海上の絶対君主




第四章 愚図な勝者 〜無法者の大逆転〜


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※ここでの『』の言葉は日本語です






 部屋の中に入ってきた人物を見て、珠生は思わずわあっと感嘆の声を上げた。
(王様だあ〜)
薄茶の髪に、蓄えた顎鬚、優しげな眼差しのその面影は、ユージンに良く似ているといっても良かった。
しかし、纏っている支配者としてオーラはかなり強く、この世界に来て初めて見る王様という存在に胸が高鳴ってしまう。
 「・・・・・」
 中に入ってきた王、カーロイの視線は先ず王妃を捜したようで、ラディスラスの隣にいたジェシカの姿を見つけると明らかにホッと
安心した表情を見せた。
そして、その眼差しを部屋の中にいる5人の侵入者に順番に向けると、最終的にラディスラスへと視線を定めた。顔を隠している
とはいえ、誰が首謀者かはさすがに分かったのかもしれない。
 「お前達の要求を聞こう」
 「・・・・・」
 珠生はラディスラスを見た。
王にはユージンとの密約を話すのだろうか・・・・・そうも思ったが、ラディスラスは厳しい口調で言い放った。
 「俺達の要求は1000億ビスと、インデの涙」
 「・・・・・」
(あ、言っちゃった)
どうやら、王には当初の計画の通りに接するようだ。彼がどういう反応を示すのか、珠生も緊張で胸をドキドキさせながらその反
応を待った。



 「インデの涙・・・・・」
 カーロイは唸るように呟いた。
金は、多分多少時間が掛かっても用意は出来るだろうが、このベニート共和国の王の証であるインデの涙を簡単に渡すことはと
ても出来ないだろう。
諸外国にも、ベニートの王が保有していることを知られているその宝石が国外に流出してしまうなどあってはならないことで、いくら
王妃の命が大切であっても直ぐには頷けないカーロイの立場はよく分かる。
(まあ、そうでなくちゃ困るんだがな)
 安易に受け入れることが出来る条件であったら、それこそローランを引っ張り出すことが出来ない。
あくまでも今回は、ローランの後ろ向きな気持ちを捨てさせ、王位継承を間違いなく受諾させることが目的なのだ。
 「王、どうする?」
 「・・・・・」
 「返事は急がない。しかし、王都の港は既に俺達の仲間が抑えている。早く決断をしなければ、ベニート共和国の醜聞が他国
に知れ渡るだけだぞ」
 カーロイの顔が苦悩に歪んだ。
 「お前達はなぜ・・・・・」
 「質問は受け付けない」
 「・・・・・」
 「これからの連絡役は・・・・・そうだな、第二王子に頼むとしようか。皇太子は遊び歩いているということだし、重要な連絡役には
不向きだろう」
 「・・・・・王妃を解放して欲しい」
 「・・・・・」
 「王妃の代わりに、私が人質としてここにいよう」
 「王・・・・・」
こみ上げる思いに、ジェシカが思わずその名を呼ぶ。
これが芝居だと分かっているジェシカは、絶対に自分の命が危険に晒されることは無いと分かっているが、カーロイは全く今回のこ
とを知らないのだ。
何時命を奪われるかも分からない危険な人質にジェシカの代わりに自分がなるというのは、それだけ妻であるジェシカを大切に思
い、愛していることに他ならない。カーロイの思いにジェシカが感動で声を震わすのも分かるが、ここで全てをバラして計画を台無
しにすることは出来なかった。



       


 王である父カーロイが部屋の中に入ってしばらく・・・・・。
中からは大きな物音はせず、静かな話し合いが続いているのが分かる。
 「ユージン様!」
 「王子っ、御指示を!」
 扉の外に集まっている大臣や衛兵達は、口々に突入することを訴えた。王と王妃、この国の重要人物が2人共人質に取られ
たようなものなのだ、ここは強行突破しようという意見は多かった。
しかし。
 「ならん」
 「王子!」
 「先ずは相手の条件を聞き、王がどう判断されるか待った方がいい。いさんで、万が一お2人に何かあった場合、この国はどう
なると思う?」
 当たり前のことを言うユージンの言葉に、それでもと強硬な意見を言う者はいない。
すると、
 「ユージン!!」
まるで、その時期を計ったかのように響いた声に、ユージン以下その場にいた者がいっせいに振り返った。
 「兄上」
 「何をしておるっ!」
 何時もの朝帰りの時間よりは少し遅い時間(多分、港で情報収集をしていたのだろう)、戻ってきたローランは直ぐに現状の報
告を受けたのだろう。
最近は見せたことのない真剣で険しい表情をしたまま歩いてくるローランに、自然とそこにいた者は道を空けて彼を通す。
そのまま真っ直ぐにユージンを睨みつけて歩いてきたローランは、いきなり胸倉を掴んで弟であるユージンを恫喝した。
 「父上を1人で相手方に向かわせるなど、お前は何を考えておるのだ!」
 「・・・・・あちらの条件に従ったまでです。そうでなければ、母上に危険が及ぶかもしれぬと・・・・・」
 「それでもっ、一国の王を交渉役に立てる人間などいるかっ!退け!!」
 ローランはそのままユージンを押し退けると、ドンドンと荒く扉を叩いた。
 「私はこの国の皇太子、ローランだ!その交渉の場に私も立ち合わせて欲しい!」
 「兄上っ」
 「そちら側は1人ではないのだろうっ?こちらも複数での交渉を望む!」
 「・・・・・」
堂々とした兄の言葉に、ユージンは1人感無量な気持ちになっていた。
自分の出生の秘密を知ってから数年、王の実の子であるユージンに王位を継がせる為に、放蕩者を装っていたローラン。だが、
元々聡明で思慮深い兄の性格は簡単に変わることはなかった。
現に、ローランが現れてから、その場の空気が変わり、皆がその声に耳を傾けている。この光景を、ユージンはずっと待っていた。
(やはり、このベニートの王は兄上しかいない)
 後、少し。もう少し、兄の心を奮い立たせ、自分がこの国を背負っていくと思わせなければならない。その為にも、この計画は絶
対に途中で頓挫してはならないのだ。
(もう少し、頼む・・・・・っ)
ユージンは扉の向こうにいるラディスラスに向かって、必死に祈ることしか出来なかった。



       


 長い沈黙の後、カーロイは大きな溜め息を付いた。
 「・・・・・私の一存では答えることは出来ぬ」
呻くようなその言葉は、ベニート共和国の王であるカーロイにとって最大の譲歩なのだろう。
それが分かるラディスラスは、今はこれ以上カーロイを追い詰めない方がいいだろうと思った。
 「人質は、このまま王妃を預かる。連絡役は第二王子・・・・・それで依存はないですね?」
 「・・・・・」
カーロイは、ゆっくりと頷いた。
 「よし。じゃあ、扉を・・・・・」
 「お前の名は?」
 「・・・・・俺の?」
 「堂々と我が城に侵入し、王である私と渡り合うお前の名前を知っておきたい」
 「・・・・・」
 少し考えたラディスラスは、自分の顔を隠していた布を取り去った。命の危険を冒してまで、こうして王自ら交渉に姿を現してく
れたのだ、自分が顔を隠すのは卑怯な気がした。
 「俺の名前はラディスラス・アーディン。海賊船エイバル号を率いている」
 「海賊船・・・・・」
驚いたように目を見開いたカーロイに、ラディスラスは唇の端を上げて笑ってみせた。