な金額でしょうか」
 「礼状は任せるぞ」
 「既に書かせています。2、3日内には発送出来るでしょう」
 雇っている書道家に書かせた礼状と、百万単位の商品券を送ることは当初から決定している。貰った祝儀の半分以上はそれ
で消えてしまうが、他人の金の上で胡坐をかく気の無い江坂にとっては当然の決定だった。
 「明日はお迎えに来なくてもよろしいでしょうか」
 「ああ」
 「・・・・・本部長」
 話は終わったと部屋の中に戻ろうとした江坂は、不意に改まった橘の口調に振り向く。
そこでは橘と数人の部下が、深く頭を下げていた。
 「総本部長就任、おめでとうございます。心からお祝いし、今後もこの命をあなたに捧げることを誓います」
 「・・・・・私が目指しているのはまだここじゃない。振り落とされたくなければしっかりと後ろをついてくるんだな」
 「背後の心配は一切考えられなくて結構ですので」
 橘の切り返しに、江坂は口元を緩めた。自分が自信家のせいか、付いている者もこれ以上無いほどに強気だと思う。
(そうでなければ私について来れないか)
江坂はそのまま自分で鍵を開けて部屋の中に入った。そのドアが音をたてて閉まるまで橘達が頭を下げていたことは、その目に映
さなくても分かる。
掴み取ったからこそ、この傅かれる立場になれたのだ。




 半日以上部屋を空けていたので、静は先ず窓を開けて空気の入れ替えをし、そのまま風呂を入れた。
今日は疲れただろう江坂にゆっくりと風呂に入ってもらい、上がったらマッサージでもしてやろうと思った。
(プレゼントは明日でもいいし)
 眠っている枕元に置いたらクリスマスプレゼントみたいだしと思うが、あれは枕元に置けたかなと少し首を傾げる。
 「あ、あれ用意しておこうかな」
 「あれとは何ですか?」
 「・・・・・っ」
もっと時間が掛かるかと思っていたが、案外早く話は済んだらしい。背後から掛かった声に、静はそのまま冷蔵庫を指差した。
 「お茶漬けを」
 「お茶漬け?」
 「凌二さんは食べないですか?」
 食べた夕食はイタリア料理だった。
江坂の注文してくれたワインもとても美味しくてつい食べ過ぎたのだが、ピザやパスタを食べてご飯粒を食べていないので、何だか
腹が落ち着かなかったのだ。
 「美味しい奈良漬もありますよ」
 「・・・・・では、少しだけ」
 一瞬間があったような気がしたが、それでも江坂はそう言う。
 「直ぐ準備しますね」
 「では、私は着替えてきますね」
その言葉に静は頷いた。

 ズルズルと茶漬けをかき込む。
自分はまだしも、江坂のこんな姿を周りの人は想像もしていないのかもしれないが、静にとってはこうして向かい合ってごく普通の
食事をとることは日常だった。
そう、江坂と暮らしている静には、こんなふうに誰も知らない素の江坂はたくさん見ているので特別なことではないのだ。
 「今日は本当にお疲れ様でした」
 「俺なんかより、凌二さんの方が大変だったでしょう?」
 「私にとっては仕事の一環ですので。でも、静さんにとっては違うでしょう?あんな雰囲気の中で居心地が悪かったんじゃないか
と思うんですが」
 「ん〜」
 静は箸を置いて、江坂を真っ直ぐ見ながら笑った。
 「確かに始めは緊張しましたけど、真琴や楓君もいたし」
 「ああ、そう言えばあの2人もいましたね」
 「組長さんも話しやすい人だったし、行って良かったと思います」
本当は、不安でたまらなかった。大きな組織の中でも大きな権力を持った江坂の隣に自分はいても良いのか。本当は、自分と
いう存在は江坂の足枷になっているのではないかと心配だった。
それでも、部屋を辞する時に永友に掛けられた言葉、

 「江坂にも気を抜く場所が出来て安心した」

その言葉に、静は大きな溜め息をついた。
(凌二さんの傍にいても良いって・・・・・そう思えた)




 静の言葉は江坂の胸にするりと入ってきた。
ヤクザの顔の部分を隠しようもなく見せ付けて、静がどんな風に思うのか気懸かりだった。気を遣ってくれているのかもしれないが、
そう言ってくれる気持ちを素直に受けとめてもいいのだろうか。
 「静さん・・・・・」
 江坂としてはそのまま静を押し倒したい気分だったが、なぜだか簡単な食事を済ませると風呂に追いやられてしまった。静曰く、

 「今日は疲れたでしょう?肩を解しますからね」

と、マッサージ師になってくれるらしい。
 色っぽい雰囲気に持ち込むにはもう少し時間が掛かるかもしれないと思いながらも、そう考えてくれる静の気持ちが嬉しくて、江
坂は素直に先に風呂に入った。

 「どっ、ですっ、かっ」
 「気持ち良いですよ」
 「ほん、と、にっ?」
 江坂の後に急いで風呂に入ったらしい静は、早速ベッドの上にうつ伏せになって寝てくれと言ってきた。江坂は逆らわずその体
勢になり・・・・・今、静は江坂の腰に跨って座り、背中を押してくれている。
 寝室で、お互いパジャマ姿で。本来なら別のことをしても良いシチュエーションなのにこんなにも健全だなと思うとなんだかおかし
くなってしまい、江坂は俯いた状態のまま頬を緩めた。
 「もういいですよ」
 静のマッサージはそれなりに気持ちよく、彼の細い手の感触を感じているのも悪くはなかったが、そろそろ恋人の時間に切り替え
ても良いだろう。
 「え?でも、まだ10分くらい・・・・・」
 「交代」
 「え?・・・・・わっ」
そのまま身体を横にずらすと、静の身体がコロンと隣に転がった。その拍子に仰向けになった静は戸惑ったように、上から圧し掛か
る江坂を見上げてくる。
 「凌二さん?」
 「し・・・・・」

 チュ

軽く静の唇にキスをした江坂は静の身体をそっとうつ伏せにすると、そのまま膝立ちになった。そして、ゆっくりと腰から足をマッサー
ジし始める。
学生時代に剣道をしていた時、足や腕をよくマッサージしてもらったのでコツは分かっており、現に静は気持ち良さそうに目を閉じ
ていた。
 「どうですか?」
 「すごい、上手です」
 その言葉に目を細めた江坂は、足を揉んでいた手を内腿へと滑らせる。
 「あ・・・・・」
そして、ゆっくりと撫で摩るように内腿を刺激していた手は、そのまま小振りな尻へと移り、もみしだくように動かした。
 「あ、あの」
 「・・・・・」
 「凌二さんっ」
 静は上半身を起こして片手を伸ばし、江坂の手を止めようとしたが、その手を掴んだ江坂はそのまま手の甲へと舌を這わせる
と、手の下の細い身体がビクッと揺れるのが分かった。
 「・・・・・っ」
 感じやすい静はたったこれだけの刺激で身体を震わせている。江坂はさらに深い笑みを浮かべながら、今度はパジャマのズボン
の中へと手を差し入れ、下着の上から尻を撫でた。
 「りょ、凌二さんってばっ」
 「どうしました?」
 「手、あの、手っ」
 「マッサージですよ、ただの」
 マッサージで感じるのかという意味を含めて言えば、静はなんとも言いようがないように口を噤む。
その様子が手に取るように見えるなと思いながら、江坂はすっと双丘の狭間に指を這わせ、自分を飲み込んでくれるその場所に
つっと人差し指を押し当てた。