大きな男に常に張り付かれているというのは思った以上に鬱陶しい。
それでも、瑞希が付くのを止めろと言えないのは、先日の一件を安斎が父親の正紀に報告したからだ。
さすがにただ絡まれたというわけではなく銃も持ち出されたということで、普段はそれほどに口うるさくない正紀も瑞希の我が儘は許
さなかった。
 「・・・・・ついてない」
 大学のカフェテリアで、瑞希は呟くように言う。
すると、目の前に座っていた友人が笑いながら視線を瑞希の背後に向けた。
 「まるでおんぶお化け」
 「・・・・・」
 「まあいいじゃんか、親の愛だろ」
 「自己満足だ」
確かに、思った以上に正紀は瑞希の身を案じてくれている気はする。それは大学生になった今頃に感じるものだが。
ただ、それを素直に受け入れるには瑞希は成長し過ぎていたし、正紀の愛情表現はあまりにも分かりにくかった。
 「・・・・・」
 その時、ポケットに入れていた携帯がメールを着信した。
開けばそれは正紀からで、学校の帰りに会社に寄るようにとのことだった。
 「何?ラブコール?」
 「バカ」
出来れば無視したいが、避ければ多分家で掴まってしまうだろう。何の話かは分からないが、面倒なことは早く済ませてしまうのに
限る。
 「悪い、用が出来た」
 「ああ、またな」
 瑞希は立ち上がってカフェテリアを出る。
そのまま校外に出ようとするのを安斎が止めないのは、きっと安斎の方にも正紀から連絡が行っているのだろう。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
常に側にいるのに、言葉も交わさない2人。こんな緊張感は、柳瀬相手では感じることが無いものだった。



 何時ものように大学の外で待っていてくれた柳瀬の運転で正紀の会社まで来た。
 「・・・・・相変わらず無駄にでかいビル」
 都心の一等地にある自社ビルには、瑞希はまだ片手で数えるほどしか来たことが無い。
元々父の仕事には興味が無かったし、東條院という家柄にも窮屈な思いをしていた。
 「瑞希様」
 「・・・・・」
柳瀬の促すような言葉に頷くと、瑞希は黙ったまま役員専用エレベーターの入口に向かう。
 「君っ」
すると、見るからに学生といった雰囲気の瑞希が特別なエリアに堂々と足を踏み入れたのを見た警備員がその前に立ちふさがっ
た。
 「どこに行かれますか?」
 「・・・・・」
 「ちょっと、来て頂けますか」
 「・・・・・自分が勤めている会社の重要人物くらい把握していれば?」
 「なっ?」
滅多にこの場所に来ない瑞希の正体は、多分、役員以外は・・・・・いや、役員の中でも知らない者は多いはずだった。
一言、言葉で説明すればいいのだが、煩わしい事が嫌いな瑞希は、なぜ分からないのだという思いしかなく、傲慢な態度で警備
員を見た。
 「君ねえ」
 30代らしい警備員はその態度にムッとしたらしく、何かを言おうと一歩足を前に踏み出す。
しかし、その間に割って入ったのは安斎だ。
 「彼の言い方には問題はあるが、確かに自分が警備をしている会社のことは把握していた方がいい」
 「・・・・・あなたは」
大学生という見た目の瑞希とは違う、安斎の隙の無い態度にさすがに何かあるのだと悟ったらしい。
警備員の顔が強張ると同時に、役員専用のエレベーターが開いて、中から父の秘書兼ボディーガードの高畑が姿を現せた。
 「瑞希様」
 「・・・・・瑞希、様?」
 「安斎からの報告の時間より遅いと思いましたので・・・・・どうかされたんですか?」
このビルの最高権力者に常に寄り添っている男の顔は警備員もよく知っている。
その男が様を付けて呼ぶ存在を考え、警備員の顔は真っ青になった。



 「お名前をおっしゃれば直ぐに分かったと思いますが」
 エレベーターに乗った一行。
高畑はドアが閉まって直ぐに瑞希へと忠言した。
瑞希は何も言わないが、青褪めて何度も謝罪する警備員を見ていると何となくだが何があったのか想像がつくからだ。そして、そ
の想像のほとんどはほぼ100パーセントで合っているだろう。
 「瑞希様」
 「俺の顔を知らない向こうが悪い」
 「顔を覚えてもらうには、頻繁にこちらへ来て頂いたらよろしいのですが」
 「面倒」
 「瑞希様、正紀様は・・・・・」
 「どうして会社に呼びつけた?今は家にいるんだから、家に帰ってからだって・・・・・」
 「ご自宅では、瑞希様はお部屋から出ては下さらないでしょう?学校帰りならば、柳瀬と安斎が必ずここに連れてくると思いまし
たので」
 「そんな計算、面白くない」
 その一言で切り捨て、瑞希は黙ってどんどん上昇するエレベーターの階の表示をじっと見つめた。
もう何も話さないと態度で示され、自分が嫌われているらしいことを知っている高畑は苦笑を浮かべながら口を閉じた。



 「早速だが」
 最上階の父のオフィスに向かうと、前置きもなく正紀は瑞希に1枚の紙を差し出した。

 『次はない』

脅迫文だ。
 「今朝、会社のポストに入っていたらしい。消印は無いので直接入れたんだろうが、私とお前、どちらを狙っているとも書いていな
いだろう?だから・・・・・」
 「この間のことを言ってるのか?馬鹿らしい」
 「瑞希」
 「あんなの、オヤジが決めたガードなら簡単に守ってくれるよな?」
 「・・・・・」
 「それよりも、今になってこれほど俺の身辺に気を遣うなんてさ・・・・・俺にはそっちの方が気になるんだけど」
 今までも、瑞希は十分狙われる立場だったはずだし、脅迫文などそれこそ数え切れないほど来ただろう。
しかし、付けている護衛は柳瀬だけで(他の人間は瑞希が嫌がったということもあるが)あったし、それ以上の厳重なガードは手
配しなかった。
それが、今回に限ってなぜか。
瑞希はそれを父に聞きにここまでやってきたのだ。
 「何時だって心配していたぞ」
 「口先だけなら何とでも言える」
 「お前には信用が無いなあ」
 「これまで俺を守ってくれたのは、オヤジじゃなくて柳瀬だ。今回だって、柳瀬で十分事は簡単なはずじゃないのか?」
 「そういうわけにはいかないんだ」
 「どうして」
たて続けに言う瑞希をしばらくじっと見つめていた正紀は、やがて深い溜め息をついて椅子に座り直した。
 「今回、名前が挙がっている奴が厄介なんだ。そこが今までと違う」
 「誰、それ?一族の誰か?」
 極々薄い血縁も辿れば、東條院の一族という括りに入る人間の数は相当なものだ。
その中の頂点に立つのが、直系で現当主の正紀で、その次が一人息子の瑞希になる。
それ以上に血が近い人間はいないはずだが・・・・・そこまで考えた瑞希は、ふとある面影を思い出した。
(もしかして・・・・・)
それは、自分がまだ幼稚園かそこらの幼い子供で、相手も高校生か、それより少しだけ上だったかもしれない男。
今まで、二度会ったその人物は、遠い親戚連中よりも遥かに東條院の直系と言ってもいい人物だった。
 「・・・・・ユウ?」
 「・・・・・そうだ、綾辻・・・・・あの男が絡んでいるという噂がある」
 「ユウが・・・・・」



 東條院の先々代、瑞希にとって曽祖父は、圧倒的な支配者だったらしい。
経済面でも政治面でも、東條院の名を広く知らしめたのはこの人物で、瑞希も幼稚園に通う頃までは生きていたその曽祖父に
は遊んでもらった記憶もあった。
 その曽祖父は、60代で自分の息子、瑞希にとっては祖父になるが、彼に当主の地位を譲ると、暢気な隠居生活に入った。
それまで仕事一筋で、女関係が派手な息子(瑞希の祖父)と違って真面目だった彼が、引退後すぐ、1人の女に入れあげた。
曾祖母は亡くなっていて、曽祖父と女は祖父と孫ほども歳の差があるというのに本気の愛情だったらしく、その女はやがて妊娠し
てしまったのだ。
 その頃、既に正紀は中学生になっており、結果、十以上も歳の離れた年少の叔父を持つことになってしまった。
それからどういう話が行われたのか、その頃生まれていなかった瑞希が分かるはずも無いが、曽祖父が亡くなり、それに続くように
して祖父も倒れた頃、数回だけ親戚だという若い男に会った。
 それが、成長した曽祖父の子、瑞希の父正紀の年少の叔父だった。
後に、口さがない親戚連中の話で、綾辻の正体と、彼が全ての遺産放棄の手続きの為にやって来ていたのだということを知った
瑞希だが、僅かな時間でも優しく遊んでくれた綾辻のことはよく覚えていた。
 「そんな事有るはずない!」
 「瑞希」
 「ユウは、じいちゃんやオヤジの為に遺産を放棄してくれたんだぞ!それが今頃になって何かしようとするはずがないじゃないか!
変な噂を信じるなよ!」
 「瑞希、綾辻は少し・・・・・特殊なんだよ」
 「特殊ってっ?」
 「正紀様」
 高畑がそれ以上の正紀の言葉を止めようとしたが、正紀は首を振った。
 「瑞希も、全て知ってもいい年頃だ」
 「オヤジ!」
親子である自分よりも、正紀と深く分かり合っているような高畑の態度が癇に障った。
瑞希は焦れたように正紀を呼び、正紀も改めて瑞希を振り返った。
 「綾辻は全うな生活をしていない」
 「・・・・・え?」
 意味が分からずに問い返した瑞希に、正紀はもっと具体的に言った。
 「開成会というヤクザの幹部になっているらしい。私達とは、全く違う世界に住んでいるんだよ」
 「ユウが・・・・・ヤクザ?」
(あんなに優しかったユウが?)
 「だからこそ、この噂を一笑に付してしまうことは出来ないんだ。少しでも可能性があることならば調べさせて、それが事実なら手
を打たなければならない」
 「・・・・・っ」
 「瑞希!」
 瑞希は部屋を飛び出した。
一度に色々な情報が頭の中に入ってきて、いったい何を信じていいのかが分からなかった。
しかし、滅多に会うことがない父は、だからこそ少ない会話の中で瑞希に嘘は言わない。仕事面では隠していることがあるかもし
れないが、嘘だけは言わないのだ。
 「瑞希様っ」
 直ぐ後を追ってきた柳瀬を振り切ってエレベーターに乗り込んだ瑞希は、イラついたように何度も1回のボタンを押す。
その時、閉まり掛けた扉の中に、人影が滑り込んできた。
 「!」
 「お1人で行動なさらないようにと言いましたが」
 「・・・・・安斎っ」
 「どちらに行かれるのか、一応お聞きしても宜しいですか?」
 慇懃無礼なように聞こえる言葉が腹立たしいが、瑞希ははっと思い当たって安斎の顔を見上げた。
 「お前、この話を知ってたな?」
 「・・・・・」
 「それなら、ユウの居場所も分かるだろう、俺をそこに連れて行け」
 「あなたが行かれるような場所ではありませんよ」
 「それを決めるのは俺だ」
何もかも、自分を置いて決められるのにはいい加減頭にきていた瑞希は、自分も全てを知りたいと強く思っていた。





                                 





ボディーガード×お坊ちゃま。第4話です。
もう絶対に次では終わらないですね(泣)。