海上の絶対君主
第四章 愚図な勝者 〜無法者の大逆転〜
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※ここでの『』の言葉は日本語です
全てを明らかにするためには、決定的な言葉を引き出さなければならない。しかし、自分と確かに血が繋がっている叔父のこと
を心底恨むことはユージンには出来なかった。
もちろん、母や兄、そして父王の命を亡き者にしようとしたことは許せることではないが、私利私欲よりも、ベニート共和国の繁栄
を願っていたのだと信じたい。
「・・・・・叔父上、私は、叔父上に全てを任せてもよろしいのですか?」
「ああ。お前は母と兄の喪に服せ。2人の死を王にもお知らせせねばならないが・・・・・そうなれば、まだ身体が完全に復調され
ていない王はどうなるか・・・・・」
「・・・・・叔父上は、父上も亡くなった方がいいと・・・・・そう、思ってらっしゃるのか?」
シュバックはユージンに視線を向けてきた。
「ユージン、私は王を・・・・・自分の兄を尊敬し、共にこの国の繁栄を願ってきた。だが、兄上が自分の次世の王を自分の血
縁から選ばず、下賎の者に譲られるとおっしゃった時・・・・・私の中で、兄への忠誠心が揺らいだのは事実だ」
「叔父上・・・・・」
「しかし、ユージン、今更それを聞いてどうなるという?ローランは死に、王妃まで亡くなられた」
「・・・・・それは、叔父上の計略ですか」
ずばりと訊ねると、シュバックは一瞬口を閉ざした。しかし、直ぐにユージンを諭すように言う。
「結果、そうなったということだ」
「叔父上っ」
「ユージン、そなたは王と共に離宮へ移れ。後のことは全て私に任せればいい」
「全てがあなたの計略だと思われても良いのですかっ?」
「国政がどのようなものかも分からぬ子供が口を出す話ではない。ユージン、もしも、今回のことが私の計略だとしても、結果的
にこのベニート共和国が栄えるのならば、きっと民は私を支持するだろう」
「・・・・・」
(何を言っても・・・・・駄目なのか)
シュバックにとって一番大切なのはこのベニート共和国で、それは自分の実の兄も、そして義姉や甥達も、全て犠牲にしても構
わないほどに大きなものなのだ。
偏ってしまった愛国心を今更正すことは無理なのかもしれない・・・・・そう思ったユージンは、バルコニーに潜んでいる兄に向かって
静かに口を開いた。
「叔父上と私達とでは、何時の間にか行く道は離れてしまったようです。兄上、いかが決断をなされますか」
「何?」
ユージンの言葉に、シュバックは初めて焦ったように顔を上げる。
顔色を変えた叔父に、ユージンは指先を一方に向けた。
「叔父上の言葉、全て兄上にも聞いていただきました」
ユージンが指していたのはバルコニーを覆う吊り布だった。
シュバックは眉を潜め、その方向とユージンを交互に見ていたが・・・・・やがて、その表情は見る間に強張ってしまった。
(まさ・・・・・か)
「・・・・・ユージン、私を謀ったのか?」
「最初に私達を切り捨てたのは叔父上です」
「お前は・・・・・っ、実の叔父より、血の繋がらぬ兄を取ったのか!」
「どちらが先に裏切ったんだか」
「!」
呆れたような声と共に吊り布が捲り上げられ、そこに立っていた者達の眼差しがいっせいに自分に向けられている。
死んだと聞かされていた皇太子ローランと、今回の騒動の当事者であるはずの盗賊の男。その後にも2人、4人がバルコニーを
背に立っていた。
「お前・・・・・!」
こちらの思惑通りに動いていると思っていた盗賊が、実はローランとユージン兄弟と通じていた・・・・・それが面前で確認が取れ
た今、シュバックは自分の計略が全て露になったことを悟る。
「下賎の者がっ、国を思う私の思いを全て無にしおって!!」
「あんたがどれほど国を大事に思っているかは知らないが、そのために兄貴の嫁さんや息子達まで亡き者にするなんて理由に
はならないと思うぞ。本当に国を思うんなら、もっと言葉を尽くすべきだったんじゃないか?」
「お前のような者に何が分かる!時間は取り返しがつかないっ、政治が停滞すれば、それだけ国は・・・・・っ」
「それでも、身内の命を犠牲にしていいってことはないだろ」
盗賊はそう言いながら、手にした書面を差し出した。
「あんたが俺に送った、王妃と皇太子を暗殺しろといった手紙だ。これと、さっきまでのあんたの言葉と、今更言い逃れをしよう
なんて情けないことは言わないだろう?」
「・・・・・っ」
シュバックは両手の拳を握り締め、まるで射殺すように盗賊の男を睨みつけていたが、やがて・・・・・ガックリとその場に膝を着い
てしまった。
広間にいるのは、現ベニート王国の王、カーロイと、王妃、ジェシカ、そして皇太子ローランと、第二王子ユージン。
そして、今は既に盗賊という偽りの姿を消したラディスラスと珠生、ラシェルとアズハルとイアン。
「・・・・・」
ラディスラスは沈黙に包まれた部屋の中、1人、床に膝を付くシュバックを見下ろした。
(私利私欲だけかと思っていたが、多少は国を思う気持ちもあったようだな・・・・・)
それは褒められたものではないが、王家に生まれ、しかし、生まれた時から王にはなれないと定められた弟王子の鬱屈された愛
国心がもたらしたものなのかもしれない。
「シュバック・・・・・」
ジェシカの無事な姿を見て安堵に頬を緩めていたカーロイだったが、ユージンとラディスラスから、今までの経緯を知らされた時は
さすがに青褪めた。
皇太子ローランに対するシュバックの冷たい態度は認識をしていただろうが、それでも命まで奪おうとしているものとは思わなかった
のだろう。
それだけ、王は弟を信頼し、愛していたのだろうが、今回のことは内々で収められるほどに小さな諍いではなく、厳正な処罰を与
えなければならないはずだ。
「・・・・・今の話に相違は」
「ない」
「シュバック」
「王妃やローランだけではなく、私はあなたの暗殺さえも考えた。このような不穏分子、さっさと極刑にされよ!」
「・・・・・」
自棄になっているとも思えないが、シュバックはきっぱりとそう言い切ってカーロイを見上げた。
カーロイはしばらくその眼差しを見返していたが・・・・・やがて、静かに口を開いた。
「シュバック、お前は王籍から外し、北の離宮に幽閉する」
「兄上!」
シュバックは何を甘いことをと言い返してきた。
「私がまた何時兄上の命を狙うか分からないのですぞ!なぜ極刑にされぬ!私に生き恥を晒させるっ?」
王族としての矜持が誰よりも高いシュバックにとっては、王籍から外されることだけでも死ぬ以上に辛いことかもしれない。それを
狙った処罰ではないだろうがと思っていると、カーロイはシュバックの前に自ら膝を折った。
「シュバック・・・・・お前は甘いと言うだろうが、私はお前の命を奪うことは出来ぬ」
「・・・・・兄上・・・・・」
「生きていれば、また笑って会うことも出来るだろう」
「・・・・・私は、兄上の家族を、殺そうと・・・・・」
「弟の暴走を諌めることはあっても、憎いとまでは思わないわ、シュバック」
「・・・・・」
「あなたのしたことは正しいことではないけれど、ローランのしてきたこともまた正しいものではない。あなたのように厳しい忠言者
がいなければ、子供達はまた間違った方向へと進むかもしれない。シュバック、どうか子供達を助けて。あなたの国を愛する心を
教えてやって欲しいの」
カーロイと同様、シュバックの前に跪いたジェシカが、床に着いたその手に自分の手を重ねて言った。
「・・・・・」
(どうだろうな・・・・・)
兄夫婦の想いが、この男に通じるかどうかはラディスラスにも分からない。信じたいとは思うが、人の心や性格というものはなかな
か変わらないと思う。
ベニート共和国国王夫婦の、温情ある・・・・・しかし、甘い判断がこの先この国に再び不穏の種を生まないように、今度は次
期王としての自覚を持ったはずのローランとユージンが見張るしかないだろう。
(厄介なものだな、高貴な身分の人間は)
自分は身分も何もない身軽な身体で良かったと思った。・・・・・いや。
「・・・・・」
ラディスラスは自分の隣に立つ珠生を見下ろす。
目の前の光景に自分まで泣きそうになっている姿を苦笑して見ながら、自分にはこいつがいたなと思い直した。
(案外、身分よりも重たいものかもしれないが)
それでも、この重みがないなんて、今更考えることは出来ない。
ラディスラスは珠生の肩を抱き寄せると、まだ何事か話し合っている王族達の姿を黙って見つめていた。
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