海上の絶対君主




第四章 愚図な勝者 ~無法者の大逆転~


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※ここでの『』の言葉は日本語です






 ローランは大会議室の椅子に座り、両手を固く握り締めたまま深い後悔を押し殺していた。
(全て私の責任だ・・・・・っ)

夜明け近くまで港町で最近の不審な船の情報などを集めた帰り、ローランは王宮に近付くにつれて何時もとは違う気配を敏感
に感じ取っていた。
召使や衛兵は当然起きている者はいるだろうが、通常ならばまだ静かなはずの空気がざわめいていたのだ。
(何かあったのか・・・・・?)
 自然に馬を走らせたローランの姿を見付けた門番が、ローラン様と叫びながら駆け寄ってきた。
 「何事だ」
心の中の焦りを押し隠すように、ローランは出来るだけ何時もののんびりとした口調で問い掛けたが、それに返ってきた門番の答
えは思いも掛けないものだった。
 「侵入者が!」
 「侵入者?」
(城に・・・・・か?)
それはとても信じられない話で、ローランの眉間には自然と皺が寄ってしまうが、その表情の変化を読み取る余裕も無い門番は
焦ったように言葉を続けた。
 「夕べ、怪しい者が出現したという報告を受けて、城の中をくまなく調査していた時に、向こうから接触を図ってきました。今、王
妃様が人質に取られ、王とユージン様が向かわれている・・・・・ローラン様っ?」
 門番の言葉を最後まで聞かず、ローランは直ぐに城内へと馬を走らせると、入口の扉の前で飛び降りて駆け出した。
 「ローラン様っ?」
 「王子!」
廊下にはかなりの衛兵の数と、召集を受けたのだろう大臣達の顔も見えた。
彼らが自分の顔を見た途端縋るように声を掛けてきたが、それに一々応える時間ももどかしいと、ローランは義母であり、王妃で
あるジェシカの私室へと急いだ。
(いったい、今の状況は・・・・・!)
 「ローラン様!」
 ジェシカの部屋がある階に辿りついた時、ローランは何時も自分に付いている顔見知りの衛兵を見付けた。
 「現状はっ!」
 「ただ今、王が交渉されていますっ」
 「父上がっ?誰が供に付いているっ?」
 「い、いえ、王が御一人で・・・・・」
 「馬鹿なっ!」
幾ら妃が人質に取られているとはいえ、この国の最高位に就いているカーロイが単独で交渉に向かうなどとは考えられない。
今、このベニート共和国の命は、憎むべき侵入者が握っているということに他ならないのだ。
 「!ユージン!」
 ジェシカの部屋の扉に前に弟が立っていた。
二親が人質になろうかというのに、何時もと変わらぬ飄々とした表情の義弟に苛立ち、ローランは思わず一喝した。
 「何をしておるっ!父上を1人で相手方に向かわせるなど、お前は何を考えておるのだ!」
 「兄上・・・・・」
自分を見上げてくるユージンの顔は、幼い頃から自分の後をくっ付いてきたものと変わらない。
ローランは思わず舌打ちをうつと、扉の向こうに向かって叫んだ。
 「私はこの国の皇太子、ローランだ!その交渉の場に私も立ち合わせて欲しい!そちら側は1人ではないのだろうっ?こちらも複
数での交渉を望む!」

 父王は、何とか無事に部屋の外に出てきたが、王妃はそのまま人質として捕らわれたままだ。
カーロイは大会議室にローランとユージン、そして、主だった大臣達を集めて、侵入者の要求を口にした。
 「インデの涙・・・・・?」
 それは、途方も無い要求だった。
もちろん、金額もさることながら、ベニート共和国の王の証ともいえる宝石を要求してくるなど、侵入者・・・・・いや、この盗賊は何
を考えているのだろうかと理解に苦しむ。
 ただ、金や宝石が欲しいのか、それとも別の意味があるのか。
そこまで考えたローランは、ふと自分が今調べている噂のことを思い浮かべた。
(海域での不審な船の存在・・・・・これが何か今回のことと関係があるのか・・・・・?)
 「どうなさるのですか、王よ!」
 「・・・・・っ」
 自分の考えに深く入り込んでいたローランは、いきなり上がった声にハッと我に返った。
声の主はカーロイの弟、つまりは自分やユージンにとっては叔父に当たる外務大臣のシュバックだ。
 「王妃とインデの涙、どちらを取られるつもりですか」
 「・・・・・どちらなど、ジェシカの命を物のようには考えられぬ」
 「ならば、宝石をお渡しになるのか?そうすれば我がベニートは諸外国でいい恥さらしになるでしょうな」
 一番いい方法を考える場であるはずなのに、シュバックの言葉はあまりにも毒々しい響きだ。
ローランは思わず眉を顰めて口を開いた。
 「叔父上、父上を責められても仕方が無いでしょう。今はより良い方法を考える為に皆が集まっているのではないですか」
 「ローラン、お前がそれを言える立場か?長い間放蕩三昧、皇太子という立場を全く務めていないお前は、そもそもこの場にい
る必要があるのか?」
 「・・・・・」
 「王、これもあなたがきちんとした後継者を決めずに、何時までも皇太子を遊ばせておいた結果が招いたものではないですか?
良い機会だ、自身の進退についてもよく考えられた方がいいと思いますが」
 ・・・・・ローランは何も言えなかった。
確かな目的があったとはいえ、もう何年も皇太子としての務めを果たさなかったのは事実だ。
それでも、今このシュバックの言葉に屈することは出来ない。実の母のように今まで育ててくれたジェシカを無事取り戻すまで、今
の自分の地位を捨てることは出来なかった。



 膝の上に置いた拳を握り締める兄を見ながら、ユージンはこれを好機にと動き出した叔父ジュバックに不快感を抱いた。
兄ローランの即位に頑強に反対しているシュバックは、多分これを機に父と兄両方を追い落とすつもりなのだろう。
(私を傀儡の王とするか、それとも自身が王に即位するか・・・・・どちらにせよ、私はくみやすいと思われているようだ)
 自分がどう思われようと、信念を持っているユージンは何とも思わない。いや、むしろこの機会に王宮の中の負の存在を一気に
炙り出し、始末するには、自分が甘く見られていた方が都合がいいだろう。
 「父上」
 実際、ラディスラスとカーロイがどんな会話をしたのか分からないユージンは、今カーロイがどんな思いを抱いているのか聞き出そ
うと思った。
 「進入者はどのような人物ですか?」
 「・・・・・中には、5人いた。それなりに実戦経験があるような、隙の無い様子ではあったな」
 「顔は?見られましたか?」
 「・・・・・見たが、知らない顔だ」
 「・・・・・」
(ラディ、顔を見せてしまったのか?)
どういった経緯でそうなったのかは分からないが、ラディスラスにはそれなりの意図があったはずだ。
 「父上」
 黙ってしまったユージンに変わり、ローランが厳しい表情のまま身を乗り出した。
 「今回の件、私に指揮を取らせていただけませんか?必ず、母上は無事に取り戻してみせます」
 「ローラン・・・・・」
 「自分の母でもない王妃を無傷で救えるのか?」
シュバックは揶揄するように言ったが、ローランはそんな叔父の方を振り返ることは無く、真っ直ぐにカーロイを見つめている。
 「・・・・・分かった、お前に全て任せよう」
 「はい!」
 「王!」
 「シュバック、ジェシカは真実ローランの母だ。不要なことを言って皆に不安を抱かせるでない」
 「しかしっ!」
 「ローランは我がベニート共和国の皇太子、いずれはこの国の王となる者だ。今回のことはよい試練になるだろう・・・・・頼むぞ、
ローラン」
 「はいっ」
しっかりと頷いた兄に、ユージンはホッと胸を撫で下ろした。
(これで、兄上は大丈夫だ)
元々力のある人物だ。自分のような見掛けの派手さだけで人が集まるのではなく、その手腕で人々をまとめる事が出来る人で、
きっとこの苦難を乗り越えてくれるはずだ。
そして・・・・・。
(叔父上の謀反も暴かねば・・・・・)
 はっきりと動き出したシュバックの行動にも目を走らせ、何とか無事に兄を即位させなければならない。
その為に新しい作戦を考えなければならないと、ユージンは早速ラディスラスと会って話すことにした。
 「父上、母上のご様子を窺いに行ってもよろしいでしょうか?向こうは私を交渉役に指名していますし・・・・・兄上」
 「ユージン、とにかく情報を集めろ。向こうの名前や、生い立ち、何でもいい、いいな?」
 「はい」
ローランの言葉に頷いたユージンは立ち上がる。自分が侵入者と通じているという事実は心苦しくも思うが、全てはこの国の、そ
して兄の為だった。






                                              






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