海上の絶対君主
第四章 愚図な勝者 〜無法者の大逆転〜
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※ここでの『』の言葉は日本語です
「シュバック様っ、王妃の部屋に、ただいま皇太子とユージン王子が入られたようです!」
「なに?」
王・・・・・つまりは自分の兄と、その息子で皇太子のローランの命を奪うようにと依頼した手紙を盗賊にさし出し、相手の反応
を待っている形だったシュバックは、手の者の報告に一瞬眉を顰めた。
(あちらから動いたとは考えにくい・・・・・ならば、ローランが自ら・・・・・?)
ローラン1人だけならば、そのまま暗殺してしまえと思うところだが、そこにユージンがいるとしたらどうなるだろうか。
「様子は」
「物音は全く・・・・・」
「・・・・・」
母親である王妃を殺されてしまった2人の王子が暴走してしまうということは考えられたが、かといってあの盗賊がみすみす退治さ
れるとも思えなかった。
実際に対峙した時、妙に威圧感を感じてしまった自分が内心怯んでしまいそうになったことは部下にはとても言えない。
「とにかく、様子を逐一知らせるように。もしもあちらから何か言ってきたら・・・・・」
言葉を続けようとしたシュバックは、荒々しく扉を叩く音に口を閉ざした。
目線で促した衛兵が扉を開けると、そこには青褪めた兵士が1人、立っていた。
「何事だ」
「ユ、ユージン王子がお呼びですっ」
「ユージンが?」
「そ、それが・・・・・っ」
「きちんと報告しろ。ユージンがどうしたのだ」
「こ、衣に、なにやら血のようなものをつけられてっ、青褪めた顔色でいらっしゃったのですっ。同行された皇太子の安否を一言も
おっしゃられず、も、もしかして・・・・・っ」
「直ぐに参る」
「はっ」
転がるように部屋から出て行った兵士の後ろ姿を見送るシュバックの口元には、消しきれない笑みが浮かんでいた。
(役に立つではないか、あの盗賊は・・・・・)
窓の外に見張りの兵士の姿は無い。
王妃の暗殺(芝居だが)と、珠生の爆弾騒ぎで恐れをなしたようで、だが、情けないはずのその行動は今に限っては都合が良い
ものだった。
「下を見るなよ、タマ」
「わ、分かってる!」
ラディスラスと珠生、そしてローランとラシェルの4人は、再び王妃の部屋の真上にあたるローランの部屋のバルコニーへと、綱を
使って移動していた。
それは、2人の王子の叔父であるシュバックを、王妃の部屋ではなくローランの部屋に呼び出すことにしたからだ。
王妃の部屋には実際にジェシカは生きているし、その気配を敏いシュバックが悟らないとは限らない。
証拠が手紙とラディスラスの証言だけなので、違うと否定されてしまえばそれまでだ。本人の口から間違いなく謀反に関する言葉
を聞く為にも、計画がばれてしまうことは避けなければならなかった。
「引くぞ」
「お、おーけー」
最初は、珠生は王妃の部屋で待機をさせた方がいいのではないかと思ったラディスラスも、最後まで自分の目できちんと見届
けたいと訴える珠生の言葉と、ラディスラス自身傍に置いておく方が安心なので、絶対に無茶な行動はしないことを約束させて
同行させることにした。
「・・・・・っ」
先にラディスラスが綱を上ってローランの部屋のバルコニーに着くと、続いてローランが上っていく。
この2人が珠生を引き上げて、最後にラシェルが到着した。
「・・・・・」
「まだ来られていない」
既に王妃の部屋のドアから堂々と出て行ったユージンはローランの部屋に到着していて、中からバルコニーに続く窓の鍵を開け
た。
もちろん、そこに潜んでいる者が見えないように吊り布は下ろしたままだ。
「頼むぞ、ユージン」
「ユージン、失敗しないでね」
「大丈夫」
ここが、本当に山場だ。
シュバックがどういうつもりでこの謀反を企てたのか、自身もはっきりと知りたいだろうユージンはしっかりと頷いた。
ドンドンドン
扉が叩かれる音がした。
それでもユージンが動かないでいると、やがて扉は外から開かれ、中にシュバックが入ってきた。
「ユージン、その血は誰のものだ」
眼差しも厳しくユージンを睨みつけるシュバックは、ユージンの目から見ても国を心配する王族の顔に見える。
ユージンは用心深く口を開いた。
「叔父上・・・・・これは内密ですが、兄上が・・・・・亡くなりました」
「ユージンッ!」
「先程、2人で盗賊と交渉しに参ったのですが・・・・・兄上が、激昂して・・・・・飛び、掛かり・・・・・」
最初は芝居をする気でいたユージンだったが、母が死んだと思った時のことを思い出しながら口を開くと、自然に声がつまり、涙
が滲んでしまう。
それは兄を亡くした弟の姿そのものだったらしく、シュバックはしばらくユージンの姿を見つめていたが、やがてその肩に手を置くと強く
抱きしめてきた。
「ユージン、しっかりしろ。王は王妃の死で気落ちなさっている。この国を背負うのはお前しかおらぬ」
「・・・・・叔父上、私はとても・・・・・この国の王に立つ自信はありません。母と、兄を失って・・・・・私は・・・・・」
「何を言っている、ユージン。王妃はともかく、あの皇太子とお前は血が繋がってはおらんっ。兄弟のように育ってきたとはいえ、こ
の国の正当な跡継ぎはお前だ、ユージン」
シュバックはきっぱりと言い切った。
(情けない・・・・・これが一国を担う王子の姿か)
家族を亡くした悲しみは分からないでもないが、それでも次期王として、病弱な現王の代わりにしっかりと立つのが跡継ぎの務
めのはずだ。
少なくとも自分なら、悲しみなど振り払って盗賊退治に乗り出すだろうとシュバックは思った。
(ユージンも、この程度の男なのかも知れぬな)
当初はユージンを王座に就け、その後で自分が政権を執るつもりだったが、これでは早々に兄に退位してもらい、自分が王座
に立つのがこの国の為だと思えた。
「・・・・・よい、ユージン。お前は大人しくしていなさい」
「叔父上?」
「お前の母と兄の仇は私が取ってやろう。そして、王位の件も、お前が出来ぬというのなら私が立つ。兄上には早々に了承して
いただこう」
「・・・・・まるで、叔父上の思い通りに話が進んだような感じですね」
「何?」
「叔父上は、兄上が王位に就かれることを反対なさっておられた」
「・・・・・そのことか」
柔らかな面差しと物腰に隠れているが、ユージンが敏い男であることは分かっていた。
しかし、それは全て想像だけで、何の証拠も無いはずだ。いや、もしもあったとしても、母親と兄を亡くしたユージンが自分に反意
を示すことはとても考えられなかった。
シュバックの知るユージンは、第二王子という立場に甘えた子供だという認識しかない。
(今のうちに、私の懐の中に入れた方が得策か・・・・・)
弱っている今が、その時なのかもしれない。
「ユージン」
「・・・・・」
「私は、本来王座に就くのはお前だと思っていた。だが、お前の心は弱い。優しいと言い換えてもいいのかもしれないが、そんな
ことではこの大国を治めることはとても無理だ」
「叔父上・・・・・」
「ローランは、尊い王族の血を引いていない者だった。命を落としたのも、それが定めだったのかもしれない。ユージン、私はロー
ランの死を当然だと思っている」
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