海上の絶対君主
第四章 愚図な勝者 〜無法者の大逆転〜
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※ここでの『』の言葉は日本語です
「父上と母上には何も言わないでおくよ。嘘が下手な方達だし、兄上にバレてしまっては元も子もないからね」
ユージンは、今回の計画は自分1人しか関わっていないと言っていた。
彼が嘘をついているのかどうか、もしかしたら他にも協力者がいるのかどうかは分からないが、それでも国王と王妃にはさすがに今
回のことは伝えていないだろうと思っていた。
しかし、このあまりにも暢気な王妃の反応にどういう態度を取っていいものかさすがに悩み、ラディスラスは思わずラシェルを振り
返ってしまった。
「・・・・・王族とは、みんなこんなものか?」
「・・・・・これは、特殊な例と言ってもいいと思いますが」
「そうなのか?」
ラシェルの戸惑いに、ラディスラスもこれが高貴な身分の人間の反応かどうかは区別がつかないまま、それでも一応計画通りに話
を進めることにした。
「ベニート共和国王妃、ジェシカ殿、ですね?」
「いかにも」
寝台に身を起こした王妃は、多分40半ばだろうか。
綺麗というよりはふくよかな愛嬌のある容貌で、ラディスラスも大国の王妃と対峙しているという雰囲気は感じなかった。
ただ、自分の私室の、それも寝室にいきなり現れた複数の男達に少しも動じた様子を見せないのは、さすがだと感心はして、ラ
ディスラスは自分の方が少しでも臆した風を見せないように堂々と言った。
「我々は、あなたを人質にして、このベニートに要求したいものがあるんです。あなたには危害を加えないことは約束します、どう
か大人しくなさってください」
「要求・・・・・それはいったい何です?」
「1000億ビスと、インデの涙」
「まあ」
思わずといったように王妃ジェシカは声を漏らした。ただ、それが金額に驚いたのか、それとも宝石のことか・・・・・両方か、ラディ
スラスには分からなかった。
「では、あなた方はやはり盗賊?」
「我々が王宮内に忍び込んだことはじきに知られると思います。王妃、我々は今更引き下がることは出来ません、覚悟なさって
ください」
(王妃様、か)
珠生は目の前にいる女性をじっと見つめた。
珠生の想像・・・・・と、いうか、漫画やアニメで見たことがある王妃というものは、冠をつけて、ふわふわのドレスを着て、身体中に
ジャラジャラと宝石を着飾って、大きな羽の扇を仰ぎながら、オホホと笑っている・・・・・そんなイメージだった。
しかし、今目の前にいるのは、友人の母親よりは少し若いものの、それ程に違いが無いように見える。
(確かに・・・・・上品そうだけど・・・・・)
「盗賊は、女の子も入れるものなの?」
「・・・・・王妃、今の俺の言葉を聞いてくれましたか?」
「ええ、もちろん、まだ耳は悪くないもの。でも、こんなに危ないことに女の子が関わっているなんて心配で・・・・・あなた、あなた
だけでも逃がしてあげましょうか?」
「はあ?」
自分が人質として拘束されるという時に、珠生のことを心配してくれるその気持ちは嬉しいものの、こんなことで大丈夫なのかとさ
すがに珠生も考えてしまい、思わずラディスラスの背中から身体を出して言った。
「おーひ様、俺、男」
「・・・・・男の子なの?」
「そう、だから、心配ないよ、ありがと」
「随分可愛らしい子もいるのねえ。わたくしの子供達とは正反対」
「こども、達?」
「ローランと、ユージン。この国の王子よ、知らない?」
「・・・・・知ってる」
(ちゃんと、子供達って言った)
王にとっては大切な人間の子供だとしても、王妃にとっては見ず知らすといってもいいほどの関係のはずだ。
それなのに、自分とは一切関わりの無い幼子を実子にという王の言葉に頷き、自分も王子を産んだというのに、王位継承は引
き取った子にという広い心の持ち主。
王妃というよりも、お母さんといった言葉がピッタリの面前の人物を困らせているローランが(それも、国王夫妻やユージンのことを
思ってとはいえ)とてつもなく我が儘坊主に思えてしまった。
(こんなに思われているのに、イジケてる兄ちゃんが悪い!)
この時点で、既に珠生はローランを国王にするという今回の目的から思考がずれ、母親を困らせている子供を懲らしめるのだ
というふうに思ってしまった。
「ねっ、ラ・・・・・・むごっ」
決意を新たにラディスラスを振り返ろうとした珠生は、いきなりその口を手で覆われた。
「バカ、こういう時は名前は伏せるもんだぞ」
「フガ?」
「俺は・・・・・そうだな、さしずめいい男だな。お前は・・・・・」
王妃につられたのか、ラディスラスまで暢気にそう言い出した時、
「ジェシカ様っ、申し訳ありませんっ、お目覚め下さい!」
慌しくドアを叩く音と、焦ったような男の声に、珠生はビクッと振り返った。
「・・・・・っ」
(少し早かったかっ)
もう少し、王妃と交渉する時間があるかと思ったが、どうやらその時間はなくなってしまったようだ。
こんな夜更けに王妃の部屋を訪ねるということは、どうやら侵入者があったようだと分かってしまったのだろう。
「・・・・・」
ラディスラスはジェシカを見た。今ここでジェシカが大声で助けを呼んだとしたら、飛び込んでくるだろう衛兵相手に、少々乱暴な
手を使うことにもなりかねない。
(アズハルにタマを任せるか・・・・・?)
腰の剣を抜こうとして手を伸ばしかけたラディスラスは、ジェシカが寝台から下りようとしていることに気付いた。
「王妃っ」
「静かに。あなた方はここでじっとしていなさい」
何を思っての言葉かは分からないが、その声には不思議と逆らえない雰囲気がある。
「・・・・・」
「・・・・・」
ラディスラスは眉を顰めたが瞬時にアズハルに視線をやった。長年の仲間は言葉にしなくてもその意図を汲み取ってくれて、アズハ
ルはラディスラスの手から珠生の身体を受け取ると、そのまま今までジェシカが横になっていた寝台の影へと身を潜めた。
「・・・・・
「・・・・・」
続いて、ラシェルとイアンに視線を向けて合図をすると、2人はそれぞれ剣を手に持ち、寝室の入口の陰になる部分へと移動し
た。
部屋は扉で区切られてはいないが、それでも張り出した壁や家具、吊り布なので視界は遮ることが出来る。
王妃がどんな行動に出るのかは分からないが、最悪の事態も考えて、ラディスラスは入口の扉の近くに待機した。
「何用です?」
扉を開けないまま、ジェシカが外の男に向かって声を掛けた。
「夜分に失礼致しますっ。もしかしたら王宮内に侵入者がいるかもしれませんので、王妃のお部屋の中を検めさせていただけま
せんかっ?」
「・・・・・」
(やはり、バレたか)
剣を握り締めるラディスラスの手に力がこもる。
「わたくしの部屋には何の変わりもありません」
「ジェシカ様っ、検めは直ぐに済みますので、どうかここをお開け下さい!」
「お前達のお役目もよく分かるけれど、あいにくわたくしは今寝乱れた姿で、とても人様にお見せ出来るような姿ではないの。わ
たくしも、王以外にこんな姿を見せたくはないし・・・・・大丈夫よ、何かあったら外の衛兵に直ぐに知らせるから」
「ジェシカ様・・・・・」
「ね?」
先程、ラディスラス達に話したと同じような穏やかな語り口調と柔らかな声音。衛兵に向かってもその様が変わらないということ
は、それがジェシカの素の姿なのだろう。
これまでラディスラスが見知っていた他国の王族とはまるで違うその様に、驚くというよりは好感を持って見つめてしまった。
「・・・・・分かりました。では、少しでも変わったことがあれば、直ぐにお知らせ下さい」
「ありがとう」
深夜の王妃の私室に、確たる証拠も無く踏み入ることは出来ないのだろう。くれぐれも頼むと懇願した声と共に、幾つかの足音
が慌しく去っていく音を聞き取り、ラディスラスは内心深く安堵の溜め息をついた。
「さあ、これで朝まではまだ間があるわ。とても寝付けなくて困っていたの、あなた方のお話を聞かせてくれるかしら?」
「・・・・・」
(参ったな・・・・・)
この、とらえどころの無い独特の雰囲気はどこかユージンに似ている気がする。親子というのはその容姿だけが似るのではないなと
思いながら、ラディスラスは改めてジェシカと向き合った。
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