海上の絶対君主




第四章 愚図な勝者 〜無法者の大逆転〜


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※ここでの『』の言葉は日本語です






 足元に崩れ落ちてしまった門番を、珠生はとっさに抱きかかえた。
 「だ、大丈夫?」
 「タマ、気を失っているだけだ」
そんな珠生の肩に手をやってラディスラスはそう言ったが、自分が誘導しただけに珠生はこの倒れた男のことが心配だった。
 「あ、後で、叱られないかな・・・・・?」
 「・・・・・ユージンに言っておく」
 「・・・・・」
(それだけ力があるのかな、あいつ・・・・・)



       


 「タラシ込め」
 「たらす?」
 ラディスラスの言った意味が分からなかった珠生は思わず聞き返す。
珠生だけでなく、ラディスラス以外の3人も怪訝そうな視線を向けていた。
 「正面から突っ込んでいくのも良いが、大きな騒ぎになると他の兵士達が集まってくる可能性がある。出来ればあの2人の門番
だけで話を終わらせた方がいいだろう?」
 それは分かる。
ラディスラスやラシェルが強いことは知っているが、門の前に立っている男達は身体も大きく強そうで、身体の倍ほどもある長い槍
も持っている。
剣と比べるとどうしても威力があるように見えて、正面からという作戦は珠生も止めた方がいいと思う。
珠生と同じ理由からかは分からないが、ラシェル達もその意見には同意したように頷いた。
 「そこで、タマの出番だ」
 「俺?」
 「今の時間にこの辺りにいる理由は必要だが・・・・・そうだな、変な男に追い掛けられて逃げてきたっていうのがいいだろう。タマの
容姿からすれば全然不自然じゃない」
 「・・・・・俺が嫌だけど」
(男に追いかけられたなんて・・・・・)
 珠生は眉を顰めたが、ラディスラスは苦笑したまま言葉を続けた。
 「そこは我慢してくれ。で、どうにか2人を引き離して、門の前には1人だけにして欲しいんだ。1人だけなら、どちらも無傷で門を
通り抜ける事が出来る」
 「・・・・・ケガ、しない?」
 「しない」
きっぱりと言い切ったラディスラスを、珠生はじっと見上げた。
まさかこれが、以前ラディスラスが言っていた珠生の重要な役割、誘導役ということなのだろうか。
(重要・・・・・か?)



       


 それでも、先ず門の中へと入らないことには何も始まらないというラディスラスの言葉に押し流されるように、珠生は言われた通り
門番2人に近付いた。
遠目では厳つくて怖そうだと思ったが、自分のいかにも怪しい訴えを疑うことなく受け入れてくれた。単純だといえばそうなのだが、
あまりの人の良さに申し訳ない気分にさえなってしまったのだ。
 門番という立場上、どんな理由であれ侵入者を許してしまったらそれなりの罰は与えられるかもしれない。それが出来るだけ軽
ければいいと珠生が思った時、
 「開きました」
 今の会話の間に、大きな正門の隣にある通用門の鍵をイアンが開けたらしい。
その早さに、ラディスラスも思わず口笛を吹きかけて・・・・・あっと気付いたように片目を瞑ってみせた。
 「予想以上の腕だな、イアン」



 珠生と話している僅かな時間で、小さな通用門とはいえ王宮の鍵を一つ開けたイアンの腕をラディスラスは褒めた。
本当に、全うな職業に付けばかなりの収入も地位も得られるとは思うが・・・・・どんなに説得してもイアンはエイバル号に乗ること
を訴えた。
勿体無いという気持ちと同様に、嬉しいという思いが無かったとは言えない。
 「よし、行くぞ」
 「門番は?」
 「このままにしておくと、戻ってきた奴が見付けたら煩い。中の木陰にでも寝かせておこう」
 ラディスラスの言葉に、ラシェルが門番を背負った。
そして、もう1人の門番が帰ってくる前にと、一行はラディスラス、珠生、アズハル、ラシェル、イアンの順番で、王宮の敷地内へと
侵入した。



 夜更けといっていい時間、人影は全く無かった。
(ここまでは、ユージンの言っていた通りだな)
巡回している衛兵の時間帯とその道筋は、予めユージンに聞いて頭の中に叩き込んでいる。
ラディスラスは門から少し離れた木陰に気を失った門番を寝かせているように言うと、一度深呼吸をして気持ちを落ち着けてから
改めて辺りを見回した。
(王妃の部屋は南側の3階。王の部屋よりは見張りは少ないだろうが・・・・・)
 巡回の衛兵を避けて、先ずは目的の王妃の部屋を確認しなければならない。
 「行くぞ」
 「うん」
 「・・・・・」
ラディスラスは珠生の手をしっかりと握り締めて、植え込みの低い木や高い木に身を隠しながら移動を始めた。
自分達では出来るだけ音を立てないように気を付けているものの、真夜中の人気の無い場所は僅かに葉に触れただけでも音が
響くようで、そのたびに動きを止めては再び歩き出すということを続けた。
 珠生はまるで息まで止めているように緊張している様子で、ラディスラスは時折自分の存在を教えるように握った手に力を込め
た。
同じ間隔で篝火が灯されてはいるものの、隠れながらの移動では互いの顔さえも見えない。ただ、握り合っている手は本当にお
互いのもので、ラディスラスはもちろんだが、珠生もそれで安心出来ているだろう。



 「・・・・・」
 どのくらい歩いただろうか。
途中巡回の衛兵に何回か出くわしたものの、上手く身を隠してやり過ごした。
(う・・・・・あ、足が震える)
ずっと緊張を持続させているせいか、珠生の足は次第に震えてきて動きにくくなってきた。それでも、ラディスラスが手を引いてくれ
ているので何とか歩き続け・・・・・。
 「ここだ」
 やがて、先頭を歩いていたラディスラスが立ち止まった。
 「ここ?」
 「南の東屋が見下ろせる場所。ここだろ?」
 「・・・・・」
今、自分達が身を潜めている草陰の少し先はかなり開けていて、手を入れたのが一目瞭然のように花々や木々が調和良く存
在していた。
中心にあたる場所には休憩所らしい大きな屋根がうっすらと見え、その近くには噴水のようなものもある。
(女の人が好きそうだよな)
 「でも・・・・・ラディ、どうやって部屋に行く?3階って・・・・・すっごく高いよ?」
 珠生の頭の中には普通の3階建ての住宅のイメージがあったが、石造りの外壁で作られている王宮・・・・・城というのは、それ
以上に高いようだった。日本の住宅でいえば、4階、いや、5階か。ちょっとしたビルのようで、窓辺にはバルコニーのような出っ張っ
た場所があるものの、梯子も何も無い状態で簡単に上れるとは思わなかった。
(スパイダーマンじゃないんだからさ)
 「どうする?」
 「あれを使う」
 「あれ?」
 「壁を良く見てみろ」
ラディスラスが指を指し示す方向へと珠生は視線を凝らしてみた。
(あれって・・・・・あれ?)