翌朝、一番に目を覚ましたのは椎名だった。
 「・・・・・ん〜」
(結構眠れたな)
普段から規則正しい生活を心掛けている椎名は、この4人の中で・・・・・いや、他の人間と合わせてもかなり寝起きの
いい方に違いなかった。
2段ベットの上段から降りた椎名は、部屋のカーテンを開けようとして、ふと手を止める。
(起こしちゃ可哀想かな)
 起床時間にはまだ少し早い。
カーテンを開けて朝日を入れ込むのは可哀想かなと思った椎名は、ふと自分のベットの下段に眠っていた広海を見て
息をのんだ。



   ぐぐううううううう・・・・・

 次に目を覚ましたのは新田だ。
しかし、これは目覚めがいいというよりは、お腹が空いて目を覚ましてしまったという方が正しいだろう。
眠る寸前まで差し入れのお菓子を頬張っていた新田だったが、寝ている間にそれらは全て消化されてしまったらしく、グ
ウグウと鳴る自分の腹の音で目を覚ましてしまった。
 「ふあぁ〜、腹へったあ〜・・・・・あ〜、椎名、はよ」
 「・・・・・」
 「椎名?」
 起き上がって背伸びをした新田は、立ったまま動かない椎名を見て首を傾げた。
どうやら下段に眠っている広海を見ているようだが、それでもピクリとも動かないのはどういうわけなのか?
 「しーなー、どうしたー?」
 自分も上段で眠っていた新田が、階段を下りて椎名の肩をポンと叩いた。
 「・・・・・茅野・・・・・」
 「茅野?腹でも出して眠ってんのか?」
それならそれで面白いかもと思いながら覗いた新田も、思わずポカンと口を開けてしまった。



 3人目は小林だ。
しかし、それは小林が自ら起きたということではなく、むせるほどの衝撃を腹に受けたからだった。
 「ぐふっ」
 『おーきーろー!!』
 大声を出しているつもりなのだろうが、声は微かにしか聞こえない。
寝起きが悪いと自他共に認める小林だったが、さすがに今起きなければもっと痛い目に遭いそうだ・・・・・直感的にそう
思ったのか、渋々と目を開いた。
 「・・・・・に・・・・・た?」
 『急いで起きろよ〜!』
 何度も何度も腹をバンバンと叩かれ、小林は眉を顰めながら起き上がった。
既に180近い身長の小林にとって2段ベットというのは随分窮屈のようで、起き上がった時点で頭を1回ぶつけてしまっ
た。
 「何なんだよ、新田〜。もう起床時間?」
 「ち、違うって!」
 「なんだよ、じゃあもう少し寝かせてくれたって・・・・・」
 「あ、あれ!あれ見ろって!」
焦ったように小林の腕を引っ張ったのは新田で。
 「あれ?」
 「茅野だよ」
呟くように名前を言ったのは椎名だ。
 「茅野?」
 不思議そうに新田の言葉を繰り返した小林はベットから抜け出すと、自分と同じ下段で寝ているはずの広海を覗き
込んだ。
その小林の口から漏れた言葉は・・・・・。
 「・・・・・可愛い・・・・・」



 広海の寝顔は、見ているこちらが衝撃を受けるほどに可愛らしいものだった。
まだ丸みを残した頬に長いまつげが影を作り、ぷっくらとした唇が僅かに開かれている。
何時もは強烈な意思を持つつり上がったアーモンドアイは今は閉じられ、あどけない寝顔を晒していた。
 「・・・・・これ、本当に茅野だよな?」
 広海を起こさないようにとの配慮なのか、新田の声は驚くほど小さい。
普通に話すくらいで起きるようだったら、今までのバタバタした騒ぎでとうに起きているはずなのだが、そんな簡単な理屈
も思いつかないほど新田は焦っているらしかった。
 「俺も初めて見る」
 「えっ?小林もっ!」
 「新田、声大きい」
冷静な椎名の突っ込みに、新田は慌てて自分の手で口を塞いだ。
 「修学旅行は別の班だったしなあ。でも・・・・・」
 「でも?」
 「・・・・・そっか」
 「なんだよ!小林!自分だけが分かってずるいぞ!」
 「・・・・・」
 そういえば、あの旅行中、広海の班の男子達は、妙に広海に構っていたように思える。
あの事件の後、同じクラスの人間でもなかなか広海に近付かなかったという状況の中で、確かに変だなと少しは思って
いたのだが・・・・・。
(これを見たのか・・・・・)
 すやすやと眠るその姿はまるで赤ん坊のようにも、可憐な少女のようにも見え、まだ中学生の子供ならば血迷っても仕
方がないほどに可愛かった。
普段の広海が広海なだけに、そのギャップはあまりに大きい。
 その時、鐘が鳴り響いた。起床の時間だ。
3人は息をつめて広海を見下ろしたが、あれ程大きな放送にも広海の眠気は覚めないらしい。
 「・・・・・どうする?」
椎名が聞いて。
 「ん〜」
新田が唸り。
 「なんか・・・・・」
小林がぼんやり呟いた。

(((ずっと見ていたい気分だけど・・・・・)))

それは、3人同様の気持ちだった。