海上の絶対君主




第四章 愚図な勝者 〜無法者の大逆転〜






                                                          
※ここでの『』の言葉は日本語です






 ラディスラスは甲板に乗組員全員を集めた。
何時もは別に報告をする食堂の人間も、船医であるアズハルも、見張りの人間も一同に会し、これからの自分達の取るべき行
動を説明し始めた。
 「お前達には前にも説明したが、今ここで申し出ればしばらくの休暇を与えてやる!今回のことは俺が勝手に決めたことだし、
お前達の命は守るつもりだが、ベニートという大国相手の喧嘩だ。もしものことというのも考えてもらっていい」
 「お頭、俺達の答えは決まってる」
 「そうだ、俺達はお頭と行動を共にするって決めた」
 年配の乗組員達の言葉に、他の男達も同意した。
ミシュアをこの地に送り届ける航程の中で、ラディスラスはこれから自分がやることを皆に説明していたのだ。
エイバル号は自分だけのものではなく、乗組員達の個々の意思も重要だと思っている。ラディスラスはこれまでもことあるごとに乗
組員にはきちんと説明してきた。
 「いいのか?」
 危険な目にあわせるかもしれないことに、ラディスラスの眉間に皺が寄る。
しかし、まだ若いといっていい自分達の船長の力を知っているのも、また乗組員達だった。
 「お頭が勝手に決めるのは何時ものことだしなあ」
 「あのなあ」
 「俺達は海賊だ。でっかい相手に喧嘩売るなんて、そんな面白いことやらないわけねーって」



       


 海賊船エイバルの船長、ラディスラス・アーディン。
無血で、金持ちの船や貴族しか狙わない彼を、人は義賊としてある種英雄のように噂していた。
 そんな風に自由奔放に生きていたラディスラスの前に突然現れたのが珠生だ。自分に堂々と文句を言い、嫌っていることを隠し
もしない珠生から目が離せなかった。

 容姿も、目を惹いた。
闇を凝縮したような黒い瞳に、艶やかな黒髪、そして女よりも白い肌。どうしても・・・・・どうしても、欲しくなった。

 実際に身体も重ねた2人だったが、今だ珠生は自分達が恋人同士だという関係を認めていない。
そんな中、死んだと聞いていた珠生の父瑛生が現れ、ラディスラスの片腕とも言うべきラシェル・リムザンの元の主人であるミシュア
と出会い。
彼の身体を治す医師を捜す為に、ベニート共和国の第二王子ユージン・クライスと知り合った。

 そして今、ユージンとの約束を果たす為に、ラディスラスは大国ベニートに喧嘩を吹っかけに行くことになっている。元々、面白い
ことが好きだし、大きな権力に対しての反発心もあるので、多少の危険は覚悟をしているが必ずこの作戦は成功すると考えてい
る。
自分は1人ではなく、仲間がいるし、何より側には父親ではなく自分を選んでくれた珠生がいてくれるのだ。



       



(・・・・・みんな賛成してくれてる・・・・・よな?)
 珠生は一同の会話を必死に聞きとりながら思っていた。
今回のことをラディスラスは自分の勝手でしたことだと言っているが、元をただせばミシュアの為に医師を捜すことから始まった事で、
それには珠生の意思もかなり大きな影響を与えてしまっただろうということも・・・・・自覚している。
 まさかユージンがそんなにも大変なことを条件に出していたとは思わなかったが、もちろん珠生も今まで一緒に旅をしてきた乗組
員達1人も怪我などして欲しくないし、出来れば無茶なことなどして欲しくはなかったが・・・・・。
(ラディ、変なとこで真面目だからなあ)
あのまま何も無かったことにしてさっさと立ち去っても、きっとユージンは何も言わないのではないかとも思うが、海の男は珠生の想
像以上に《約束》という言葉に誠実だった。
 「・・・・・ねえ、アズハル」
 「どうしました?」
 珠生は自分の隣に座るアズハルを見上げた。
 「ラディ、何か作戦あるのかな?」
 「作戦、ですか」
 「死ぬとか・・・・・しないよね?」
危ないことは無いとラディスラスは珠生に言ってくれたが、本当にその言葉を信じていいものか・・・・・自然と眉を寄せた情けない
表情になってしまった珠生に向かい、アズハルは笑いながら頷いた。
 「大丈夫です」
 「・・・・・どーして分かる?」
 「今までラディが大丈夫だといって、大丈夫ではなかったことはありませんから」
 「・・・・・それだけ?」
 「それだけで十分でしょう」
 「・・・・・」
(・・・・・アズハルも大雑把・・・・・)
この船に乗っている者の中で一番論理的にものを考えそうだと思ったのだが、案外にアズハルもイケイケの性格をしているようだ。
(俺がしっかりしなくちゃ!)
一応ではあるが、自分は現代人で大学生だ。今までに培ってきた知識の中に(忘れたことの方が多いかもしれないが)今回何か
役立つことがあるのではないかと思った。
頭よりも体力勝負で暴走するかもしれないエイバルの乗組員達を抑えるのは自分しかいないかもしれない・・・・・珠生は拳を握
り締めて自分自身に言い聞かせた。



 一番危なかしい珠生がそんなことを思っているとはまったく知らないラディスラスは、そのまま自分の考えた作戦を乗組員達に説
明し始めた。
 「班を二つに分ける。大部分はまずコンラッドの港湾を塞ぐんだ。外部からの商船も、港からの漁船も全て通すな」
 「でも、そんなことをすれば他国の討伐軍に連絡が行かないだろうか」
ルドーがそう言ったが、ラディスラスはいいやと首を横に振った。
 「こっちにはベニートの王子が付いている。奴に、他国の力を借りるのは恥だということを言わせ、他国からの干渉は一切受け付
けさせなくするつもりだ」
 王宮のある王都コンラッドの一切の海からの流通を絶つ。短期勝負の今回、陸地は無視してもいいだろう。
 「海を抑えれば必ず兵は動くだろうが、まさか王都の港町を戦火に巻き込むことはありえない。必ず大臣位の階級の奴が来て
交渉をしてくるはずだ、望みは何だと」
 「何て言うんですか?」
上がった声に、ラディスラスはニヤッと口元を歪めて言った。
 「1000億ビスと、インデの涙」
 「・・・・・インデのナミダって何?」
 後ろの方に座っていた珠生が、アズハルに訊ねているのが聞こえ、ラディスラスは大声で言った。
 「タ〜マ!分からんことは俺に聞けって!」
 「だって、アズハルの方が頭いいもん!」
直ぐに珠生がそう切り返すと、乗組員達の中から笑いが零れた。
自分が意図しないうちに周りを和ませてしまう珠生を凄いなと思いながら、ラディスラスは珠生の知らない、そしてここにいる者もほ
とんど聞いたことがないであろうインデの涙の説明をした。
 「インデの涙っていうのは、青い大きな宝石のことだ。ベニートの王が正式な席で身に付ける王冠の真ん中に嵌っている石で、
それ自体の価値ももちろんだが、代々伝わっているってとこに意味があるんだ」
 「意味?」
 「各国の要人達は、皆その石の持つ意味を知っている。そんな大切な石を、海賊なんぞにくれてやろうとは普通思わないだろ?
1000億ビスっていうのも、結構な金額だ。奴らはどう出ると思う?なあ、タマ」
 珠生は首を傾げ・・・・・自信なさ気に言った。
 「捕まえようと・・・・・する?」
 「正解。どんな手を使っても、俺達を排除しようとしてくるはずだ。だが、その前にもう一つの班が既に手を打っている」
 海上封鎖をしている仲間達に傷一つ付けられないよう、残りの者がする行動・・・・・。
 「王宮に潜入」
 「え?」
 「王か王妃を人質にとって奴らの答えを待つ。敵の懐に入り込むんだ、危ないことは当然、絶対に失敗してはならない行動だ。
これは少数先鋭で動く」
(・・・・・の、つもりなんだが・・・・・タマはどうするか)
機敏に動く為には珠生は連れて行かない方がいいのは分かっているが、船に残しておくのも心配だ。
ラディスラスは、アズハルから今の話を噛み砕いて説明されているらしい珠生を見詰めながら、どうするかと深い溜め息をついてし
まった。