海上の絶対君主




第四章 愚図な勝者 〜無法者の大逆転〜


21



                                                          
※ここでの『』の言葉は日本語です






 王妃も口にするとラディスラスが言ったせいか、用意された食事は上等で美味しいものばかりだった。
珠生はラディスラスから勧められ、王妃・・・・・ジェシカにも取り分けてもらって、かなり腹も一杯になりふ〜っと満足の溜め息をつ
いた。
 「美味しかったあ」
 「そう?」
 「この国、美味しいのお菓子だけじゃないね」
珠生が実感を込めてそう言うと、ジェシカは嬉しそうに微笑んだ。
 「我が国のことを褒めてくれるのは嬉しいわ。本当なら、もっと色んな物を食べさせてあげたいのだけれど、この部屋にいる限りは
少し無理のようね」
 「え、あ、ごめんなさい、何か、変なことになっちゃって・・・・・」
 「いいえ、タマ達が身を挺して我が国の為に行動を起こしてくださっているんですもの。感謝しか感じていないわ」
 「おーひ様・・・・・」
 優しい笑みを見ていると、幼い頃に死んだ自分の母親と重ねてしまう。
もちろん面影は似てはいないが、母親というものはこんな感じなんだろうという珠生の考えにピッタリと納まるのだ。
(今更、母さんが生きてたらなんて言わないけど・・・・・なんか、懐かしい気がするんだよなあ)
部屋の外での騒ぎは一切関係なく、そうやって珠生とジェシカがほのぼのと会話を続けていた時、再び扉がドンドンと強く叩かれ
た。
 「私はこの国の第二王子ユージンだ。話がしたい、開けてくれないか」
 「ユージンだ!」
 珠生がラディスラスを振り返ると、ちょうど彼は立ち上がったところだった。
 「入れるぞ」
 「だ、大丈夫?」
扉を開けた瞬間、大勢の兵士が雪崩れ込んでくるのではないかと心配したが、ラディスラスはそんな珠生の考えを笑い飛ばした。
 「心配するな、タマ。向こうじゃユージンがちゃんと手筈を整えているはずだ」
 「・・・・・大丈夫かなあ」
思わずそう呟いた珠生は、ユージンの母親がそこにいるということを全く忘れてしまっていた。



 用心深くラシェルに扉を開けさせると、そこにはユージンが珍しく生真面目な表情で立っていた。
もちろんその後には今にも飛び掛ってきそうな衛兵達が身構えていたが、ラディスラスはそちらには一瞥しただけでユージンに対して
眼差しで中に入ってくるように促した。
 「王子!」
 「大丈夫だ」
 口々にユージンの身を心配する衛兵達を一度振り返ってそう言ったユージンはそのまま部屋の中へと入ってくる。直ぐにラシェル
は扉を閉め、鍵を掛けた。
 「お疲れ様」
 扉が閉まった瞬間、ユージンの表情は何時もの人を食ったようなものになった。
しかし、ラディスラスの向こうにいる母ジェシカの姿を視界に入れると、無言のまま近付き、そしてその足元に跪いて頭を下げた。
 「申し訳ありません、母上」
 「ユージン」
 「全て・・・・・聞いたのでしょう?」
 「馬鹿ね、ユージン。どうしてわたくしにも声を掛けてくれなかったの?この国も、そしてローランも、愛しているのはあなただけでは
ないのよ?」
 「・・・・・はい」
 「でも、こんなことが無ければラディともタマとも出会えなかった。この素晴らしい出会いをくれたあなたに感謝をするわ、ユージン」
 一歩間違えば、本当に国中を混乱させてしまいかねない突拍子も無い作戦。もっと熟慮をした方が良かっただろうと叱っても
いいだろうに、ジェシカは先ずユージンに愛情深い言葉を掛けた。
一国の王妃とは、これくらい肝が太く、慈悲深くなければならないのかと、ラディスラスは見掛けとは裏腹のジェシカの強い心を覗
き見た気がした。
 「・・・・・母上」
 「さあ、ユージン、外の様子を聞かせて頂戴。あなたとラディ達の計画はどこまで上手く行っているの?」
 ジェシカは身を屈めて自分よりも大きな息子の身体を抱え上げるように立たせると、早速というように訊ねてくる。
自分の言いたいことを先に言われてしまったラディスラスは、苦笑を浮かべながら2人を見つめた。



 母の気持ちの状態が心配だったユージンだが、どうやらラディスラス達とは上手く意志の疎通は出来ているようだ。
中でも珠生のことをかなり気に入っているようで、周りの男達が立ったままでいたり、床に腰を下ろしていたりする中で、
 「タマ、いらっしゃい」
そう言って、珠生を寝台に座る自分の隣へと誘う。
珠生は少し戸惑っていたが、それでも素直にジェシカの隣に腰を下ろした。
(こうしていると・・・・・母と娘?いや、私の花嫁とか・・・・・)
 「おい、ユージン」
 不意に、ユージンの頭の中が見えたかのようにラディスラスが声を掛けてきた。
ユージンはああとラディスラスを振り返り、今の状況を説明する。
 「今回のことは兄上が陣頭指揮を取られることになった。兄上が父上にそうさせて欲しいと言われて」
 「ローラン自らが?」
 「ええ。それに、先程父上もこの部屋へと入っていた時、とても心配されていました。もちろん、母上のこともですよ」
 「ああ・・・・・そうなの・・・・・」
 ジェシカの頬に浮かんだのは安堵の表情だ。
血が繋がっていないことを知ってから、それまで理想の皇太子として民に慕われていたローランは変わってしまった。政には全く手
を出さず、酒と女に溺れて放蕩三昧・・・・・そんな息子を、カーロイとジェシカはどんな思いで見つめていたのだろうか。
実の親子でなくても、もう何十年も共に暮らしてきた仲だ、2人にはローランの真意が見えていたのだろう。だからこそ、カーロイは
何年も皇太子としての役割を果たさないローランを見捨てず、ジェシカも信じて見守っていたはずだ。
 「兄上は、少しも変わっていらっしゃいません」
 「・・・・・」
 「よかったね、おーひ様」
 隣に座っていた珠生がそう言うと、ジェシカは涙をこらえた表情で頷き返す。
それを見ながら、ユージンはさらに続けた。
 「ラディ、父上に正体は晒したのか?」
 「ああ。向こうは丸腰で俺達の前に立った。こっちも、それなりの覚悟を見せないといけないだろう?」
 「いけない・・・・・ことは、ないと思うけど」
海賊という悪しき生業をしているくせに、この男は妙に真っ直ぐで潔い。そこを見込んだのは確かに自分だが、それだけの危険も
覚悟してくれているのだと思うと感謝しか出来なかった。



 「ラディ、ちょっと」
 部屋の外や窓の下の警備情報を話し終えたユージンが、少し離れた場所へとラディスラスを誘導した。
誰かに聞かせたくない話がある・・・・・ラディスラスはそう直感した。
 「・・・・・叔父さん、か?」
 「・・・・・」
 ジェシカから見えない場所まで移動したユージンに直ぐにそう切り出すと、彼の口元に浮かんだのは皮肉気な笑みだ。普段は
穏やかな微笑を浮かべているだけに、その変化は顕著なものだった。
 「早速、兄上を非難してきた」
 「これが、お前の兄さんのせいだって?」
 「そう。これも、何時までも兄上を皇太子の地位に置いておいた父上のせいだとも言っていた。・・・・・全く、こんな時だからこそ、
皆力を合わせて乗り切らねばと言うのが本当だろうに・・・・・」
 「まあ、想像の範囲内だろ。王は?気付いていらっしゃらないのか?」
 「・・・・・疑ってはおられるかもしれない。でも、実の弟でもあるし、そう思いたくないというところが本当なのかもしれない」
 国の一大事。本来ならば結束して乗り切らねばならないところを、ユージンの叔父はこれを好機とローランどころか王であるカー
ロイまで追い落とすつもりらしい。
実の兄弟なのに・・・・・それほど、王という立場は面白味のあるものなのだろうか。
(俺なら、そんな窮屈な立場はごめんだがな)
 「ラディ、もしかしたら私を通じてではなく、叔父上側から直接接触があるかもしれない。その時は・・・・・」
 「ああ、直ぐに知らせる」
 「頼む。それと、出来れば母上には悟られないようにして欲しい。叔父上の子・・・・・姪を、我が子のように可愛がっておられる
方だから」
 「分かった」
 ラディスラスとしても、あのジェシカを不用意に悲しませたいとは思わない。今回のことは、誰も傷付けることも、傷付くこともしな
い、かりそめの謀反にしなければならないのだ。
 「そっち、頑張れよ、ユージン」
 「ラディも、母上を頼む」
 「あの人は大丈夫だろう・・・・・タマもいるしな」
そう言って、ラディスラスはジェシカと話している珠生の方へと視線を向けた。