海上の絶対君主
第四章 愚図な勝者 〜無法者の大逆転〜
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※ここでの『』の言葉は日本語です
「それは何だ?」
ラディスラスは、珠生が手にしている物を不思議そうに見つめて言った。
ちょうど、手の平に乗るような大きさの数個の玉と、両手で持たなければいけないような大きな玉が1つ。きちんと並べられている
様子はどこか滑稽な感じがした。
「分かんない?」
一同の不思議そうな顔を見て、珠生は満足そうに笑った。
「これ、バクダン」
「バクダン?」
「あのね、町で店が出てて・・・・・」
「これ・・・・・ボーリングの玉?」
「ぼーりんぐ?何だそれは」
数日前、ユージンとの連絡を取る為に少し長い待機の時間があった時、1人で町を歩いていた珠生はある出店を見掛けた。
そこは、学問の国と謳われるベニート共和国らしい、学生相手の教材の店だったらしく、珠生にとっても珍しくも面白い品がたくさ
んあった。
その中で、珠生が目を付けたのは一際大きな玉だった。
店主によれば、それは他国の海軍が所有する砲台で使われていた弾で、本来は武器として国内持込禁止だが、不発弾という
ことで教材としてそこに並べているらしかった。
「え?じゃあ、バクハツする?」
「不発弾だからな。多分中の火薬も駄目なんじゃないか」
「へえ〜」
(この世界にも、こんなものがあるんだ)
中世のヨーロッパに似たこの世界では、主な武器は剣や弓ぐらいだと思っていた。実際、珠生は銃は見ていないし、船が砲弾を
浴びたということもない。
だが、この世界もそれなりの文明があるようだ。
知らなかったことを知って行くのは楽しくて、珠生はその弾がどうしても欲しくなった。
「これ、ちょうだい」
「・・・・・お前が?」
見るからに子供のような珠生にそれを売るのはさすがに店主も躊躇ったようだった。多分危険性はないだろうが、それでも万が一
のことがあるから遊びには使えないと何度も言われたが、珠生は頑として聞かず、最後には半分泣き落としのような状態でそれを
購入した。
初めは珍しいという理由からだったが、実際にそれを自分の手にしてみると、どれ程の威力があるものなのか試してみたくなって
しまった。
重いそれを持ち歩くのはなかなか大変で、横道に入ったところでその弾を割ってみると(接着も不完全なものだった)、中には本当
に火薬のような黒い粉が入っている。
本当に不発弾なのか、それともたまたま着火が上手くいかなかっただけなのか・・・・・。
珠生は重い入れ物の部分はガラクタが山積みにされてある場所へと置いて、中身だけ袋に詰めると、続いて店を見て回った。
もしかしたら、これで何か作れるかもしれないと思いながら・・・・・。
「他にもおんなじよーなの売っててね。それで、火薬を増やして、どーかせん代わりの綱と、入れ物の代わりの木の椀もかって、
何とか作ってみたんだよね」
まるで、何かの実験をする気分で、珠生は嬉々として爆弾を作った。導火線代わりの綱は溶かした蝋で固めて、木の椀に穴
を開けて上手く嵌め込んで。
2つの椀を合わせる時の接着がなかなか上手くいかなかったが、そこは手先の器用なラシェルが訳が分からないままに手伝って仕
上げてくれた。
「これで、ちょっとだけおどかそ?俺達に手を出すと、ここ爆発しちゃうぞーって」
「・・・・・それ、試してみたのか?」
「試すわけないじゃん!危ないんだからさ」
いったいどのくらいの威力なのか分からないまま、どこかで実験は出来なかったし、第一その時間も無かった。
そもそも、不発弾と店主も言っていたし、湿ったり、他の理由とかで、爆発しない可能性は高い。いや、その後、珠生が加えた別
の火薬との調合も上手くいっているとも言い難い。
それでも、少しでも・・・・・せめて、煙でも出てくれれば、何かの牽制になるのではないかと思った。
「そんなに威力があるはずは無いと思うよ。大体、人に怪我をさせたいわけじゃないし」
珠生の言葉を全て鵜呑みにしたわけではなかったが、今の状況の何かの突破口になればいいかと思ったのだ。
しかし。
「ラシェル、火を着けたら出来るだけ人のいない所に投げてね」
「分かった」
ランプの火から導火線に火をつけ、
「これ、危ないよー!ほらっ、みんなよけて、よけて!」
珠生が叫んで、ラシェルが遠くに投げ飛ばした《バクダン》は、人気の無い場所に落ちた一瞬後、バンッと大きな音と共に、白い煙
と土が破裂したかのように高く舞い上がった。
「やった!成功!」
「・・・・・驚いたな」
まさか、本当にあんなふうに爆発するとは思わなかったが、ラディスラス達の驚き以上にローランやベニートの兵士達はかなりの衝
撃を受けたはずだ。
もちろん、砲台のことは知っているだろうが、手で直接投げるそれを見たのは初めてだっただろう。
「タマ・・・・・お前、凄いな」
「俺、大人だから」
思った以上に上手く(煙だけではないが、人に害を与えない程度)爆発したことに満足したらしい珠生は、今度は両手で抱えるほ
どの大きな玉を見せて叫んだ。
「今度はこれなげるぞー!」
いっせいに悲鳴を上げた兵士達が我先にと逃げ出して行く。その様子に、ラディスラスははったりというのは大事だなと苦笑を零
した。この大きな玉の中は実は空っぽなのだ。
「量が足りなかったんだ」
珠生は残念そうに言っていたが、その方が良かったとつくづく思う。これは珠生の遊び道具にしては危険過ぎると感じたからだ。
だが、これでローラン達も簡単に自分達に手は出せないだろう。
「皇太子、交渉の席に着く勇気はあるか?」
「・・・・・無論!」
「上等」
ラディスラスは笑いながら頷いた。
(ラディは本当に母上を・・・・・?)
いったい何が起きているのか、ユージンには分からない事だらけだった。
しかし、確かに血まみれの母の姿を見たし、土煙を上げる爆発も見た。自分の想定外の出来事を目の前に突きつけられて、ユ
ージンはとっさにどんな策を考えればいいのか分からない。
「ユージン、私にもしものことがあれば父上を頼む」
「兄上!」
「母上のことは・・・・・まだお耳に入れないように。どれだけ衝撃を受けられるか・・・・・」
「ま、待ってください、もう少し策を・・・・・っ」
「時間が無いんだ!このままあの盗賊達の思いのままにさせてはおけぬ!どのようなことがあっても、私は王家を、そしてこの国
を守る義務があるのだ」
「兄上・・・・・」
「頼むぞ」
きっぱりと言い切ったローランは、既に覚悟を決めているようだ。それに待ったを掛けるには、ユージンは全てを兄に伝えなければ
ならない。
もしも、本当のことをローランに告げたら、なんと言われるだろうか。この考え無しがと、頬を張られてしまうだろうか。
(それぐらいなら構わない。だが、だが母上は・・・・・っ)
自分の浅はかな考えのせいで、母の命が奪われてしまったのなら、ユージンは後悔してもしきれない。
(どうすればいいのだ・・・・・)
全てを頭の中で考えてきたユージンに突きつけられた現実は、あまりにも大きく重たいものだった。
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