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(面白くない・・・・・っ)
瑞希はムッとした表情を隠さないまま夜の街を歩いた。
着ている服は普通のシャツとジーパンだが、だからこそ際立ってしなやかなスタイルが目立ち、瑞希の存在を人波に埋没させな
かった。
「瑞希様」
「少し歩いたら帰る」
「・・・・・」
柳瀬には迷惑を掛けたくないが、慇懃無礼な安斎に何とか一泡吹かせたくて、瑞希の足は自然とあまり治安がいいとは言え
ない路地裏へと向かった。
瑞希の大学の学生が何人もここでたかられたと噂で聞いた。多分たいした相手ではないだろうが、安斎がどういう態度を取るの
か冷静に見るのに手軽だと思った。
「おい」
「・・・・・」
(来た)
案の定、表通りの喧騒が消えない間に、何人かの男達が瑞希達を囲んだ。
「金持ってんだろ?置いていったらそのまま帰してやるよ」
「・・・・・」
(馬鹿っぽいしゃべり方だな)
瑞希は眉を顰めた。
いい大学に行っている人間が頭がいいとは思わないが、目の前にいる男達は間違いなく頭が悪いだろう。
そもそも瑞希1人ならともかく、柳瀬と安斎という体格も飛びぬけた男が一緒にいるのだ、普通ならばターゲットにはせず見逃す
はずだ。
よほど金が欲しいのか、それともよっぽどの馬鹿なのか、それとも3対5という人数に安心しているのか、瑞希は腕試しにこの男
達が使えるのかと思いながらも冷たく言い放った。
「断わる」
「何だ?」
「お前らに1円もやりたくないな」
「・・・・・!」
たったその一言でキレてしまったらしい男達がいっせいにポケットからナイフを取り出した。
「その綺麗な顔に傷をつけてやろうか、ガキ」
「・・・・・やってみたらいい」
瑞希の挑発に、鈍くナイフが輝いた。
「・・・・・い、ま?」
(何があった?)
いったい今何が起こったのか、瑞希の目には分からなかった。
ナイフを片手に襲い掛かってきた男の横を安斎がスッと通った・・・・・そう、ただ通ったとしか思えなかったのに、その後男は苦痛
の声を上げながらアスファルトの上に蹲っている。
手首が奇妙な方向に向けられているのを見ると、どうやら腕を捻られたか折られたかしたようだが・・・・・。
(全然見えなかった・・・・・)
コクッと唾を飲み込んだのは瑞希だけではない。
その場に蹲っている男の仲間も、それまでの揶揄したような表情は消え、青褪めた表情になって静まり返った。
「次は?」
まるで授業の質問を聞く教師のように、安斎は静かな口調で男達に言う。
その瞬間、倒れた男を抱えるようにして立ち去る相手を見て瑞希は鋭く舌打ちをうった。
(腰抜けっ)
こんなにもあっさりと手を引くとは思わなかった。
「・・・・・」
男達の後ろ姿を見送ろうともしない安斎は、そのまま瑞希を振り返る。無茶なことをした瑞希を怒っているのか、それともこんな
手段しか考え付かなかったのかと蔑んでいるのか、その視線からは何も読み取れなかった。
「気が済みましたか?」
「・・・・・っ」
「それでしたらご自宅に戻ってもらえますか」
「俺はっ!」
「瑞希様っ」
思わず安斎の襟首を掴もうとした瑞希を止めたのは柳瀬だった。
「離せっ!」
「瑞希様」
「・・・・・」
「帰りましょう。彼の言うことは一理あります。色々思うことはあるでしょうが、ここで・・・・・っ!」
「伏せろっ!」
いきなり、瑞希は安斎に抱きしめられた。
いきなりのことにその腕の中から逃れることも思いつかなかった瑞希の耳に、
プシュッ
強い風のような音を聞いたかと思ったと同時に、車が急発進するようなタイヤの甲高い擦れるような音がした。
(な・・・・・に?)
「早く車にっ」
瑞希を胸の中に抱きしめたまま走り出した安斎の命令するような言葉にも、一切文句を言わないまま柳瀬は走り出している。
「お、おい、今・・・・・」
「説明は後です」
短くそう言った安斎は、もう何も話してはくれなかった。
待機していた車に戻ると、安斎は直ぐに家に戻るようにといい、続けてどこかに電話をし始めた。
「・・・・・俺だ。今から言う場所に銃弾が残っているはずだ。回収して調べて欲しい」
「え?」
(銃弾・・・・・?)
その言葉に柳瀬を振り返ると、何時もは視線を合わせた時に優しく笑んでくれるはずの柳瀬の表情も硬いままだ。
瑞希はそれだけでも安斎の言葉が嘘ではないと分かった。
(じゃあ、さっきの音・・・・・が?)
テレビドラマのようなはっきりとした音ではなく、鈍く小さな音。
それが発砲音だと瑞希に直ぐ分かるはずはなかったが、この2人の男ははっきりと聞き取ったのだろう。
瑞希は自分の肩を抱いてブルッと震えた。今までも誘拐をされかけたり、車に付狙われたりとあまり普通ではない体験をしてき
たが、これ程命の危険というものに直面したという覚えは無かった。
いや、今までもあったのかもしれないが、幼なかった自分にはその意味が良く分からなかったのかも知れないが。
「・・・・・瑞希様」
「・・・・・」
「大丈夫ですよ」
柳瀬の優しい声は何時もは心強いのに、纏っている雰囲気が硬いままなので瑞希も安心出来ない。
ドキドキと不規則な自分の心臓の音にまで耳を塞ぎたくなった時、ようやく電話を終えたらしい安斎がそれまでの無表情を変え
ないまま静かに口を開いた。
「今何があったか、あなたにもお分かりですね?」
「・・・・・脅しか?」
「消音銃の使用と狙った位置を考えれば、ただの脅しだとは思えません。あなたのお父上のご心配通り、命を狙われていると
いうのはただの取り越し苦労ではなさそうです」
「・・・・・」
「怖いですか?」
「怖くなんか・・・・・っ」
無いと、はっきり言い切れない自分が悔しい。
「私を傍に置くことを認めてくださいますね」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・お前がいれば、絶対に大丈夫なのか?」
「他のどんな犠牲を出したとしても、あなたの命は守ります」
その言葉の響きに嘘は無いと思った。
怖くて、護衛を付けることを了承するなど情けないかもしれないが、今の瑞希に頷くという以外の選択肢はない。
「・・・・・嫌だと思ったことには従わないから」
それでも、少しは意地を通したいとそう言った瑞希に、なぜか安斎の頬に笑みが浮かんだような気がした。
「お〜す、瑞希・・・・・って、誰?」
「壁。気にするな」
「気にするなって・・・・・」
友人が途惑ったように自分の背後に視線をやるのを見て、瑞希は舌打ちを打ちたくなるのをようやく我慢した。
(学校まで来るなんて・・・・・っ)
「常に傍に付きますから」
そう言った安斎の言葉を、通学の行き帰りや買い物の時だけだと思っていた瑞希は、校内にまで一緒に入ってきた安斎に自
分自身が驚いているのだ。
学校には父親から連絡が行っているので問題はないと言われたが、とにかく安斎は目立つ。
黒くはないがシックな色のスーツに身を包んだ190センチ近くある身体。
スレンダーながら鍛えているというのが分かる身体つきにエキゾチックな容貌。
女生徒達はもちろん、男までも視線を向けてくるそれに、瑞希は悪目立ち過ぎと眉を顰めるしかなかった。
そうでなくても瑞希自身、東條院という名前とその容姿で目立つのだ。相乗効果は半端なものではなかった。
「・・・・・どうして外で待ってないんだ?」
「目立った方がいいですから」
「どうして」
「狙いにくくなるでしょう」
安斎の説明は簡潔で、確かにそうだろうというのは分かる。
それでも、今まで付いてくれていた柳瀬は校内ぐらいは自由にと中まで入ってこなかったのだ。その気遣いを当たり前のものだと
思っていた瑞希にとって、安斎のやり方は少し乱暴な気がした。
(柳瀬の立場だって考えてくれてもいいのに・・・・・)
柳瀬は今、学校の外で瑞希の帰りを待ってくれている。これから2つの講義を終えるまでの数時間、じっと車の中で・・・・・。
「おい」
「・・・・・」
「おいって!」
「どなたをお呼びですか?」
「・・・・・っ、お前だよ、安斎!」
「はい、何でしょう」
どうしてもその対応が馬鹿にしているとしか思えないが、瑞希はそれに対しての反発を辛うじて押し留めると、視線は微妙に逸
らしたまま言った。
「柳瀬も呼びたいんだけど」
「なぜですか?」
「1人だけで待たせるのは・・・・・悪い」
「ですが、今までそうだったのでしょう。いきなり方針を変えても、彼の方が途惑うのではないですか」
「・・・・・っ」
「あなたは少し感情で動き過ぎですね。動く前にいったん考えた方がよろしいかと」
「煩い!」
いきなり叫んだ瑞希を、廊下を歩いていた生徒達が驚いたように振り返った。
それまでの瑞希は校内では常に冷静沈着で、歳以上に大人びた存在だと知られていたので、こんな風に大きな声を出した瑞
希に驚きの目を向けるのは仕方がないだろう。
瑞希自身も意識してそんな態度を取っていたが、今この瞬間はどうしても我慢出来なくなってしまったのだ。
「煩いんだよっ、お前は!もう俺の護衛から外す!」
「依頼人はあなたの父上ですから」
「じゃあ、オヤジに・・・・・」
「何とおっしゃられるつもりですか?叱られて嫌になったからと?」
「・・・・・っ」
「あなたも大学生です。もう子供ではないのですから」
「・・・・・」
「申し訳ありません、言い過ぎました」
唇を噛み締めて俯いた瑞希の姿に、安斎はそう言って頭を下げてきた。自分よりもはるかに体格も立派で歳も上な男に頭を下
げられる。
しかし、瑞希は優越感よりも深い屈辱感を感じ、安斎をその場に置いたまま歩き始めた。
一瞬後に、安斎もその後ろを付いて歩き始める。これがガードの仕事なのかと、瑞希は何も言えない自分が悔しかった。
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ボディーガード×お坊ちゃま。第3話です。
これで本当にカップルになるのかと思う雰囲気ですよね(苦笑)。なんだか、後2話で終わる気がしないです。