海上の絶対君主
第四章 愚図な勝者 〜無法者の大逆転〜
26
※ここでの『』の言葉は日本語です
ユージンは兄のローランを真っ直ぐに見つめた。
(全てを話したとしたら・・・・・どうなる?)
自分が全て計画し、ラディスラス達に協力してもらったと、今のこの盗賊騒ぎが全て芝居だと分かった時、ローランはいったいどん
な反応を見せるだろうか。
(きっと・・・・・殴られるだろうな)
元々は生真面目なローランのことだ、幾ら自分を思って弟がしたことでも、これ程国を揺らしたことを直ぐに許してくれるとは思え
なかった。もしかしたら、後を継ぐことを絶対的に拒絶してしまうかもしれない。
それならば、自分以外の、多くの第三者がいる中で、ローラン自身から即位の件について言及してもらうしかない。自分が継ぐ
とはっきり口にすれば、撤回することは容易に出来ないだろう。
(もう少しだ)
叔父のことは気懸かりだが、王宮内にいる限りは自分が守れる。それに、今の状況では叔父も簡単に動くことは出来ないはず
だ。
(一応、これだけ言っておけば、兄上も用心して下さるだろう)
ユージンは兄に向かって全く読めない笑みを向けた。
「ただ、そう思っただけですよ、兄上。兄上が何も感じないとおっしゃられるのならば、単に私の考え過ぎかもしれません」
「ユージン!」
「少し、寝かせていただいてもよろしいですか?さすがに疲れてしまっているので・・・・・」
そう言うと、ローランはそれでもとは詰め寄ってこない。基本的に弟に・・・・・いや、家族に甘い兄に、ユージンは今度こそ綺麗な微
笑を浮かべた。
「おやすみなさい、兄上。兄上も休まれてくださいね」
「タマ、起きろ」
「ん・・・・・」
身体をゆすられ、耳元で名前を呼ばれても、珠生はなかなか目を覚ますことが出来なかった。
「タマは、私と一緒に寝ればいいわ」
休む前、ジェシカがそう言ってくれた言葉に甘え、広い寝台の端っこに身体を丸めた状態で眠っていた珠生は、神経も身体も疲
れているせいか、起きなければと思う気持ちとは裏腹に目を開けられない。
「・・・・・ぁ・・・・・」
「仕方ないな」
諦めたような、それでいて楽しそうな声が聞こえた後、珠生はいきなり口を塞がれてしまった。
「ふ・・・・・んっ?」
呼吸が苦しくなった珠生がパッと目を開くと、目の前にラディスラスの精悍な容貌がある。
(ええっ?)
「ふむっ」
思わず叫ぼうとして口を開こうとすると、ヌルッとしたものが口の中に入っきた。それがラディスラスの舌だということが分かると、珠
生はようやく自分が何をされているのかに気付き、バッと目の前のラディスラスの胸を押しのけた。
「・・・・・っ、はぁ、はぁ・・・・・ラディ!何するよ!!」
「お、目が覚めたか」
「め、めざっ」
「なかなか起きないからな、俺も自分が楽しくような起こし方をしたんだが」
「・・・・・もうっ」
本当は色々文句を言いたい気分だったが、呆れたようにこちらを見ているアズハル達や、目を丸くしているジェシカを前に、文句
を言うのも恥ずかしい。
珠生ははあ〜と溜め息をつくと、笑いながら自分を見ているラディスラスを睨みながら言った。
「・・・・・おはよ、ラディ」
「おはよう」
身構えたが、どうやらラディスラスもこれ以上の暴挙には出ないようだ。珠生はクシャクシャになっているであろう自分の髪を指先
で撫でながら、窓の外に目を向けてみた。
片方だけカーテンが開けられている窓の外はまだ暗く、起きるには早い気もしたが、考えれば自分達は暢気に寝ていられる立場
でもない。
(あ、そうだよ、今日の朝返事をしなくちゃいけないんだっけ)
その為に早く起きたのだとようやく思考が追いついて、珠生は隣にいるラディスラスを見つめた。
子供のように髪が寝乱れた珠生の姿は可愛らしく、ラディスラスは笑いながら手を伸ばして軽く撫でてやった。柔らかくさらさらな
髪は直ぐに何時もの姿に戻る。
「よし、みんな起きたか」
珠生の目が覚めたのを確認し、ラディスラスはとうに何時でも動ける体制になっていた仲間と、寝台の上に起き上がっているジェ
シカを見た。
「今日が、山場だ。みんな、失敗は出来ないぞ」
「ラディ、何をするの?」
全く話を聞いていないジェシカが不思議そうに聞いてくる。
「王妃」
夕べ、ラディスラスはジェシカには何も言わずに事を運ぼうと言った。ユージンがそう言ったからということももちろんだが、ラディスラス
自身、この王妃には醜い権力争いを見せたくないと思っていたのだが、以前別の国で親衛隊長をしていたラシェルは全く別の意
見を言った。
「全ての現実をきちんと見せた方がいい」
仮に、今回のことがジェシカの知らない間に全て丸く収まったとしても、今後何も起こらないとは言えなかった。人々の上に立つ
者は、それなりの自覚と覚悟を持っていなければならない。全ての者を疑わなくてもいいが、臨機応変な対応を取れるように、ど
んなことがあったかということは知らせるべきだと主張した。
ラシェルの言葉に、ラディスラスも目が覚めた気がした。確かに汚いものから目を背けて行けば、再び目の前に同じような現実が
あった時、今の状態ではそれが汚いものかどうかの判断がつかない。
「王妃、これから俺が言うことを信じるかどうかはあなた次第だ。ただ、聡明なあなたなら、分かってくれるとは思う」
「・・・・・ラディ?」
そう前置きしてから、ラディスラスは王の弟の謀反をはっきりと口にした。
ユージンが襲われたことと、昨日の日中に打ち込まれた手紙の内容。
そして、夕べのシュバックとの密談。
ラディスラスは淡々と事実だけを述べ、話し終わるとジェシカの反応を待った。
ジェシカは真っ青な顔をしていたが、表立った動揺はその表情には出てこない。幾ら暢気でほがらかなジェシカも、やはり一国の
王妃なのだと、ラディスラス達は内心感心していた。
「・・・・・そうですか」
「王妃」
「あの方が、ローランをあまりよく思っていないことは知っていたけれど・・・・・」
それでも、現王と血が繋がった兄弟が、義息子の命を奪おうと思うほどに憎んでいるとは思わなかったのだろう。
「おーひ様・・・・・」
珠生が、心配そうにジェシカの側に寄り添った。慰めの言葉を言うわけではなかったが、触れる人肌の温もりは安心出来るものな
のか、ジェシカは珠生に微笑みかけ、続いてラディスラスに真っ直ぐな眼差しを向けた。
「我が王に害をなす者は、たとえ血縁といえども見逃すことは出来ません」
「・・・・・」
「それで?あなたはどんな方法を考えてくれているの?」
「・・・・・相手の要求を呑むと伝えます」
ラディスラスは、夕べ皆と確認した事項を述べた。
「そして、王妃。あなたには死んでもらいます」
「・・・・・わたくしが?」
「ええ。もちろん、相手を油断させる為の芝居ですが、そのことは皇太子にはもちろん、ユージンにも内密で」
ラディスラスがジェシカを殺したとなれば、シュバックは勢いづいて反旗を翻すだろう。そうなれば、きっとローランも自分が王位に就く
ことを公言して、シュバックと、そして盗賊であるラディスラスを退治するよう動くはずだ。
「あなたを殺すのは、あの男を油断させる為と、いい加減煮え切らない皇太子の気持ちを固める為だ。ここまでしてまだグズグズ
言っているのなら、そんな奴は王になる資格はないだろう。王妃、出来ますか?」
確認するようにラディスラスが言うと、ジェシカはきっぱりと頷いた。
「もちろんだわ、ラディ。王と、このベニートの為なら、わたくしは何時でもこの命を投げ出すことが出来ます」
「・・・・・なるほど、さすがだな」
ラディスラスは苦笑しながら頷き、息を潜めて自分とジェシカの会話を聞いていた4人を振り返った。
「聞いた通りだ。今から死体を作るぞ」
![]()
![]()