海上の絶対君主




第四章 愚図な勝者 〜無法者の大逆転〜


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※ここでの『』の言葉は日本語です






 どうやら最悪の事態は免れたようだが、そうかといってこのまま王妃が自分達を見逃すかどうかは分からない。
本来の目的(ローランを王位に就けること)を隠し、金と宝石を奪う為に忍び込んだといえば、本当の盗賊として捕らえられてもお
かしくは無かった。
 今の一番の山場がここだと、ラディスラスは腹を決めて言った。
 「さっきも言ったように、俺達は金と宝石を要求する。夜が明ければ、あなたを人質として交渉に入るつもりだ」
 「わたくしの命がそれほどに価値があるとでも?」
 「王はあなたをとても大切にしていると聞く。たかだか金と宝石くらいで、あなたの命を失うつもりは無いだろう」
王と王妃の仲の睦まじさは、子供であるユージンの証言で分かっている。確かに途方も無く無謀な要求だが、王が言下に拒絶
するとは考えにくかった。
(そこで皇太子が動いてくれたら万々歳なんだがな)
 ただし、数年間も放蕩者を装っているくらいの強い意志の持ち主だ。そう簡単に今までの自分の芝居を捨て去るとも思えず、こ
の先のことを考えればこの王妃の扱いはかなり重要だろう。
 「お名前は・・・・・ああ、確か、いい男さん、だったわよね?わたくし、あなたがとてもそんな物欲だけで動くような方には見えない
のだけれど」
 「・・・・・」
 「大体、王宮に忍び込んで、無事に目的を達成したとして、逃げ出すのはかなりの難問だと思うわ。お金や宝石と引き換えに
命を差し出すなんて・・・・・まあ、男の方の中にはそんな冒険心を大切にしている方もいらっしゃるだろうけど、そちらの、可愛らし
い子までを巻き込むなんてことを考えるかしら」
 「・・・・・」
(天然ボケに見えるが、さすが王妃ということか)
 雰囲気は珠生と通じるものがあるが、やはり一国の王妃となると考えが深いようだ。
ラディスラスは苦笑を浮かべた。この王妃に、自分達が考えた嘘は通じないような気がする。
(ユージンには悪いが、作戦変更をさせてもらうか)
実動部隊は臨機応変でなければならない。ラディスラスは内心ユージンに謝る(それも、あくまでも軽くだが)と、改めてジェシカに
頭を下げた。
 「今から話すことをあなたがどう思われるのかは分かりませんが、全てを正直に申し上げます」
 「ラディ」
 ラシェルが眉を顰めて声を掛けるが、ラディスラスの決意は変わらない。
 「ラシェル、お前だったら上手く誤魔化せるか?」
 「・・・・・」
 「全て俺が責任を取る」
そう言うと、ラディスラスはジェシカに向かって自分達の本来の目的を話し始めた。

 ユージンの、ローランへの思い。
生真面目なローランの上辺だけの放蕩生活。
そして、そんな兄の奮起を促す為に、ユージンが考えた途方も無い計画。

 ジェシカは黙ってラディスラスの話を聞いていた。
実の息子ではあるが、一国の王子でもあるユージン。そんな彼がこんな愚かで馬鹿馬鹿しい作戦を立てたことをどう思っているの
か、その表情だけではラディスラスは読み取れなかった。
 それでも最後まで話をして、どうだと問うような眼差しを向けた時、ジェシカははあ〜っと大きな溜め息をついて呆れたように言っ
た。
 「ユージンったら、そんな楽しそうなこと、どうしてわたくしも仲間に入れてくれなかったのかしら」
 「・・・・・はあ?」
 「この話をしてくれたということは、わたくしも計画の仲間に加えてくれるのでしょう?こんなにワクワクして、胸が高鳴るのは久し振
りだわ〜」
 「・・・・・」
(おいおい)
思わずそう突っ込んでしまったのはラディスラスだけでは無いだろう。



(王妃様も仲間になるってこと?)
 ラディスラスが突然今回の計画を話し出した時はどうするのだと思ったが、どうやらこの様子では衛兵を呼ぶなどという最悪な展
開にはならないようだった。
(こんな優しそうな人に、剣を向けるなんてしたくないもんな)
いくら芝居だとはいえ、絶対に傷付かないとはいえない。とにかく、無傷で話が通じたのはラディスラスの功績だろう。
 「じゃあ、少し作戦を変えるか」
 何時の間にか、ベッドに腰掛けている王妃の前に珠生達は座る格好になった。
 「王宮内の警戒はかなり厳しくなったはずだ」
 「部屋の前の衛兵に、交渉することを何時言うかですが」
 「ローランが戻ってくるのは何時頃だったか?」
 「ローランは夜明け近くに戻ってくるわ」
自然に会話の中に王妃が入っているのが不思議な気がして、珠生はちらっとジェシカに視線を向ける。
すると、ジェシカはそんな珠生の視線に直ぐに気付いて、ふくよかな頬に柔らかな笑みを浮かべて声を掛けてきた。
 「あなた、お名前は?」
 「タマキ・・・・・あ!言っちゃった!」
 ほんの少し前、こういう時は偽名を使うものだとラディスラスに言われたばかりだというのに、つい雰囲気に流されて本名を言って
しまった。
どうしようかと珠生は慌てるが、ラディスラスは笑いながら珠生の頭を撫でてくる。
 「いいって、もう王妃は俺達の仲間だ」
 「ふふ、そうよ。ターキ、ちゃん?」
 「王妃、タマでいいですよ。その方が呼びやすいでしょう」
 「タマ・・・・・タマちゃん?まあ、姿にピッタリの可愛らしい名前」
 「そ、そうですか・・・・・」
 他の人間になら、可愛らしいなどと言われたら口も手も出てしまうのだが・・・・・さすがに女の人であり、王妃でもあるジェシカに
そんなことは出来ない。
(ラディ、ちゃんと名前を教えてくれればいいのに〜)
そう思いながらラディスラスを睨むものの、ラディスラスは珠生の気持ちには全く気付いてくれない。
 「タマ、重要な役割を頼めるか?」
 「へ?」
反対にいきなりそう言われ、珠生は慌ててラディスラスの顔を見上げた。



 ゆっくりと王妃の部屋の扉が開いた。
夜が明ける少し前、何時も起きる時間よりもかなり早いので、外に立っている衛兵は少し警戒した眼差しを向けた。
 「王妃様?」
夕べ遅くから侵入者騒ぎがあり、王宮内はかなり緊迫した雰囲気に包まれている。王妃の部屋の中は検めることが出来なかっ
たが、王妃自身の声で安全は確認していたので、守っている衛兵も少しは安心していたのだが・・・・・。
 「・・・・・っ」
 「何者だっ?」
 少しだけ開いた扉の向こうから顔を覗かせたのは王妃ではなく、目以外の顔を黒い布で覆い隠した、王妃よりも小柄で華奢な
姿の人物だった。
 「我々はよーきゅーする。おーひの命がおしくば、よーきゅーをのむよーに」
 「何っ?」
子供のような少し拙い言葉に、衛兵達の戸惑いが深くなる。こんな子供1人に、王妃が屈したとはとても信じられなかった。
それに・・・・・。
 「お、おい、見ろっ」
 「え?」
 「こいつ、黒い目だ!」
 「!」
 この地には、いや、どの国を見て回っても、闇の瞳を持つ人間がいるなどとは聞いたことが無い。
それまではいきなり子供が現れたのかと訝しんだ衛兵達も、この黒い瞳を持つ子供が急に恐ろしい存在に思えてきた。
 「お、王妃様は!」
 「おーひは無事」
 「無、無事なんだなっ?」
 「よーきゅーを伝えるために、王族を呼ぶよーに。我々は王族の顔を知っている。ごまかすよーなことがあれば、おーひの身に何が
起きるかわかんないからな」
 「わ、わかんない?」
 「じゃ、そーいうことで」
 伝えたいことは言ったのか、黒い目の子供は唐突に言葉を切って奥に引っ込み、扉は再び固く閉ざされてしまう。
呆然とそれを見つめるしか出来なかった衛兵は、思わずお互いの顔を見合わせてしまった。
 「い、今のは、夢じゃないよな?」
確認するように言った言葉が聞こえていたのか、扉の向こうから王妃の声が聞こえてくる。
 「夢じゃないから、早くしてね〜」
 「あああ、はい!!」
王妃が何者かに捕らわれてしまったという緊急事態に、衛兵達は転がるように上司へ報告に走っていった。