海上の絶対君主
第四章 愚図な勝者 〜無法者の大逆転〜
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※ここでの『』の言葉は日本語です
(これが、ユージン達の叔父っていう男か?)
いかにも上流階級の育ちらしい男は、中に入ってきたラディスラスに明らかな蔑みの眼差しを向けてきた。
もちろん侵入者で、王妃の身柄と金や宝石を交換しようとする盗賊なのだ、こんな目で見られるのも仕方が無いと思うが、この
男は盗賊ではなくても、自分よりも立場が下の者には皆こんな目を向けるのではないかと思えてしまった。
(多分、間違いは無いだろうな)
「条件を聞こう」
矢に結ばれていた手紙を見れば、男の意図は十分に分かるとラディスラスが早速言えば、男は指を一本立てて見せた。
「100億ビスをやろう」
「・・・・・要求の十分の一だが」
「このまま王妃の部屋に立てこもっていてもお前達は逃げることは叶わない。それならば欲を張らずにこれだけを持ち去れ。そう
すれば港までは責任を持って逃がしてやろう」
「・・・・・インデの涙は?」
「あれは宝飾としての価値は無い。女にやる宝飾が欲しいのなら、王妃の持っているものを何でも持っていけ」
「・・・・・」
(まあ、妥当なとこか)
男が提示したものは多くも少なくも無いものだと思う。いや、普通の盗賊からすれば100億ビスはかなりの大金だ。
ただ、王宮に忍び込むという危険性から考えれば、かなり安く吹っかけられたのだろうが。
「・・・・・で、そちらの要求は?」
「・・・・・王と王妃の命」
「それはまた・・・・・」
「2人が無理ならば王妃だけでも構わない。どちらにせよ盗賊の侵入を許してしまったことも問題で、そのことで王を退位させる
ことは出来るし、ローランは血が繋がっておらず、ユージンは王には向かないからな」
「シュバック様」
「・・・・・」
思わずというようにツバイがその名を呼ぶと、男・・・・・シュバックは口を慎めというようにツバイを睨んだ。名前を呼ばれるのは不本
意だったのだろう。
しかし、それ以上の動揺を見せなかったのは、もしかしてラディスラスが自分のことを知らないだろうとでも思っているからか。
(やはり王位が目的か)
自分がそれに就くことが出来なかったとしても、ユージンを傀儡に自分が裏で操ろうと思っているようだ。
シュバックのはっきりとした王への反意を感じ取ったラディスラスは、もう用は済んだと小屋から出ようとした。
「おいっ、返事を!」
「俺は、人の命令に従うような殊勝な性格はしていない。・・・・・ただ、提示された金額もまあうまみはないこともないしな。返事
は明日の朝しよう」
「・・・・・こちらの言葉だけ聞いて逃げる気は無いだろうな?」
「まさか」
ラディスラスは用心深く自分を見据えるシュバックに笑い掛けた。
「父上、ゆっくり休まれてください」
「・・・・・ジェシカは眠れているであろうか」
「・・・・・きっと、大丈夫ですよ」
確信の無いローランの言葉にも、疲れ切ったカーロイはホッとしたように息をついた。
最近大病を患い、ようやくそれが完治して体力が戻りかけのこの時、王宮に忍び込んだ盗賊の存在はカーロイの弱った身体には
かなりの衝撃になってしまっただろう。
ローランは眉を顰めながらカーロイを部屋まで見送ったが、扉を開けながらもう一度というようにカーロイに訊ねた。
「父上は盗賊の顔を見られたのですね」
「ああ。このようなことをしでかすような者には見えなかった。どちらかといえば人の上に立つような、しっかりとした雰囲気さえ感じ
たが」
「その他には?何かその男のことに付いてお聞きになられなかったのですか?」
「・・・・・名前は、聞いた。それが真実かは分からぬが」
「名前?」
「先程それを言わなかったのは・・・・・私の中でその言葉が真実なのかどうか判断がつきかねたからだ。私が以前耳にした彼ら
は、義賊として民から慕われていたというし、わざわざ陸地にまで上がってきて盗みを行うという理由が見当たらなかったしな。だが
・・・・・どんなに言葉を飾ろうとも、彼らは所詮海賊なのかもしれない」
「海賊?」
「盗賊達を統率しているらしい男は言った。名はラディスラス・アーディン。海賊船エイバル号を率いていると」
カーロイが扉を閉めたのを確認したローランは、たった今父から聞いた名前のことを考えていた。
ローランも海賊船エイバルと、その頭領であるラディスラス・アーディンの名前は知っていた。父の言う通り、義賊として名前を知ら
れている彼らは、けして弱者の船は狙わないという。
しかし、それでも盗賊であることは変わらず、ローランは人々が言うほどに彼らを英雄視することは危険だと考えていた。
(噂の原因も、もしかしたらそ奴らが原因なのか?)
今、コンラッドの港を封鎖している船と、今回の盗賊は繋がりがあるのかもしれない。
「・・・・・」
その時、何かがローランの思考に引っ掛かった。
「海賊船、エイバル・・・・・ラディスラス・アーディン」
ローランは足を止めた。
「キクサム諸島の出身か」
「ああ。だから、こんな賑やかな町に来るとつい羽目を外したくなってしまうんだよな、ユージン」
「ラディは元々遊び人だろ」
先日、街中で会った、ユージンの知り合いだという男達。
1人は男らしい美貌の男で、もう1人はまるで少女のように華奢な容姿の、変わった黒い瞳の少年だった。
「ラディ・・・・・ラディスラス・・・・・」
この名前の類似は、単に気のせいなのだろうか?
「このようなことをしでかすような者には見えなかった。どちらかといえば人の上に立つような、しっかりとした雰囲気さえ感じたが」
あの、父の言葉に、ラディという男は当てはまってはいないだろうか?
「・・・・・いや、あの者達はユージンの知り合いだ。今回のことにユージンが関わっているはずが・・・・・」
しかし、それならばなぜ、盗賊達は交渉役に第二王子であるユージンを指名してきたのだろうか。
渦巻く疑問に唇を噛み締めたローランはパッと踵を返すと、たった今父が入っていった部屋の扉を叩く。
「父上っ、父上、申し訳ありません!お聞きしたいことがあります!」
盗賊の顔を見ていないローランは、自分が町で会った男と父が会った男が同一人物だという確信を得ることは出来ない。しか
し、それよりももっとはっきりと確認が取れるものがあった。
(あの黒い瞳!あの者が盗賊の中にいたとしたら・・・・・!)
鋭い口笛の音がした。
部屋の中で珠生に指図されるまま、何かを作るのを(それが何かが全く分からないが)手伝っていたラシェルはその手を止めると、
そのままバルコニーへと向かっていった。
「ラシェル?」
「ラディが戻る」
「え?」
「タマはそこでじっとしていろ」
ラディスラスが手紙の主とどういう交渉をしたのか分からない今の段階では、まだあちらから攻撃をされる可能性は残っている。
日中珠生の身体に当たった矢は先を折ってあったが、今度もそうだとは限らないのだ。
「・・・・・」
用心深く窓を開け、バルコニーに出たラシェルが下を覗くと、ラディスラスが立っているのが見える。ラシェルは引き上げていた綱を
再び下ろし、ラディスラスが上ってくるのを待った。
その後ろ・・・・・地面には幾人もの兵士がいて、中には槍や弓を持っている者もいるが、今のところラディスラスを狙っているように
は見えない。
(どうやら、交渉はひとまず成功したのか?)
「ラシェル」
「ご苦労様でした」
それ程時間を掛けずに上りきったラディスラスは、今自分が使った綱を回収すると、目が合ったラシェルに笑い掛ける。
ラシェルもホッと笑うと、パンッとラディスラスの手と握り合った。
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