海上の絶対君主
第四章 愚図な勝者 〜無法者の大逆転〜
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※ここでの『』の言葉は日本語です
向こうで2人きり、こそこそ話しているラディスラスとユージンが何を話しているのか気になって仕方がないが、内容については後で
ラディスラスを問い詰めよう。
そう思った珠生は、隣に座るジェシカを見た。
「おーひ様、おー様って優しいね・・・・・あ、ですね」
今更ながら普通の言葉遣いはいけないかなと思ったが、ジェシカは何時も通りでいいのよと笑って言ってくれた。
「子供の頃から、あの方は優しい方だったわ。それは今も全く変わらないのよ」
「カッコいいし」
「カッコイイ?」
「え、えーっと、堂々として、立派?」
「タマのような若い子にも、王の良さは分かってくれるのね。・・・・・嬉しいわ」
ふくよかな頬を綻ばせて笑ったジェシカは、少し遠い目をして言葉を続けた。
「王はこの国を、そして、民を、この上も無く大切に思っていらっしゃる方。それは2人の息子やわたくしに対しても同じなのよ。そ
のことをローランも早く分かってくれればいいのだけれど・・・・・」
「・・・・・」
町で会った時のローランには、珠生はどちらかといえば好感を持っている。
もちろん奢ってもらったからというわけではなく、持っている空気や物腰が、とても遊び暮らしている人間には見えなかったからだ。
言葉も眼差しも、どちらかといえば甘めのユージンに比べれば、それこそ立派な王子様に思えた。
(いい人だと・・・・・思うけどなあ)
「では、港湾が抑えられているというのはまことか」
「はい。昨日より完全に外海からの船の出入りを抑えられています」
「・・・・・それが、海賊船の印がある船だと・・・・・」
ローランは港の警備をしている役人の言葉に唸った。
今回の王宮への侵入者と、港にまつわる不審な噂。
その両方に繋がりを感じたローランは、早速港を管轄する役人を呼び寄せたのだ。
(今まで1人だけで動いていたが・・・・・何と私は愚かだったか・・・・・っ)
放蕩者を装っていたので情報収集は自分1人でするしかなく、その上あまり表立って動けなくて時間を掛けてしまっていたことが
今になって悔やまれた。
(やはり、噂はまことだったのか)
領土の約半分が海に面しているベニート。船の行き来は物資や人間だけでも相当な数だ。
さらに、軍事面でも海岸沿いは重要な地域で、武力の三分の一は配備していたはずなのだが、昨日から港に一隻の船も入港
して来ないことに気付いた役人が調べるまで、封鎖されていることに気付かなかったのは痛恨の極みだ。
昨今、大きな戦が無かったからという言い訳は、この重大な局面にあっては無意味なものだった。
「あちらの要求は?」
「王宮に入った者の要求を呑むことだそうです」
「仲間か・・・・・用意周到だな。我が国の一番大きな王都の港を押さえるとは」
「全ての港を封鎖されているわけではないのですが、やはり王都の港であるコンラッドは我が国の顔とも言っていいので、何時ま
でもこのままでは諸外国に我が国の現状を知らしめてしまいかねません」
「・・・・・」
「兄上、他国の力は出来るだけ借りない方がよろしいと思います。恩を売れば、後々大きな見返りを要求してくるかもしれませ
んし、何よりも今回のことは我が国だけで解決出来ることだと私は信じています」
つい先程、母の部屋から出てきた弟もそう言っていた。
相手は紳士的で、ジェシカには一切手を出さずに、こちら側の答えを待っているらしい。
(やっていることはかなりの蛮行だが・・・・・)
父も、相手は話が分かるような人物に感じたと言った。港を封鎖している海賊らしい船と、侵入者と。いったいどんな関係がある
のだろうか。
「ローラン様」
「・・・・・ユージンはどこに?」
「王の部屋へ行かれました。王妃様のご様子をお伝えに」
ユージンともう少し話をした方がいいように思い、ローランは引き続き港の監視を厳重にして、相手の海賊の調査をするようにと
役人に言いつけて立ち上がった。
部屋を出て直ぐ、ローランは向かいから歩いてくる相手を見て僅かに眉を顰める。しかし、表面上だけは嫌悪を覗かせないよう
に、相手に向かって軽く目線を下げて挨拶をした。
「ローラン、何かいい手は浮かんだか?」
「・・・・・」
「まあ、無理だろう。お前は長い間政務から離れておるし、高貴な人間と同じ考えは出来ないだろう。いや、侵入者の気持ち
は分かるか?」
取り巻きを連れた叔父のシュバックが自分を怒らせようとしているのは分かっていた。ここで、浅慮にもシュバックに手を出したり、
暴言を吐いたりしたら、それこそ皇太子にはあるまじきとの糾弾を受けるだろう。
今回のことが無ければ、それはローランの思惑通りでもあるのだが、今は・・・・・せめて王妃を無事に救い出すまでは、この皇太
子という地位に縋っていなければならない。
「・・・・・叔父上には、色々とお力をお貸しいただきたい。どうか、母の救出にご尽力下さい」
「・・・・・当たり前のことだ」
自分の言葉に反応せずに頭を下げるローランを、シュバック面白くなさそうに一瞥してから通り過ぎた。堂々と廊下の真ん中を
歩くシュバックは、まるで自分がこの王宮の支配者でもあるように見える。
(それだけの実力があるだけに・・・・・厄介だ)
「シュバック様」
「王妃の部屋にいる賊と交渉しろ。金と宝石はくれてやる代わりに、こちらの要求を呑めとな」
珠生は部屋の中をウロウロと歩いていた。
「ねえ、まだ何にも言ってこないのかな?」
早朝に自分達がこの部屋に侵入したということを告げて、昼前にユージンがやってきて・・・・・今は窓の外が赤く染まっている夕方
だ。
飲み物や食事の差し入れの時以外は外からの接触も一切無く、狭いわけではないが一室に閉じ込められたままだと何だか気が
滅入ってしまう気がした。
(自分の奥さんやお母さんの命が掛かってるんだぞ?少しでも早く結論を出すっていうのが本当じゃないか?)
自分なら絶対にそうすると意気込む珠生だが、さすがにそれを、ジェシカの前で言うことは出来なかった。もしかして・・・・・それは
本当に考えたくない可能性だが、ジェシカよりも国を取るなんて結果が出ていたとしたら・・・・・怖い。
「ん〜っ」
少し、外の空気を吸おうかと、珠生はバルコニーがある窓辺へと近付いた。
「タマ、あまり窓の近くには行くな」
窓の下にもかなりの兵士がいるということはユージンから聞いていて珠生も知っているが、こんなに高い場所で早々に攻撃を受け
るはずは無いだろう。
「大丈夫。ちょっと開けるだけ」
外には出ないからと言いながら珠生が窓を開けた瞬間、
「タマッ!」
「うわあ!」
まるでそのタイミングを待っていたかのように、鋭い風音を伴って部屋の中に弓矢が打ち込まれ、珠生の身体に当たった。
ラディスラスだけではなく、部屋の中にいた皆が顔色を変えて駆け寄ってきたが、尻餅をついた状態の珠生はあまりの驚きに直ぐに
声が出なかった。
「怪我はっ?」
焦ったように訊ねてくるラディスラスに、珠生は自分の身体を見下ろして・・・・・ギクシャクと首を横に振る。
「・・・・・な、ない」
どうやら弓矢の先は折っていたらしく、その鋭い切っ先が珠生の身体に傷を付けることは無かったようだ。
大きな安堵の溜め息をついたラディスラスは、ふと矢を見てそれを持ち上げる。
「手紙だ」
その声に、珠生も慌てて視線を向ける。それには、しっかりと紙がくくり付けられていた。
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