海上の絶対君主
第四章 愚図な勝者 〜無法者の大逆転〜
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※ここでの『』の言葉は日本語です
「じゃあ、振り分けをするか」
一同が作戦の主旨を飲み込んだようなので、ラディスラスは次の段階へと話を進めた。
海上で作戦を遂行する者と、王宮へと潜入する者と。いくらユージンが手引きをしてくれるとはいえ、進入時に見付かったら殺さ
れても文句を言えない。
(あいつも、多分俺達を切り捨てるだろうしな)
全ての作戦が成功するまで、自分達とユージンの関係は絶対に知られてはならない。いや、先日王宮にまでユージンを訪ねた
時に衛兵数人に姿を見られはしたが、彼らはまさかその時の男が海賊船エイバル号の船長とは思いもしないだろう。
「始めに聞くが、辞退者はいるか?」
「いないって!」
「いませ〜ん!」
口々に笑いながら言う乗組員達に、ラディスラスも笑った。
「一応聞いてみただけだ。船の方の責任者はルドーに頼む。ジェイ、補佐をよろしくな」
「はいっ」
「了解」
日頃からラシェルが鍛えているルドーと、様々な経験をつんでいるジェイに任せておけば船の方は安心だ。
問題は王宮に忍び込む方だった。目立たず、素早く、必ず作戦を成功させることが出来る少数先鋭の人間・・・・・。
(俺とラシェルは決まりだが、後は・・・・・)
「あー・・・・・陸上に回る・・・・・」
「はい!はい!俺、りっこーほ!」
「・・・・・タマ」
「絶対、役たつよ!俺!」
「・・・・・」
(その自信はどこから来るんだろうな)
張り切って手を上げて言う珠生を見て、ラディスラスは呆れるというよりも感心してしまった。
(どちらにせよ、船に残しておいても心配だしな。側で見張っていた方が安心するってことか)
コンラッドの港町が見えて来た時、ラディスラス達陸上作戦の者は小船に乗ってエイバル号から降りた。
メンバーは珠生にラディスラス、ラシェルとアズハルに、イアンという若い乗組員だ。
「よろしくねー、イアン」
「ああ、よろしく」
まだ20歳という年を聞いて、珠生は同級生といるような気分になっていた。目立つ容姿のラディスラス達3人とは違い、それなり
の体格をしていながら容貌が凡庸なのも取っ付きやすい理由の一つだったかもしれない。
イアンも、ラディスラスのお気に入り(恋人では断じて無い!)である自分に身構えることなく接してくれるので、自然と会話は弾ん
でしまった。
「ねえ、イアンは強い?ラディに勝てる?」
「俺なんか、お頭には遠く及ばないって」
「そっか」
ラディスラスが強いと聞いて、なぜか頬が緩んでしまうが珠生にはその自覚は無い。
「えー、じゃあ、ラシェルとは?」
「全然負ける」
「ラシェルにも?」
(確かに、ラシェルは強いみたいだけどさー)
王宮という警備が厳重な場所に大勢で忍び込むことが出来ないのは分かっているが、それならばイアンはいったい何担当になる
のだろうか?
腕力担当のラディスラスとラシェル、頭脳担当のアズハルと自分。
そして・・・・・。
「じゃあさ、そんなんで役たつ?」
言い難いことをあっさり口にして、イアンはいったい何の為に連れて行かれるのかと珠生は首を捻ってしまった。
「助けないんですか」
狭い小船の中では少し離れた場所に座っている2人の会話も良く聞こえる。
これからのことを考えれば緊迫した空気のはずなのに、なぜか零れそうになる笑みを押し殺しながら言ったラシェルに、こちらは声を
出して笑いながらラディスラスは言った。
「面白いじゃないか」
「イアンが困ってる」
「楽しそうに見えるぞ」
「それはあなたの目が曇ってるんですよ」
アズハルもそう言ったが、その目は笑っている。その様子からはとても今から命懸けの作戦を遂行しに行くようには見えなかった。
こんな余裕は必要だと思う。気が緩み過ぎるのは問題だが、緊張感で張り詰めた状況では、返って大きな失敗を犯しかねない
からだ。
(タマは癒し要員だな)
「でも、イアンで良かったんですか?少し若いような気もしますが」
「あいつがいいんだよ、なあ、ラシェル」
「ええ。アズハルは知らないかもしれないが、イアンは変わった特技を持ってる。今回の作戦にも十分役立つぞ」
「特技って、何ですか?」
「鍵師」
「鍵師?」
「あいつの死んだ親父って言うのが鍵屋だったらしくて、あいつは幼い頃から色んな鍵を玩具にして遊んでいたらしい。それが役
立って、今じゃ開けられない鍵っていうのは無いって話だ。今回は荒っぽい手段で中には入れないし、あいつには十分働いてもら
うつもりだ」
「なるほど」
船の上ではなかなか役に立たない特技だろうが、それでも今まで略奪してきた宝の中で鍵を開けなければならない箱というのも
多々あった。そのたびに自分から申し出て、強引に壊すのではなく2、3本の細い鉄の棒を起用に操って開いて見せた。
その見事な仕事振りに、ラディスラスは何度か陸に上がってまともな仕事に就くようにと進めたが、イアン自身がエイバル号に留ま
り、ラディスラスの下で働くことを望んだのだ。
(それが、こんなことで役立つとはな)
鍵師としての技術だけでなく、イアンは剣術に関してもかなり腕がたつ。どう客観的に比べても、珠生よりははるかにイアンの方
が役立つのだが・・・・・。
(それでも珠生の方が必要だって思うんだから・・・・・始末が悪い)
夕暮れのコンラッドの港の片隅に船を着け、陸上に上がった珠生はそれでとラディスラスを振り返った。
「どうする?今から行く?」
王宮に忍び込むなど、悪いことだとは思うが何だかワクワクしてくる。この世界のお城の中というのはいったいどんな風になっている
のだろうか?
(漫画とかと一緒なのかな)
しかし、ラディスラスは見上げる珠生の頭をポンッと叩いて首を振った。
「話をちゃんと聞いていなかっただろ。作戦は2日後の夜からだ。まだ海の方の準備が出来ていないからな」
「あ・・・・・そっか」
「それに、今夜ユージンとも会う約束をしている。王宮の中の詳しい間取りとか警備体制とか、全部頭の中に叩き込まないとい
けない。出来るか?」
「・・・・・なんか、俺には出来ないって言ってる感じ」
「そんなことは無いって」
「そんなことある!」
ラディスラスが自分を子ども扱いすることは多々あるが、今回もそんな風に思われていては心外だ。今回のこの作戦には、珠生は
自分が中心になるという覚悟もあるのだ。
(ラディみたいな頭筋肉な奴とは違うんだからなっ)
父とは将棋も良くやっていて、頭の回転が早いと褒められることも多かったのだ。頭脳勝負では絶対に負けないと思った珠生は
更に言葉を続けようとしたが・・・・・。
「往来で何を騒いでいる」
「!」
いきなり後ろから声を掛けられ、珠生は反射的に肩を震わせてしまった。
突然声を掛けられた驚きももちろんあるが、どこか聞き覚えがあるその低い声に慌てて後ろを振り返ると、
「あー!あんたっ?」
子供のように指を指して叫んだ珠生に、男は呆れたように溜め息をついた。
「・・・・・相変わらずだな、お前は」
そう言って、少しだけ口元を緩めた男は、珠生の向かいにいるラディスラス・・・・・ではなく、ラシェルに視線を向けた。
「王子はどうされた」
「治療は成功した。今は安全な場所で静養されている」
「そうか・・・・・」
良かったと呟いたのは、ラシェルが以前ミシュアの親衛隊長をしていた時の部下で、今はジアーラ国海兵大将という任に就いて
いるイザーク・ライドだった。
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