海上の絶対君主




第四章 愚図な勝者 〜無法者の大逆転〜


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※ここでの『』の言葉は日本語です






 ユージンとローラン、この2人の兄弟の為に動いているラディスラスが、どうしてそのユージンから剣を向けられるのか分からない。
それでも、珠生はとっさに身体が動いて、自分の身体全部でラディスラスを守ろうとした。
それは、考えての行動ではなく、思いそのままの行動だった。
 「タマ・・・・・」
 「ユージン、ひどい!ラディ、約束通りしたのに!こんなに危ないことしてるのに!」
 「タマ・・・・・」
 ラディスラスに剣を突きつけているユージンの声が戸惑ったように揺れる。
それと同時に、ローランがどういうことだと声を上げた。
 「約束とは何だ、ユージン。お前は、いったい私に何を隠しているっ?」
 「あ・・・・・っ」
(言っちゃ、駄目だった?)
 とっさに口から零れてしまった言葉を後悔しても、聞かなかったことにしてくれという雰囲気ではない。
どちらにせよ、もう口に出してしまったのだと腹を決めてしまった珠生は、頭に巻いていた邪魔な布を取り去ると、真っ直ぐに睨み
つける視線を向けて言った。
 「大体、あんたが悪い!ユージンはあんたをおーさまにしたいって言ってるのに、なんだかんだって逃げちゃって!そのくせ、こんな
時に出しゃばって!完全に無視出来ないなら、初めからするなよ!小さい頃から一緒に暮らしてるんなら家族じゃん!」
 「何・・・・・っ」
 「怖くないからな!とーさんとかーさんを泣かすような奴に、俺は泣かされない!」



 ローランは拳を強く握り締め、下から自分を睨んでくる少年の顔を見据えた。
(皇太子である私に何たる物言いを・・・・・!)
本来ならこのまま斬って捨てても構わないほどの暴言を吐く少年は、町中で会った時と同じ綺麗な黒い瞳をしていた。
多分、この国の、いや、自分が知っている範囲では見たことも聞いたことも無いこの黒い瞳の持ち主は、王族に対する敬意という
ものも知らないのかもしれないが、それでいても・・・・・。
(・・・・・いや、この者は、我が国の内情を詳しく知っている)
 自分の放蕩ぶりは他国でも噂になっているかもしれないが、両親との関係や、自分がそうせざるをえなかった事情など、ごく一
部の者しか知りえないことをどうしてこの少年が知っているのか。
(約束・・・・・確かにそう言った)
 ローランは改めて弟を振り返った。
 「ユージン、説明しろ」
 「兄上」
 「お前は全てを知っているな?」
 「・・・・・」
 「言え!」
ローランの言葉に、ユージンは剣を下ろした。



 計画の一端でも悟られてしまったら、それを隠し通すことはとても無理だと思った。
ユージンは兄に対し、自分が何を計画したのか、包み隠さず告白した。

 どうしても、兄のローランを王位に就けたかったこと。
その計画として、国の危機をでっちあげ、ローランの愛国心を呼び起こすこと。
共犯として、偶然知り合った海賊船エイバルの頭領、ラディスラスの力を借りることにしたこと。

 改めて言葉にすれば、一国の王子としてどれほど浅はかな考えをしていたのかと笑うことも出来ないが、その時は本当にこれし
か方法はないと思ったのだ。
 「馬鹿者!!」
 言い終わるか終わらないか、ローランの拳が少しの躊躇いも無くユージンの頬を打った。歯で口の中を切ってしまったユージンは
口の端から血を滲ませたが、痛いという言葉を漏らすことも違うと思った。
自分は今、痛みを感じることが出来るが、母は・・・・・もう、痛みさえ感じることが出来ないのだ。
(ま・・・・・さか、まさか、ラディが母上を・・・・・っ)
 海賊という野蛮な生業をしているのにもかかわらず、ラディスラスに感じたのは男気と誠実さだった。この男ならば裏切ることはせ
ず、自分に力を貸してくれる・・・・・。
(そう思った私が浅はかだった・・・・・っ)
 その場に倒れ、起き上がる力も無かったユージン。ローランは膝を着くとその胸元を掴みあげた。
 「お前が母上を殺したも同然だ!」
兄の怒りは十分に分かる。いや、ユージン自身、今回の自分の行動に後悔もしていた。しかし、いや、だからこそ、家族の気持ち
を分かってくれず、背を向けてしまった兄の気持ちが悔しかった。
 「兄上はっ、兄上はなぜ父上や母上のお気持ちを受け入れなかったのですか!血が繋がっていないことなどっ、私達家族の間
では瑣末な問題のはずなのに!」
 「父上の実子のお前が王位を継ぐのが当然だ!」
 「兄上こそっ、王に相応しいんです!」
 心の底からそう思ったからこそ、ユージンはこんな馬鹿げた真似をしでかしたのだ。
 「兄上っ」
 「だからといってっ、母上を!母上が・・・・・っ」
 「・・・・・っ」
 「お前がっ、お前が・・・・・い・・・・・や、私、が・・・・・っ」
 「兄上・・・・・」
 「そんなにもお前が私を思ってくれていることも知らず、目に見えぬ血の価値だけを考えていた私が愚かだった・・・・・っ」
ユージンを睨みつけながら、ローランの目からは涙が流れている。
それは、悔し涙か、それとも後悔の涙か・・・・・ユージンは自分の頬にも熱いものが伝うのを感じた。



(・・・・・放っておいて、いいのか?)
 珠生を腕に抱きしめたまま、ラディスラスは2人の兄弟喧嘩を見ていた。
きっと、こんな風に殴ったことも言い合ったことも初めてだろうが、そもそも男同士の兄弟で殴り合いの喧嘩もしてこなかった方がお
かしいのだ。
(全く、俺達のことはどうするんだ?)
 「ラ、ラディ」
 「ん?」
 2人の様子を見ていた珠生は、さすがに後ろめたくなったのかもしれない。小さな声でラディスラスに言ってきた。
 「おーひさま生きてる、言った方がいーよ?」
 「あー、まあ、もう少しな?」
 「可哀想だよ」
 「なんだ、タマは同情するのか?」
 「もう、分かったみたいだし、あんまり苛めると可哀想だよ」
 「・・・・・」
(確かに、そろそろいいかもな)
お互いの本音を言い合い、こうして母親の為に涙を流すことが出来たのだ。多分、この兄弟は分かり合える・・・・・ラディスラスは
そう思って、パンパンと手を叩いた。
 「王子達、ちょっと俺の話も聞いてくれないかな」
 ラディスラスの声にハッと我に返ったのか、先ずローランが腰の剣を抜いた。そして、ユージンも手にしていた剣を持ち直す。
痛いほどの敵意を向けられたが、ラディスラスは恐怖は感じなかった。
 「覚悟をするがいい、ラディ。お前を信じた自分自身への罰は後で甘んじて受けるが、今は母上の仇を取らせてもらおう」
 「うん、まあ、気持ちは分かるが、その前に・・・・・タマ」
 「うん」
 珠生はラディスラスの腕の中から抜け出して、奥の寝台が置かれている場所へと向かう。
自然とその姿を追っていた2人の王子の目が、次の瞬間大きく見開かれた。
 「母上っ?」
 「どうして・・・・・っ?」
 「ローラン、ユージン、ごめんなさい、あなたがたを騙すようなことをしてしまって」
 困ったように笑みを浮かべたまま、珠生と一緒に姿を現した王妃ジェシカ。だが、その頬には兄弟と同じ涙を流している。
最初に声を上げたまま、次の言葉が出てこない2人の気持ちは十分分かるが、これが現実なのだと納得してもらわなければなら
ないと、ラディスラスは言葉を続けた。
 「ユージン、俺はお前との約束を忘れたわけじゃない。兄貴の口から王位を継ぐという言葉を引き出す・・・・・まあ、多少卑怯か
もしれないが、さっきの言葉は偽りではないだろう?皇太子」

 「父上・・・・・ベニート共和国の王からは、先程全権を委ねていただいた。今の私はただの皇太子としてではなく、既にベニート
共和国の王と同等の立場にいる者として見てもらおう」

 「そ・・・・・れは・・・・・」
 「次期ベニート共和国の王、ローラン。あんたは知っておかなければならないことが多くある。今から俺が話すこともそうだ」
そう言ったラディスラスは、自分宛ての、それこそ真実謀反の証でもあるシュバックからの手紙を面前に突き出した。