縁と月日は末を待て
15
激しく身を捩る楓を煩く思ったのかどうか、楓は両手を何かで一括りにされた。感触から言ってベルトのようだが、見え
ないのではっきりとはわからない。そのうえ、さらに抵抗したのに、服はあっという間に脱がされてしまった。
「ん・・・・・ふぅっ」
胸元を舐め上げられるのがわかる。
緊張のせいか、既に尖りきった乳首を口に含まれ、舌で弄られて・・・・・何時もなら、大好きな伊崎の愛撫にすでに蕩け
ている頃なのに、今日は何時まで経っても緊張感が解けなかった。
「きょ、すけっ、恭祐だよなっ?」
「・・・・・」
自分の身体に触れることが出来るのは伊崎だけだ。
これが外ならばともかく、家の中、それも自分の部屋の中で己を抱くのは伊崎だけしかいないはずなのに、視界が塞がれ
ているということだけでその事実を疑ってしまう。
強い伊崎が誰かに倒されるなどとは考えられないが、もしも、声も無く気を失わされ、拘束されていたら?
我が物顔に自分を抱きしめているのが伊崎以外だという可能性を考えるだけで、楓は叫びだしたくなるほどの恐れを感じ
てしまった。
「恭祐っ」
(どうして返事をしてくれないんだよ!)
拘束されてしまった手はどんなに動かしても自由には出来す、頭を振っても目隠しは取れない。
唯一自由になる足を振りあげ、圧し掛かってくる身体を押しのけようとするものの、反対に片足を取られて大きく広げられ
てしまった。
「やめろっ!」
(こんなのっ、セックスじゃない!)
一方的な欲望をぶつけられるなんて、楓にとってはお互いを求め合うセックスだとはとても思えない。いくら相手が恋人だ
とは言え、これは間違いなく凌辱だ。
手を口元に引き寄せて歯で拘束を外そうとするが、それはぎっちりと手首に食い込んで一向に外れる気配はなかった。
苛々すると同時に、焦りも大きくなる。伊崎の本気を感じ取り、怖さを誤魔化すように吠えた。
「恭祐!」
「・・・・・」
「恭祐・・・・・っ!」
何度も名前を呼べば、まるで宥めるかのように内腿をすっと撫で上げられた。肌がざわつき、ピクッと腰が震える。
そのまま伸びてきた手にペニスを握られ、手の中で揉みしだかれたが、その手が伊崎のものではないと考えると萎えたま
ま反応もしなかった。
「や、嫌だっ!」
「・・・・・」
「触るなっ!」
「・・・・・この手が、あの弁護士のものだったらどうしますか?」
「・・・・・っ!」
不意に、耳元で伊崎の声がした。しかし、その言葉自体は楓にとっては恐ろしいもの以外何ものでもなく、答えるにして
も声が出なくて何とか首を左右に振ることしか出来ない。
「あなたの可愛らしいペニスを、ほら、こんな風に弄っているのが名も知らぬ男だとしたら?」
声に連動して手は動いているのに、どうしてもそれが伊崎のものだという確証が持てなかった。
幼い頃から嫌というほどその手に触れられ、今では数え切れないほど抱かれているというのに・・・・・。
(誰よりも、恭祐のことはわかっているはずなのに・・・・・!)
「ほら、もっと奥・・・・・あなたの一番弱く、感じやすい場所に触れているのは・・・・・誰です?」
「・・・・・ぁ・・・・・」
双丘のもっと奥、何時も伊崎を受け入れる部分に指先が触れた瞬間、楓はくっと声にならない声を漏らしていた。
「・・・・・っ」
伊崎は蕾を弄ろうとした手を止めた。
(楓、さん・・・・・)
きつく縛ったわけではないネクタイの隙間から、滲みでたもの。気の強い楓が、快感に溺れている最中でもないのに泣い
ているのだとわかった伊崎は、その先にどうしても進むことが出来なくなった。
今回だけは強く灸をすえようと思ったはずなのに、思い掛けない楓の涙は反則だ。
(楓さんなら、きっと意地を張って抵抗し続けるか、理不尽なことにずっと怒り続けると思った・・・・・)
「・・・・・ふ・・・・・くっ」
「・・・・・」
「ぅ・・・・・」
それでも、必死に声を押さえている楓をじっと見下ろしていた伊崎は、やがて観念して溜め息をついた。
楓は伊崎の方が何時も優位にいると思っているらしいが、何時でも、どんな時も、楓より自分が優勢になることなどあり
えなかった。
「・・・・・」
伊崎は、楓の視界を覆っていたネクタイを解く。
傷付けないように気を付けたつもりだが、少しだけ赤くなってしまった頬に親指を滑らせ、軽く唇を寄せた。
しかし、解放されたというのに、楓は目を開いてこちらを見ようとはしない。それが、こんな一方的な行為を強いた自分
に対する怒りの表れなのだと思い、伊崎はもう一度軽く唇にキスしてから言った。
「すみませんでした」
「・・・・・」
ピクッと、圧し掛かっている細身の身体が反応したのがわかる。
「痛かったですか?」
「・・・・・」
「怒って、ますよね?」
そう簡単に楓が許してくれないだろうということはわかっていたが、ここまでしなければいけなかった自分の気持ちも悟っ
て欲しいと思う。愛する者を傷付けたり、泣かせたりするような、嗜虐的な性癖など自分にはない。
笑わせて、喜ばせて。本来は快感の末の涙しか見たくないのだ。
「楓さん」
再度名前を呼ぶと、ようやく固く閉じられていた瞼が開き、綺麗な瞳が真っ直ぐに伊崎を射抜いた。
(やはり、泣かせてしまったか・・・・・)
漆黒の瞳は涙でうるんでいて、何時もの睨みの威力の半分も力が無い。それでも、違った意味で伊崎の胸を鋭く抉り、
深い罪悪感を感じさせた。
「・・・・・悪いと、思った・・・・・」
「・・・・・」
「約束、破って・・・・・勝手に、あの男と、会って・・・・・でもっ、でも・・・・・それが、こんなことをする理由になるのかっ?」
その言葉に、楓も今回のことを反省しているのはわかる。だが、幾度もあった《また》が今後あってはならないのだ。
「・・・・・なりませんね」
それでも、楓の責めにそんなふうにしか答えられない。随分年上の恋人である自分が・・・・・本当に情けない。
「・・・・・でも、許す」
「許して下さるんですか?」
「お前だからだっ」
「楓さん・・・・・」
どれほどの屈辱を感じたのか計り知れないのに、それでもこんな妬きもちをやく自分を許してくれるのか。
遥かに男らしく、広い心の持ち主である楓に苦笑した伊崎は、許されたことを確認するようにもう一度キスをしようと顔を
寄せる。
寸前まで目を開いていた楓は、唇が触れる寸前に目を閉じて・・・・・そのキスを受け入れてくれた。
結局、優しく、誠実な伊崎がこんな真似をしたのはすべて自分のせいだと楓はわかっていた。
それでも、セックスというごく私的な触れ合いに変な意味を重ねないで欲しい。
「・・・・・はぁ」
楓は深く息をつくと、ふとまだ拘束されている手を見上げて言った。
「これ、外せ」
「・・・・・どうしましょうか」
「はあ?」
どういう意味だと胡乱な眼差しを向けたが、伊崎は先程までの苦しげな眼差しから、少し意地悪そうな色を帯びたもの
に変え、拘束をされている手首をそろっと撫で上げてくる。
「!」
(な、何だよっ?)
ぞわっと、した。
さっきまでは怖くて怖くて仕方がなかったのに、今の楓は明らかに感じていた。自分に覆いかぶさってきているのが伊崎
だと認識した途端、身体は快感をより強く拾い始めたようだ。
「どうやら、楓さんも気持ちが良いようですね」
全裸の楓の身体の変化は、嫌でも伊崎の目にはっきりと映ってしまう。萎えたまま反応する気配も見せなかったペニス
が、今は緩やかに勃ち上がってきた。
「ちょっ、ま・・・・・、待てっ」
「待てません」
「恭祐!」
「先程から、私も我慢が出来なかったんですよ」
「はあっ?」
伊崎らしくない言葉に呆れてしまうが、混乱する楓をよそに大きな手は再び胸元に伸ばされる。
小さな乳首を親指で捏ねられ、摘まれて・・・・・そのたびに背中がジンジンと痺れて腰が跳ねた。
「ほら、あなたの可愛らしいペニスから、美味しそうな滴が零れてきた」
「!」
(可愛らしいって言うな!)
伊崎に比べれば少しだけ小さめでも、きちんと大人の形になっているのだ。
だが、そんなことを考えて気を逸らそうとすればするほどペニスはどんどん育ち、先走りの液がつっと竿を伝って下生えま
で濡らしてくる。
誤魔化そうと両足をすり合わせようとするが、伊崎は片足を強く押さえてそれを許してくれなかった。
そればかりか、
「舐めて、欲しいですか?」
と、意味深に聞いてくる。
「それとも、早く入れて欲しい?」
馬鹿野郎と、文句を言いたかった。それでも、今口を開いてしまえばあさましくも愛撫をねだる言葉しか出てこない気が
して怖かった。
「ねえ、楓さん」
伊崎の思惑に踊らされる未熟な身体が悔しくて・・・・・。
「かえ・・・・・」
「い、かげんにっ、しろ!」
楓は今出る力を振り絞って、伊崎の腹に膝蹴りを入れた。
楓が弱っていて良かったと思いながら、伊崎は両手を拘束していたベルトを解いた。
「あそこを蹴られなかっただけありがたいと思えよ」
手首を撫でながら言う楓は、ついさっきまで泣いていたとはとても思えない。もちろん、それだけのことをしてしまった伊崎
が文句を言うことなど出来ないし、楓の中に傷として残らないだろうと思えば何でもなかった。
「ええ、本当に手加減をしてもらって嬉しいですよ」
今は楓の隣にいない方がいいかもしれないと、伊崎はベッドの隣に立つ。
「・・・・・嫌味だろ」
「・・・・・」
「・・・・・ったく」
全裸のまま、ベッドの上に座っている楓の姿はとても艶めかしく、伊崎の欲情を誘ってしまう。それでも、さすがに楓を押し
倒すのは躊躇われた。
そんな伊崎を試すように、楓が視線を向けてくる。
「・・・・・恭祐」
「はい」
どんな叱責を受けるだろうかと身構えながら返事をすると、いきなり腕を引かれて倒れ込み、ベッドに片膝をついてしまっ
た。
「・・・・・楓さん?」
間近にある楓の顔を見つめながら問い掛けると、その顔は不貞腐れたように眉が顰められている。
自分に対し腹を立てているのだろうとわかるのに、胸に抱いた腕を一向に離してくれない行動をどう考えればいいのか
迷っていると、
「・・・・・っ」
ぶつかるように唇が押し当てられた。
「・・・・・」
「これで、対等なセックスが出来るだろ。・・・・・お前も早く脱げ、馬鹿」
すべての拘束を解いたうえで仕切り直しをする。楓らしいその思考に伊崎は頬を緩めた。
(本当に、あなたは・・・・・)
愛しくて愛しくて。それと同時に人間として広い心を持つ楓に許される人間なのだということを誇らしく思いながら、伊崎は
改めて恋人の身体を強く抱き締めた。
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