海上の絶対君主
第四章 愚図な勝者 〜無法者の大逆転〜
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※ここでの『』の言葉は日本語です
日が暮れる前にやってきたルドーからの使いは、万事上手くいっているということだった。
既に外海から港に入ってこようとする船は止めているということで、この分では王宮に連絡が入るのも間もなくだろう。
予想はしていたがはっきりと言葉で聞いたラディスラスは安堵したように表情を緩め、使いに向かって今後の計画を口頭で(文書
では証拠が残ってしまうので)伝えた。
「よし。俺達も今夜王宮に忍び込む。連絡係としてユージンを指名するつもりだし、何かあったら奴に伝えてくれ。後は、ルドー
とジェイに全権を委ねるとな」
全く心配ないと言い切ることは出来ない。
エイバル号に残っている乗組員達の数は数十人いて、彼らが海の上でいっせいに逃げ切ることなどは不可能だろう。
そもそも今回のことに彼らは無関係で、もしも作戦が失敗してしまったら・・・・・命を落とすか、牢獄に入れられるか、過酷な運命
が待っていることも事実だ。
それを分かった上で、自分を信じてくれている乗組員の為にも、ラディスラスは絶対に失敗は許されないと思っていた。
目立たない服装に着替えて、一行は日が落ちてから宿を出た。
「腹いっぱい食ったか?タマ」
「もうっ、俺は食べるだけがノーじゃないんだから!」
「だが、今から明日までは飯抜きだぞ?」
「だから、それも分かってるってば!」
(子供みたいに何度も注意しなくったって分かってるよ〜だ)
頭まですっぽりと隠れるようなマントを着て、珠生は隣を歩くラディスラスを見上げながら睨んだ。
さすがに今がどんな時か、珠生も分かっているつもりだ。食事がしたいからといって、作戦中にラディスラスを困らせるつもりも無かっ
た。
(それに、俺にだって秘密兵器があるしな〜)
リュックのように背中に担いだ袋の中には、昼間市場で買い求めたものが入っている。
日が暮れるまで、宿の自分の部屋で作業をしていた。うろ覚えだから少し自信が無かったが、それでも何とか大丈夫じゃないか
なと思う。
(あの時、あそこで学生に会ったのは幸運だったよな)
思わずにんまりと笑ってしまった珠生の顔を見逃さなかったのか、ラディスラスが身を屈めて耳元に口を寄せてきた。
「どんな悪さを考えてる?」
「・・・・・っ!ラディッ、近い!」
「アズハルもイアンも追い出して、部屋でいったい何してたんだ?」
「・・・・・知りたい?」
「ああ、知りたい」
「・・・・・」
ラディスラスが興味深く言ってくるのを見て、珠生はやっぱりにんまり笑ってしまった。
珠生自身も、早くラディスラスに自分が役に立っているところを見せたかったが、今はまだ早い気がする。こういうことはタイミングも
大事なのだ。
「もう直ぐ分かる」
「何だ、教えてくれないのか?」
「びっくりさせたいから、後で」
「・・・・・」
珠生の態度も気になってしまったが、とにかく計画を遂行する為にラディスラスは王宮の正門が見える場所まで移動した。
正門には門番が2人、王宮は小高い丘のような場所に立っているので見晴らしは良く、塔の上にいる見張り番は東西南北に1
人ずつしかいないらしい。
「1日3交代で見張りは変わっているが、その時狭い見張り塔には2人が一度に入れる広さは無くてね、交代の時間は僅かだ
が塔が無人になる瞬間がある」
「門番は2交代。夜明けと日暮れに交代だ。夜の門番は屈強な男がほとんどだが、ただし、頭は少し足りない者が多いかもし
れない」
「父と母は夕食が済めばそれぞれの私室に戻る。部屋の前には衛兵が2人。兄上は夜はほとんど外出なされるから、部屋の
前には衛兵はいない。部屋はちょうど母上の部屋の真上だ」
ユージンがもたらした情報を元に、ラディスラスは出来るだけ迅速に目的の場所に向かうことにした。
目的地は王妃の部屋。それには先ず城壁の中に入らなければならない。
「イアン、初見の鍵を開くのにどのくらい掛かる?」
「小さなものは触れたら直ぐに。ですが、王宮のような場所では鍵もかなり複雑な物を使っていると思うので、もう少し掛かってし
まうと思います」
「ラディ、正門に鍵は掛かっているのか?」
「いや、正門は鍵じゃないな。その横には小さな通用門もあるが・・・・・正門はどうやら内側から棒で閉めているだけらしい。ただ
し・・・・・鉄のな」
「鉄、か」
「体当たりではとても開けられないってわけだ」
「作戦は考えてるんでしょう?」
「・・・・・ない、ことは、ない」
アズハルの言葉に、ラディスラスはニヤッと笑った。
「話して、通してもらおう。な、タマ」
「はあ?」
いっせいに視線を向けられて、珠生は目を丸くして瞬かせた。
「あ、あの〜」
「何者だっ?」
門番達は、暗がりからいきなり現れた影にいっせいに槍を向けたが、篝火に照らされて見えた姿に一様に困惑の表情になった。
こんな夜更けに王宮の門の前にいるなど、問答無用に取り押さえて牢に入れるのが本当なのだが、こんな頼りない子供が相手
ではそんな乱暴な真似も出来かねた。
「どうしたんだ?」
いかつい顔をした1人が、出来るだけ柔らかい口調で話し掛けた。
「俺、マイゴ」
「迷子?」
「変な男に手を引かれてきたんだけど、いきなりガバッてきたからびっくりして。チンチンけってここまできたけど、家が分からなくなっ
たんだ」
「・・・・・」
門番達は顔を見合わせ、改めて子供を見た。
篝火のような不安定な明かりの中でも、子供がかなり整った容貌なのが分かる。少女のようにも見えなくもないが、この子供は少
年だ。だが、これ程に可愛らしいのならば、変な気になった男が襲い掛かるのも無理は無いかもしれなかった。
「大丈夫なのか?」
途端に、自分のことを気遣う2人の門番に向かって、少年は頼りなげな口調で続けた。
「だいじょーぶ。でも、あいつ追いかけてくるかも・・・・・」
「近くにいるのかっ?」
「あっちの草の向こう」
「ション!」
「近くにいないようだったらいったん戻れ。俺はこの子を詰め所で保護する」
「分かった!」
1人が、少年が来た方向へと走って行く。
それを見送ったもう1人は、少年の肩に手を置いた。
「さあ、中に入ろうか。夜が明けてから家に送ってやるからな?」
「あ、あの」
「ん?どうした?もう怖いこともないぞ?俺がちゃんと守ってやるから」
「・・・・・ごめんね」
「なにを・・・・・」
いきなり謝罪した少年の顔を覗き込もうとした男は、
ガツッ
「う・・・・・っ」
後頭部から肩に掛けて衝撃が襲ってきたかと思うと、仲間からションと呼ばれた男はその場に崩れ落ちる。
(な・・・・・にが?)
自分の身に何が起こったのか分からないまま、ションは薄れていく視界の中に、複数の足の影を見たような気がした。
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