海上の絶対君主
第四章 愚図な勝者 〜無法者の大逆転〜
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※ここでの『』の言葉は日本語です
「私はこの国の皇太子、ローランだ!その交渉の場に私も立ち合わせて欲しい!そちら側は1人ではないのだろうっ?こちらも複
数での交渉を望む!」
「あ」
ラディスラスが素顔でカーロイと向かい合っていた時、扉の向こうから声が聞こえてきた。
珠生はその声が会ったことのあるローランのものだと分かり、思わずラディスラスを振り向く。ラディスラスもじっと扉の向こうに視線を
向けていたが、やがて顔に布を巻き直しながら言った。
「どうやら外が騒がしくなってきたようだ。王、今の声は皇太子か?」
「・・・・・ああ、そのようだ」
「噂よりも多少は骨がありそうだが、まあ、いい。この国の最高位のあなた以外に顔を晒す気は無いので、このまま見送らせても
らおう」
「ジェシカはっ、妃はやはりこちらの手に置くしかないのか?」
「条件は先程話した通りだ」
そう言ったラディスラスは、王の背中を軽く押して扉に前に立つ。そして、両端に立つラシェルとイアンに合図をし、片方の扉だけ
をラシェルが開いた。
「・・・・・!」
(うわ・・・・・あ、いっぱい・・・・・)
扉の向こうにはかなりの人間が集まっていた。武装をしている者もいれば、身分が高そうな煌びやかな服を着た者、そして召使
らしい女達も遠巻きにこちらを凝視していた。
その先頭に立っていたのがローランとユージンで、ユージンはちらっと珠生に視線を向けると僅かに目を細めたが、ローランの方は
王である父をまるで盾のようにして現れたラディスラスにきつい眼差しを向けていた。
「その方が我がベニート共和国の王と知っての狼藉か?」
堂々としたローランの物言いに、ラディスラスは笑い掛ける頬を押し止めなければならなかった。
(おいおい、まだ始まったばかりだぞ)
元々の性格からか、ローランは両親の、そして国の一大事に、必死で被り続けていた放蕩者の仮面が既に外れ掛けてしまって
いた。
多分、この作戦が最後まで上手くいけば、ローランはユージンが願った通り素晴らしい支配者になる気がする。
(俺達が捕まってしまう可能性もあるな)
思った以上に行動の早いローランに、今後の自分達のことを思わず考えてしまうが、それはもうその時に考えるしかないだろう。
勝算がなければ、ラディスラスもここに立っていないのだ。
「いかにも」
「目的は何だっ」
「それは全て王に伝えてある。それよりも、何か食べる物を持ってきてくれないか?腹が減っては苛立って、何をしでかすか分か
らないからな」
「貴様っ!」
緊迫した状況を全く感じていないようなラディスラスの発言に一瞬激昂しかけたローランだったが、まだ扉の向こう側にいるカーロ
イの姿を見て怒りを押し止めていた。
「・・・・・分かった」
「毒を入れようなどと思わない方がいいぞ?運ばれた食事は王妃にも食べてもらうからな」
毒とまでは言い過ぎかもしれないが、眠り薬くらいは仕込まれてしまう可能性はある。それならば最初から牽制していた方が楽
だった。
「そのようなことはしない」
答えたローランは心外だというように眉を顰めている。真っ直ぐな性格だという彼のことだ、そんな卑怯な真似(作戦としては当たり
前の手段の一つだろうが)は考えていなかったようだ。
「では、王、結論を楽しみに待っている」
そう言ってカーロイを部屋の外に押し出すと、そのまま再び扉を閉めた。その途端、喧騒が遠くに聞こえる。
「ラディ、名前言っちゃっていいの?」
「ん?」
「直ぐに調べられるんじゃない?」
珠生が心配そうに言うのも無理はないかもしれない。ラディスラスは名前だけではなく、海賊船に乗っていることも話したので、それ
程時間は掛からずラディスラスのことは向こうに知られてしまうだろう。
「ラディ、何か弱みとかある?大丈夫?」
「親兄弟はもういないしな。それに、最大の弱みはちゃんと手元に置いてあるし?」
「てもと?」
それが自分だとは全く気が付いていないらしい珠生は、ラディスラスの全身を何度も視線で行き来をさせている。
(だから、持ち物じゃないんだがなあ)
神経を張り詰めていなければならないこの場面でも、珠生の惚けた行動を見ていれば思わず笑みが浮かんでしまう。
それはラディスラスだけではなく他の仲間達も同様で、ジェシカまでもクスクス笑い声を上げているくらいだ。
「タマは分からないの?」
「おーひ様、分かる?」
「・・・・・ラディ、あなたも気苦労が絶えないようね」
「・・・・・そうでしょう?」
初対面のジェシカにも(女だからかもしれないが)自分の気持ちが見えているというのに、当の珠生がこうではラディスラスも何とも
言えないのだ。
(まあ、それがタマなんだが)
それからしばらくして、ラディスラスが要求した食事が運ばれてきた。
青褪めた顔の若い女の召使が数人、部屋の中に食事を載せた皿を持ってくる。
「ジェシカ様・・・・・」
「無駄口は叩くな」
王妃の顔を見た召使達は泣きそうな声でその名を呼んでいるが、ラディスラスは一切私語は許さないというように女達を部屋から
追い出した。
(ラディ、本当の強盗犯みたいじゃんか)
既に自分達の味方になっているジェシカが口を開いた時、その暢気さで不審を抱かれてはならない・・・・・と、いうラディスラスの
考えなど一切思いつかない珠生は、ジェシカの側に行って食事を取り分けて渡した。
「おーひ様、ラディ、普通は優しいんだよ?今はちょっと極悪人だけど」
「・・・・・タマ、それって全然庇ってないぞ」
「・・・・・庇っているわけじゃないよ」
ラディスラスの言葉に口を尖らせて反抗すると、ジェシカは笑いながら礼を言って皿を受け取り、まるで幼い子供に話し掛ける様
に優しい言葉で言った。
「タマは、ラディが好きなのねえ」
「え・・・・ええっ?」
「ラディも、タマを思い遣っているし・・・・・見ていて微笑ましいわ」
「ほ、ほほえましい?」
(お、俺って、ラディが好きなように見えるわけ?)
ジェシカの言葉に少なからず衝撃を受けた珠生は、えーっと自分の行動を振り返ってしまう。
この部屋に進入してから今まで、自分はラディスラスにべったりと付いていたわけじゃないし、変な話、甘い言葉も掛け合ってはい
ないはずだ。
第一、見るからに男同士の自分達(他人から見た目はどうかは知らないが)に好きや嫌いなどという言葉が出てくるなど・・・・・い
や・・・・・、そこまで考えた珠生は頭をフルフル振った。
(違うよな、俺の考え過ぎかも・・・・・っ)
普通、男同士で好きと言われて、恋愛感情と直ぐに結びつける者はいないはずだ。人として好きだとか、性格がとか、そういう
風に思うはずだろう。
ぱっと、恋愛感情に結び付けてしまった自分の方がおかしいのだと、珠生は無意識のうちにラディスラスを恋愛対象として考えて
いる自分が恥ずかしくて堪らなくなった。
「タマ?」
真っ赤な顔をして俯いてしまった珠生に、ラディスラスが頓着なく声を掛けてくる。
(あ、あっち、行けってば!)
「食わないのか?腹が減ってるだろう」
「た、食べるよ!」
「・・・・・ほら」
あ〜んと串に刺した肉を差し出してくるラディスラスは明らかに珠生をからかっているのだろうが、珠生は今自分の胸のドキドキを
鎮めることに必死で怒鳴り返すこともままならない。
「い、いいってば!」
「何だ、変だぞ、お前」
「へ、変なのはラディだよ!人前でそんなことをされたら恥ずかしいんだぞっ、ほら!」
反対に、珠生がラディスラスの口元へとパンを押し付けると、こちらは全く躊躇うことなく口を開けて咀嚼する。
「うん、タマが食べさせてくれた物は美味いな」
「・・・・・っ」
(て、天然のタラシだ・・・・・)
笑いながら珠生を見つめてくるラディスラスの視線はあまりにも真っ直ぐで、珠生はますますいたたまれなくなったように慌てて肉を
頬張ることにした。
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