レクリエーションは山登りだった。と、言っても1時間弱ほどで登れるくらいの山で、元々運動神経がいい4人は話をし
ながらもさっさと先に登って行った。
 「もうちょっと早く起こせよ。もう少しで朝飯食えないとこだったぞ」
 「・・・・・」
広海の言葉に3人は顔を見合わせた。
あれからしばらくは、やはりこのまま寝かせてやりたいと思うのと、ずっとあの寝顔を見つめていたいと思うのとでなかなか広
海を起こすことはせず、結局担任がドアを叩きに来るまで3人はボーっと立ち尽くしていたのだ。
 「全く、椎名くらいは早起きだと思ったんだけどなあ」
 そんなことは全く知らない広海は、全員が寝坊したと思っている。
その方が穏便に済むと思った3人は、黙ったまま広海の小言を聞いているしかなかった。
 「でも、山登って何が楽しいんだかな」
 「茅野は山登り初めて?」
 やっと会話が逸れたので、椎名が穏やかに口を挟んだ。
 「ああ。俺って、山登りとか、釣りとか、あーいうのは苦手。もっとバンバン身体を動かす方が楽しいだろ?」
 「あー、何か茅野らしー」
新田もそれに便乗してきた。
手には既に女子生徒からの差し入れのチョコが握られている。
 「俺もそうだもん。釣りみたいにじっとしてると、自分がオジゾーさんになった気分になるもんなー」
顔を見合わせて同感と頷き合っている広海と新田は、次々とスポーツの名前を挙げては、あれはいいだのこれは駄目
だのと言い合っている。
 そんな2人を後ろから見つめながら、椎名は隣を歩く小林に尋ねた。
 「茅野、サッカーをやってたんだよね?」
 「え?あ、うん」
 「あの俺様な茅野が、よく団体競技してたなあ」
 「・・・・・」
 「・・・・・?」
小林の笑みが、少し強張ったのを椎名は感じた。
しかし、それも一瞬のことで、小林は直ぐに何時ものようにのんびりとした笑みを浮かべて椎名に言う。
 「それでも、やっぱり俺様だったよ。でも、ガンガン先頭に立って突き進んでいく茅野はホント・・・・・カッコ良かった」
懐かしいものを愛おしそうに口にする小林に、椎名はそれ以上何も言葉を掛けれなかった。



 「ふああああ〜、足りないよ〜〜〜!!」
 「俺のも1個やったろ?椎名からももらってたし・・・・・妖怪か、お前は」
 「だって、お握り3個じゃ腹に溜まらない!」
 早々に山の頂上に着いた4人は、しばらく自由行動だということで早めの昼食をとる事にした。
生徒全員に持たされた昼食は、お握り3個と数品のおかず。
大きめのお握りは、広海には十分腹に溜まるものだったが、万年欠食児童の新田には到底足りないものだったらしい。
広海と椎名に1個ずつ分けてもらって、5個も腹に入れたというのに、まだ足りないと叫んでいる。
 「もうないぞ」
 「俺も」
 「俺も食べた」
 3人の答えを聞いた瞬間、新田はがばっと立ち上がった。
 「俺、向こうでなんか貰ってくる!」
 「向こう?」
 「女子達!」
そう言うと、新田は続々と頂上に着く女子生徒の集団に駆け寄った。
学年のアイドルである新田にニコニコ笑いながら話し掛けられた女子生徒達は歓声をあげ、持っていた荷物の中から
次々と食べ物を差し出している。
 「・・・・・凄いな、あいつ」
 広海は呆気にとられた様に言い、
 「茅野も見習ったら」
と、椎名が苦笑して、
 「あの食欲は真似出来ないって」
と、小林がふき出した。



 そして・・・・・自由時間ということは、教師の監視の目も薄れているということで・・・・・。
 「小林く〜ん、一緒に写真とっていい?」
 「あ!私も!」
食事が終わった小林の周りには、あっという間に女子生徒達が集まった。
一応表向きとしては携帯電話は禁止ということだが、それぞれこっそりとポケットにしまってあるらしく、それでいっせいに写
真を撮ろうとしている。
 押し寄せてくる団体に、小林は出来るだけ優しく言った。
 「写真はいいけど、ツーショットはカンベンして。誰か特定の子とっていうのは無し」
 「え〜〜!!」
それでも、せっかくの機会だと、まるでアイドルの撮影会のように盛り上がる。
 「・・・・・すげー」
 新田が、もう何個めかも分からないお握りを口にしながら感心したように呟いた。
 「あれ、俺にはゼッタイ真似出来ないな」
 「・・・・・」
((その食欲も誰も真似出来ないって・・・・・))
広海と椎名が同時にそう思ったのも知らず、新田は頬にご飯粒をつけながら暢気に笑っている。
 「茅野、小林は中学の頃からあんな風?」
 「あいつ、変に女に優しいんだよな」
 「フェミニストなんだ」
 「どうでもいいけど、顔で笑ってんのに目で助けを呼ぶのは止めて欲しいよな」
 広海の言った通り、小林は何人もの女子生徒に囲まれてカメラに向かって笑顔を向けていたが、時折こちらの方を向
いては何かを訴えるように口を開いていた。
それが助けを呼ぶ為だということに気付いたのは、多分ここにいる3人だけに違いがないだろう。
 「そんなんいったってなあ〜」
 「あの中に切り込んでいく勇気はないよね」
 「・・・・・放っておくか」
 「・・・・・だな」
(悪いな、小林)
(何か貰ってきてくんないかな)
(外面がいいのも考え物だな)
結局、何もしないのが一番と、3人は小林から目を逸らした。



 そして、誰の助けも期待出来ないと悟った小林はというと・・・・・。
(ちょっと〜、誰も来てくれないのか〜?)
内心でそう叫びながら、小林は行列になりつつある写真撮影の列を見てうんざりとした溜め息をついた。