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幼い頃から、どんな時でも瑞希の味方でいてくれた柳瀬。口では煩いと言いながらも、瑞希は構われることが嬉しかった。
もしかしたら、普通に柳瀬に愛を乞われれば、瑞希は途惑いながらも受けてしまったかもしれない・・・・・それほどに、瑞希にとって
は柳瀬は特別だった。
父であり。
兄であり。
何より、無条件で自分を愛してくれる人。
そんな柳瀬の今回の裏切りは、たとえ自分の事を思ってしてくれたことだとしても・・・・・結果的に高畑に騙されていたとしても、こ
れからはもう無条件の信頼を寄せることは出来なかった。
いや、いずれ元のような関係になるとしても、それにはずっとずっと、長い時間が掛かってしまうだろう。
そんな柳瀬の気持ちに気付かなかった自分は子供だった。
愛と情を取り違えた、愚かな子供だった。
しかし、それに気付いた今、瑞希は思い切ったことをしなければ自分も、そして柳瀬も変わらないと思う。
それは、何か。
「汚して欲しい」
女が相手では駄目だ。見知らぬ男でも、無駄だ。
柳瀬が瑞希の顔を見るだびに思い出すことが出来る相手。
それを、瑞希は1人しか思い浮かばなかった。
車は、都内のホテルの地下駐車場に滑り込んだ。
途中、安斎は瑞希が無事なことは正紀に連絡をしたが、正紀はただありがとうと言葉少なに答えただけだった。
優秀な調査員を抱えている正紀ならば、既に高畑と柳瀬の裏切りの証拠は掴んでいるような気がする。私利私欲の為ではな
く、あくまでも正紀、瑞希の個人に対する思いから犯罪紛いの事をしでかした自分の側近をどう処分するか、興味が無いわけで
はなかったが、今の安斎には瑞希の方が問題だった。
「着きましたよ」
「・・・・・」
「本当に、いいんですか?」
「・・・・・いい」
短く答え、細い背中が車から滑り降りる。
瑞希がどこまで本気なのか、安斎はあえてそれ以上は何も言わず、そのまま瑞希よりも先にロビーに向かう。
瑞希は・・・・・黙って後をついてきた。
「・・・・・」
(スイートルームなんて・・・・・何考えてるんだ、この男)
きっと、ツインの部屋を取ったと思ったのに、わざわざボーイが案内してくれたのはグレードの高いスイートルームだった。
いきなりこんな部屋を取れるとは・・・・・東條院の名前を出したのならまだしも、部屋は安斎の名で取ったはずだ。
(まさか・・・・・こいつ、結構名前を知られていると・・・・・か?)
ガードに付かれる事が嫌で、頭から安斎に反発していた瑞希は、自分が安斎の事をほとんど知らないということに今更ながら気
が付いた。
今更、教えてくれというのもおかしな話だし、第一瑞希は自分の目で見たものしか信じないので、たとえ安斎の口からその過去
を聞いたとしても、全てを信じるということは出来なかっただろう。
「・・・・・っ」
部屋の入口に立ち尽くしていた時、不意にポケットに入れていた携帯が鳴った。
ビクッと身体を震わせた瑞希が慌てて取り出してみると・・・・・。
「・・・・・」
「柳瀬、ですね」
名前を言わずとも、瑞希の表情で相手が分かったらしい安斎は、少しだけ口元に苦笑のような笑みを浮かべた。
「出ないんですか?」
それでも、鳴り続ける携帯を握り締めたまま動かない瑞希。
しばらくして、安斎が瑞希の手から携帯を取った。
「あ・・・・・」
「ご自分で出ますか?」
「・・・・・」
「では、私が」
安斎は通話ボタンを押した。
正紀の病室に行った帰り、高畑と連絡が全く取れなくなった。
その後、胸騒ぎがして屋敷に戻ると、瑞希の姿まで・・・・・無かった。
いったい何が起きたのか、混乱してしまった柳瀬は直ぐに瑞希の居所を捜したが、薬で眠っている瑞希が自分で歩きまわれるは
ずも無く、更に、安斎の居場所も分からない。
いったい、何が起きているのか。
瑞希はどこにいるのか。
柳瀬はもう考えつくことも行く場所も無くなってしまい、やがて屋敷の瑞希の部屋に戻って・・・・・空のベットを見つめたまま、瑞
希の携帯を鳴らして、鳴らし続けて・・・・・。
『・・・・・はい』
「!」
不意に、相手が出た。
しかし、それは最愛の瑞希の声ではなく、低く響く大人の男の声だった。
「・・・・・安斎、さん?それは、瑞希さんの携帯ですね?」
『ええ。彼は側にいます』
「!」
柳瀬は急きたてられたように、自分の携帯を強く握り締めた。
「代わって下さい!」
『代わってどうするんですか』
「無事な声を聞きたい・・・・・っ」
『彼は全てを知りましたよ』
「・・・・・」
声が、出なかった。
(瑞希さんに・・・・・知られてしまった・・・・・)
想像していなかったわけではない。ただ・・・・・想像したくなかった。
「・・・・・」
『それでも、彼はあなたを側に置いておくつもりらしいですよ』
「私を・・・・・許すと?」
『さあ、彼の気持ちは私には分かりませんから。ただ、これは伝えて欲しいということなので・・・・・今から、私は彼を抱きますよ』
「なっ・・・・・何を馬鹿なことを!」
『それが、これからも側に置くあなたへの罰だそうです』
「・・・・・っ」
『明日、戻りますから、そのままそこで待っていてください』
電話は、一方的に切れてしまった。
柳瀬は今自分が聞いた言葉がとても信じられなかったが、安斎が自分に嘘を言う必要など全く無いというのも良く分かっていた。
何より、今この場に、自分の側に瑞希がいないことは確かなのだ。
「瑞希様・・・・・」
大切に大切に守ってきたあの存在が、もう自分の手の中からすり抜けてしまうのか。
「・・・・・っ」
柳瀬はその場に膝をついてしまった。
「・・・・・これでいいんですね?」
「・・・・・ああ」
言葉少なに答える瑞希を見つめながら、安斎はその携帯をポンッと近くのソファの上に投げ出した。
「さて、どうしますか?」
「ど、どうするって?」
「本当にあなたを抱いてもいいんですか?」
瑞希が相当な覚悟でその言葉を・・・・・抱いて欲しいと言ったのだろうということは分かるが、安斎はギリギリまで瑞希に逃げ場を
与えてやるつもりだった。
もう30を過ぎ、それなりに世の中というものを見てきた安斎からすれば、瑞希はその年から考えるまでも無くまだまだ子供だった。
子供ならば、言うだけ言って、後からやっぱり止めたと言ってもおかしくは無く、それを許せるほどには安斎は大人だった。
しかし、そんな安斎の思惑をよそに、瑞希は張り詰めた空気を纏ったまま、硬い表情できっぱりと言った。
「いい」
「・・・・・」
「早くしろ」
こんな時も命令口調なのが少しおかしくて、安斎は笑いながらチラッと視線を奥に向けた。
「シャワー、どうします?」
「・・・・・っ」
「・・・・・」
(そんなに怯えてるのに・・・・・)
「さ、先に、入る」
「どうぞ」
足早に奥の部屋に向かった瑞希の後ろ姿を見送りながら、安斎はゆっくりと側のソファに腰を下ろす。
なんだか急な展開で拒否もせずにここまできてしまったが、今更止めようとは思っていなかった。
「俺を汚してくれ」
それは、強烈な誘い文句で、依頼人とは絶対に寝ないという品行方正な人間ではない安斎は、興味の対象であるならばその
誘いを断ることは無い。
たとえ、本人が死ぬほどの強い覚悟の上の言葉だとしても、だ。
(・・・・・途中で止めてくれと言うかもしれないな)
そう言われて自分が途中で止めることが出来るかどうか、今の安斎ははっきりと答えることは出来なかった。
バスローブ姿で、瑞希はベッドの端に腰掛けていた。
今は安斎がシャワーを浴びている。
(・・・・・帰りたい・・・・・っ)
怖くて怖くて仕方が無かった。
それは初めてセックスするからという理由ではなく、その相手が男だからというわけではなく、ただ瑞希は・・・・・変わってしまうだろう
自分が怖かった。
セックスを知ったからといって直ぐに大人だといえるとは思わないが、それでも確実に何も知らなかった頃の自分とは変わってしまう
のは間違いが無い。
カチャ
その時、僅かな音と共にドアが開いた。
「・・・・・っ」
その入口に、自分と同じバスローブ姿の安斎が立っている。
(う、うわ・・・・・っ)
自分がどういったリアクションをとったらいいのか分からない瑞希は、ギクシャクと安斎から目を逸らした。
だが、視線が自分の膝に落ちると、お互いが同じバスローブ姿なのだと改めて思い、今から自分が何をしようとしているのかを面
前に突きつけられている気がした。
(な・・・・・に、緊張してるんだよっ)
格好悪いと思った。
同じ男のくせに、安斎はこ憎たらしいほど落ち着いていて、自分はみっともなく動揺してしまっているのだ。
幾ら経験値の差があるとはいえこのままでは主導権を握られてしまうと思った瑞希は、そのままギュッとシーツを握り締めると顔を
上げた。
「遅かった、な」
「すみません」
「・・・・・」
こういう場面だからか、安斎の声が普段よりも艶めいて聞こえた。
もしも瑞希が女だったら、これだけで腰が砕けてしまったに違いない。
「か、覚悟を決めるのに時間が必要だったのか?」
「ええ」
「・・・・・」
「依頼人と寝たことが無いとは言いませんが、あなたのような子供とは初めてなので、さすがに」
「・・・・・」
(依頼人と、寝たことがあるのか)
その言葉が妙に引っ掛かって、瑞希の眉はしんなりと潜められた。
「お前・・・・・プロとして失格なんじゃないのか?」
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ボディーガード×お坊ちゃま。第11話です。
ようやくボーイズ物のようになってきたような気がします。
次回からは赤文字突入ですか。