「幾ら払えば100パーセント命が守れる?」
 唐突にそう切り出した男に、さすがの安斎も内心眉を顰めた。
今までに数え切れない程のガードの要請があったが、これ程にあからさまに金の事を言われたのは初めてかもしれなかったから
だ。
それでも、一応ビジネスとして人の命を守る仕事をしている安斎は、不快に思ったのだということを少しも顔に出すことはせず、
耳障りがいいといわれる低音の声で淡々と言った。
 「金額でお決めになるんですか?」
 「いや、出せるだけなら金額を問うつもりは無いよ。ただ、君がどれ程自分の仕事に自信を持っているのか、君自身の口から
聞いてみたい気がしたんでね」
 「・・・・・変わった趣味ですね」
 「そうかな」
少年のように笑う男を見て、安斎はようやく口元を緩めた。



 安斎叶(あんざい かなう)は父親が中東のある国の王族、母親が日本人というハーフだ。
正式な結婚をしているわけではなく、愛人というには母は仕事を持って自立していたので、安斎もそれほど卑屈な思いをするこ
となく育っていた。
 高校を卒業した時、父の母国でクーデターがあり、父も軟禁されてしまった。
日本でその話を聞いた安斎は、それまでせいぜい1年に1、2度しか会わない父親の命というものをなぜか酷く重いものだと感
じて、単身その国に乗り込み、クーデターを起こした軍側の幹部と正面から対峙した。
その時、安斎は父似の恵まれた体格と、母譲りの明晰な頭脳を持ってはいたが、ごく普通の日本人の青年だった。
 今思えばそんな普通の日本人の話をよく聞いてくれたと思うが、結果的に父は王籍は無くなったものの命は助かり、安斎はそ
の時尽力してくれた軍幹部の誘いでそのまま軍隊に入隊した。

 それから・・・・・その国は数年間で、また元の王族が支配する平穏な、しかし、刺激の無い国に戻ってしまった。
安斎は師事していた軍幹部が除隊してから個人で始めた、各国の要人のガードを手配し派遣するという会社に入り、『犯罪
者は守らない』との社訓のもと、これまでに日本を含め各国で何人もの要人のガードをしてきた。



 この不遜な物言いの日本人と会ったのは、丁度アメリカでガードをしていた時だった。
大企業の会長を務めるアメリカ人と、大事な取り引きが終わるまでの二ヶ月間の契約をしていたが、その間数回の爆弾騒ぎや
発砲騒ぎを未然に防いできた。
 その時も、ライフルで狙っていた相手を一撃で仕留め、その後始末で警察を呼んでいた時にいきなり声を掛けられたのだ。

 「あなたはプロのガードですか?」

東洋人にしては背が高く、体格も良い中年の男は、自分のボスがあなたと話したいからと言ってきた。
個人では仕事を引き受けないと言うと、男は安斎の所属する会社を聞き、その場で安斎の会社のボスと話をつけて、その夜の
うちに食事となったのだ。

 「幾ら払えば100パーセント命が守れる?」

 あまりにもストレートな言葉は、逆に安斎の心を刺激した。
何時も命ギリギリの仕事をしていて、次第に感情の起伏が少なくなった安斎には珍しいことだった。
 「守るのはあなたですか?」
 「いや、息子だ。今年大学生になった」
 「男・・・・・大人しい方?」
 「いや・・・・小虎のように無邪気に反抗するよ。なあ、高畑」
 「・・・・・」
男・・・・・東條院正紀の言葉に、寄り添うように立っている男が僅かに頬を緩める。
ふと、このくえない2人の男にそんな顔をさせる人物に一度会ってみたいと思った。
 「ガードは守られる側にも協力してもらわないと最善は尽くせません。一度ご子息に会ってからの返事にしたいのですが・・・・・
よろしいですか」
 「ああ。きっと、君も守り甲斐があると思うよ」
楽しそうに、そして明らかに安堵したように笑う男に、安斎の興味はまだ見ぬ守る対象に向けられた。



 東條院財閥は日本でも有数の権力と財力を併せ持つクライアントだった。
会社も安斎次第とは言いながらもその仕事を請けるようにと暗黙のうちに促し、安斎も久し振りの日本での仕事を覚悟してい
た。
東條院には息子に会ってからの返事とは言ったが、もう8割がたは引き受けるつもりだ。
金も申し分ないほどの金額を提示されたし、何より仕事の内容も遣り甲斐がありそうだった。
 そして、いよいよ東條院家で対象になる人物と対面したのだが・・・・・。
 「・・・・・何の用?」
(・・・・・確かに、小虎だな)
猫よりは雄々しく、しかし、まだ青くて虎にはなりきっていない・・・・・綺麗な若者。
そう、男にしては整ったその容貌ときつい眼差しのアンバランスさが更にこの子虎を魅力的にみせ、その上金も権力もあるとなる
と欲しがる人間は後を絶たないだろう。
 心を奪われたというわけではない・・・・・はずだ。
しかし、安斎は自然と口を開いた。
 「安斎といいます。今日からあなたのガードに就くことになりました」



  「そんなに頼りになるなら、俺よりオヤジが付いてもらえよ」
 父親である東條院の思いなど知る由も無い瑞希は提案を即座に却下すると、そのまま部屋を出て行った。
その瑞希を見て、軽く頭を下げた安斎は後を付いて行こうとする。
 「安斎」
 「・・・・・」
 「契約は成立か?」
 「御随意に」
 「分かった」
満足そうな東條院の顔を視界の端で捉え、安斎はそのまま瑞希の後を追う。
大きなストライドで追いついた時、たまたま振り返った瑞希と目が合った。
 「・・・・・」
切れ長な目がきつく自分を睨んでくる。
 「なんで付いて来るんだ」
 「それが私の役目ですから」
 こんな会話も、安斎にとっては新鮮だった。
何時も依頼されてガードに付くので、当然相手は安斎の存在を認識している。
だが、瑞希は前もっての話も全く無かったらしく、勝手に付けられたガードの安斎に対して敵意を隠そうともしなかった。
(護衛は1人と聞いたが・・・・・彼か)
 瑞希の傍には、体格の良い男が1人立っている。
渡された資料には、瑞希が幼い頃から付いていた護衛がいるとあったが、パッと見た感じでも腕が立つ相手だというのが良く分
かった。
しかし、安斎にしてみれば、これまで瑞希の身に起こった事件の数々を考えるとよくも1人だけで今まで無事だったと思う。
(・・・・・この子なら仕方ないか)
 「・・・・・っ!」
 「瑞希様!」
 瑞希が足を踏み外してしまった時も、男・・・・・柳瀬の反応は素晴らしく、安斎との差もほとんど無かった。
 「大丈夫ですか?」
 「・・・・・」
突然のことに驚いたのか、目を丸くしたその顔は歳以上に幼い感じがする。
思わず目を細めた安斎に、瑞希は我に返ったのか慌てて身体を離した。



 この短時間でどんな心境の変化があったのか・・・・・瑞希はそのまま安斎を連れて家を出た。もちろん柳瀬も一緒だ。
 「瑞希様、夕食はご一緒にと旦那様が」
 「外で食べる」
 「久し振りのご帰宅です。お話なさることもあるのじゃないでしょうか?」
 「・・・・・」
車の中で柳瀬は瑞希に静かに話し掛けている。
幼い頃から世話係も兼務していたということで、内心はどう思っているのかは分からないが、柳瀬の言うことは瑞希は黙って聞い
ていた。
 安斎は車から外を見る。
久し振りの日本だが、戸惑いはそれほど無い。ただ、胸元に潜ませている銃を堂々と晒せないのが難点といえば難点だが。
 「一つだけ言っておくけど、俺は他人を信用していない」
 「・・・・・」
 「信じられるのは自分だけだ。・・・・・ああ、柳瀬は信用してるけど」
始めの言葉は安斎に向けて、後の言葉は柳瀬に向けて、はっきりとした線引きはかえって分かりやすかった。
 「だから、柳瀬以外の人間に付かれても困る」
 「お父上の依頼です」
 「・・・・・滅多に会うこともないのに、父親なんて実感なんかない」
 「瑞希様」
 「本当のことだ」
 「・・・・・それでも、私は依頼されたことは遂行します。あなたがどう思われようと、依頼人東條院正紀氏の依頼の通り、あな
たの命を守る為に今日からガードに付きます」
瑞希の眉が顰められ、それと同時に柳瀬の気配も固くなった。
瑞希同様今度の事を聞かされていなかったらしい柳瀬が面白くないと思うのも分からなくはないが、瑞希を大切だと思うのなら
ば受け入れてもらわなければ困る。
 「失礼だが、期間は決められているのか?」
 無言になってしまった瑞希の代わりに柳瀬が聞いてきた。
隠すことでもないので、安斎は契約の通りに答える。
 「危険が無くなるまで」
 「明確な日にちは無いということか?」
 「そうです」
 「・・・・・」
 「馬鹿らしい」
 小さく呟いた瑞希は、運転手に車を止めるように言った。
どうやらここは繁華街のようで、行き交う人の数も多い。
 「何か用が?」
 「用なんか無い」
 「それならばこのまま屋敷にお帰りください。わざわざ危険が大きい場所に行くことはないでしょう」
東條院との契約が現実味を帯びた頃から、まるでそれを感じ取ったかのように親子を狙った事件は増えてきた。
東條院が言わないことや柳瀬が事前に防いだものを合わせても、この一ヶ月間で10近く、脅迫状や爆弾騒ぎ、父親の東條
院にいたっては銃撃も受けた。
 多分、ターゲットは焦っているはずだ。こんな時に不用意に動くなど危険行為だろう。
(自分では自覚が無いのか・・・・・?)
今も、安斎は車の中にいながら冷静に周りの気配を探っていた。この車は防弾仕様ではないようなので、今狙われたらと頭の
中では常に様々なシュミレーションをしている。
それも全て、瑞希の命を守る為なのだが・・・・・。
 「関係ないだろ」
 「瑞希さん」
 「・・・・・勝手に名前呼ぶな」
 「・・・・・では、お坊ちゃま、私の言葉に従ってください」
 「・・・・・っ」
 その言い方が気に食わなかったのか、振り向いた瑞希はドアを開けようとした手でいきなり安斎のネクタイを掴んだ。
 「俺は、お前に護衛を頼んだつもりは無い」
 「・・・・・」
 「それでも俺の傍に付いていたいなら、俺のすることへの文句は言わないでもらおうか」
 「・・・・・」
 「柳瀬、行くぞ」
自分の言いたいことだけを言い捨て、そのまま車外に出て行く瑞希。
その後ろ姿を見ながら安斎も後を付いていくが、久し振りに手応えがあるターゲットを前にして心が高揚していったのか、無意識
のうちにその口元には僅かな笑みが浮かんでいた。





                                 





ボディーガード×お坊ちゃま。第2話です。
今回は守る側、安斎の視点です。はねっかえり瑞希のガードは大変なようですね(笑)。