海上の絶対君主




第四章 愚図な勝者 〜無法者の大逆転〜


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※ここでの『』の言葉は日本語です






 兄弟の睨み合いに割って入ったのはシュバックだった。
 「何を言っている。ローラン、この先の指示は私が出す。お前はどこぞへでも遊びに行くがいい」
 「叔父上っ」
さすがにこの場の雰囲気を察してものを言って欲しいと、ユージンはシュバックに詰め寄ろうとしたが、それを身体で遮ったローラン
はきっぱりとした口調でシュバックに言った。
 「お申し出は大変ありがたいですが、この指揮は王である父の次にいる立場の私がとるのが妥当でしょう。叔父上は私の指示
に従っていただきます」
 「・・・・・いい言い草だな、ローラン。王位に就かぬ、自分は皇太子ではないと言っていた言葉を都合よく忘れたと言うのか?も
う何年も放蕩三昧を続けてきたお前について行く者がいると思うのか?」
 「・・・・・」
 確かに、シュバックの言っていることは正しい。
ユージンは兄がどんなに素晴らしく、思い遣りがあり、意志が強い人間かを知っているが、それを傍で見ている者達が理解してく
れているとは言い切れなかった。表面上は、皇太子としての任も全うしない、遊び暮らす情けない皇太子・・・・・もしかしたらそう
思われているのかもしれない。
 「叔父上、あなたは・・・・・」
 衆人環視の中で兄を罵倒するのか・・・・・そう言いたい言葉を飲み込んだ時、自分の前に立つ兄が朗々とした声で、目の前
のシュバックだけではなく、兵士や召し使い達に向かって言った。
 「私のここ数年の行動に対しては、今この場で言い訳をするつもりはない。皆の期待や信頼を裏切ってきたことも重々承知して
いる。しかし、今我々は重大な局面に立っているのだ。私は名ばかりの皇太子としてでなく、先頭に立ち、この難局を乗り越える
つもりだ!どうか、力を貸して欲しい!!」
 「兄上・・・・・」
 今のローランの全身からは、上に立つ者の圧倒的な気が滲み出ていて、ユージンは自分がずっと兄を信じていたことは間違い
ではなかったのだと強く思えた。



(どうか、力を貸して欲しい・・・・・!)
 皇太子といえど、個としての力は実は小さいものだとローランは思っていた。
何かを成し遂げるには、それも、今のような難局を乗り越えるには、たくさんの力が必要だということも分かっていた。
 血の繋がらない弟に即位をさせる為、不本意ながらも放蕩者を装ってきたが、その理由を一々人に話すつもりはない。それも、
自分達が守るべき民にとっては余計な事実は知らさない方がいい。
 ユージンが王位に就けば、その末端にでも加わって手助けしたいと思っていたが、目の前で優しい義母を殺されてしまった今、
ローランは動かずにはいられなかった。
 「皆、どうか私に・・・・・」
 頭を下げ、呻くように言った時、
 「もちろんです!王子!」
 「ローラン様!今こそ我らの先頭に立ってください!」
次々と、声が上がった。
 「皆・・・・・」
 「このような卑怯な暴力に屈してはなりません!」
 「我がベニートの結束を見せ付ける時です!」
もちろん、全員が同じ思いではないだろう。中には、今更何をと思っている者も当然いるはずだ。
それでも、自分の思いに賛同し、こうして声を上げてくれる家臣達の声が嬉しくて仕方がなかった。





 「ふんっ」
 我先にとローランとユージンの元へと駆け寄っていく者を睨みつけながらシュバックは踵を返した。
ローランが指揮をとると言い出したのは計算違いだが、王妃の部屋を占拠しているあの盗賊達を再び上手く使って、その命を亡
き者にすればいいと思い直す。
(下賎な者には、金をチラつかせていればいい)
 もちろん、金を渡す前に、王妃と皇太子を殺害した咎で、その首を切り落としてしまえば、自分の企みが世に出ることはないだ
ろう。
 「ツバイ、盗賊と連絡を取れ」



       


 「なんだか、下が盛り上がってますよ」
 バルコニーに続く窓の側で外の様子を探っていたラシェルが、楽しそうに報告をしていた。
 「何と言っていたか聞こえたか?」
 「どうやら、皇太子が自分が立つと宣言したようですね」
 「へえ。王妃、どうやらあなたの演技は完璧だったようですね」
 「もう、ずっと緊張していたのよ?王以外の殿方の腕に抱かれるというのも恥ずかしいものだったし」
そう言いながら微笑むジェシカは、既に果物の汁で汚れていた服を着替え、過分に塗っていた白粉も取っている。
この王妃の演技が素晴らしかったことも確かだろうが、ジェシカに対するローランの思いもそれ程に深いものだったということだろう。
物心つく前から実の親子として生活してきた長い時間は、やはり簡単には壊れないということだ。
 「よし、じゃあ、皇太子が交渉にここにやってくるのは決まりだな」
 「部屋に入ってくるなり斬られないようにしてくださいよ」
 「頭が固そうだからなあ。直ぐに皆の気持ちを理解してくれたらいいが・・・・・おい、タマ?」
 ラシェルと話していたラディスラスは、部屋の隅で座り込んでいる珠生の後ろ姿に声を掛けた。
 「どうした?」
 「・・・・・ラディ、言葉無いよ」
 「え?」
 「・・・・・」
 「ラディ」
どうやら珠生は怒っているようだが、その原因がラディスラスには思い当たらない。
首を捻っていると、アズハルが近付いてきて顔を寄せてきた。
 「あの、バクダンのことじゃないですか?褒めてやらないと」
 「ああ、そうだったな」
(確かに、あのバクダンというものの存在が大きかったのは本当だ)
 自信満々の珠生だったが、ラディスラスは半分・・・・・いや、あまり期待はしていなかった。どういったものかは作っている最中のも
のも見ていなかったので分からないし、珠生の作るものだから砂玉みたいなもので目くらましでもするのかと思っていたのだ。
 しかし、その威力は想像以上のもので、ラディスラス達も驚いたようにそれを見た。ただ、その後のローランの反応の方が気になっ
て、直ぐに意識がそちらに向いてしまったのだが・・・・・。
 「タ〜マ、ご苦労だったな」
 ちゃんと功績があった者には言葉を惜しまない。それが、愛しい相手ならば尚更だ。
 「この危機を乗り越えられたのはお前のおかげだ」
 「・・・・・」
 「ありがとう」
 「・・・・・ホントに、そう思ってる?」
 「思ってる」
ラディスラスは背中から珠生の身体を抱きしめると、自分よりも遥かに小さな手を取った。
 「こんな可愛らしい手で、よくもあんな派手な武器を作ったな。さすが、タマ、偉いぞ」
 砲台という物があることは知っているし、剣や弓などよりも遥かに殺傷能力のあるものだという知識はあるが、まさかそれを(同じ
ものではないだろうが)珠生が作れるとは思わなかった。
 「・・・・・でも、あれぐらいで良かった。もっと大きかったら、怪我したら大変だもん」
 「そうだな、人が持っていいものには限度があるし。あの一番大きい玉まで爆発するなんて言われたら、それこそ俺は心臓が止ま
りそうに驚くぞ」
 「ラディ、心臓太いのに?」
 「・・・・・それって、なんか違うと思うが」
 多分、度胸があると言いたいのだろうが、珠生の言葉は単にモノを表現している感じだ。
その時、

 トントン

扉が叩かれる音がする。
その瞬間、ラディスラスだけではなく、部屋にいた者達の視線がいっせいに入口へと向けられた。
 「どっちだろうな」
 皇太子、ローランか。
それとも、叔父であるシュバックか。
どちらが先に動き出したかと想像しながら、ラディスラスは立ち上がった。アズハルに視線を向けると、彼は珠生とジェシカを伴って
奥の死角になる部屋に向かう。
それを確認してから、ラディスラスは扉の向こうに声を掛けた。
 「誰だ」