海上の絶対君主




第四章 愚図な勝者 〜無法者の大逆転〜


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※ここでの『』の言葉は日本語です






 衛兵がシュバックを捕らえて立ち去った。
仮にも現王の実弟である男を離籍し、離宮へ幽閉するとなると、かなりの書類の種類や根回しが必要だが、父は甘んじてそれ
を自分の手で進めると口にした。
 全てが願った結果といっていいのかどうか・・・・・兄ローランが改心してくれたのにはもちろん嬉しいが、幼い頃に可愛がってくれた
叔父の裏切りは、やはりユージンの心に深い影を落としてしまった。
 「・・・・・で、どうするんだ?」
 そんなユージンに、ラディスラスが言った。
 「・・・・・感謝する、ラディ。お前のおかげで我が国は救われた」
 「おいおい」
静まり返った雰囲気を壊すかのように、ラディスラスは肩を竦めて笑ってみせる。
 「俺達はそんな大それたことはしていない。ミュウの為に医者を紹介してくれたお前に礼をする為に、少し兄弟喧嘩に手を貸し
たまでだ。感謝される方が、また借りが出来たみたいで嫌だね」
 「ラディ・・・・・」
 それがラディスラスらしい言葉だったので思わずユージンも笑みを浮かべたが、横から厳しい口調で声を挟んできたのはローラン
だった。
 「ユージン、お前は今回の始末をどう着けるつもりだ」
 「始末、ですか」
 「そうだ。まだ国中には知られていないとはいえ、この王宮内と港の方では騒ぎが実際に起こっている。この者達は金や財宝を
狙う盗賊として、この後ずっと追われることになるやもしれぬぞ」
 「・・・・・」
 そう言った兄の視線が珠生の方へ向かったので、ユージンも思わず同じ方へと眼差しを向けた。
確かに兄の言う通り、今回のことが全てユージンとラディスラスが仕組んだ芝居だということは臣下達は誰も知らず、このままラディ
スラス達を解放しても、ベニートの兵士達が捕縛に向かうことが考えられた。
(私は自分のことしか考えていなかったが・・・・・このままではあまりにもラディ達の危険度は大きいままだ)
 「ラディ」
 「ちょっとどうにかしないといけないかもな。今頃海では俺達の仲間とそっちの兵士が睨み合ってるだろうし。まあ、俺達は海賊だ
から追われることには慣れているが」
 「・・・・・」
 たとえそうだとしても、何の落ち度も無い今回の件でラディスラス達がそんな目に遭うのは申し訳が立たない。
 「兄上・・・・・」
 「・・・・・」
ユージンが兄と顔を見合わせた時、暢気な声が割って入ってきた。
 「練習ってことにすれば?」



 珠生はユージンとローランがどうして難しい顔をしているのか分からなかった。
(仲が良くなったらそれでいいと思うけど)
元々、珠生達は本当にこの国から金や宝石を奪うことは考えていなかったのだ。身内が犯人(そういう言い方が妥当かどうかは分
からないが)だったユージン達はショックだろうが、それは本人達が乗り越えなければならない問題だろうし、後は自分達がここから
立ち去れば全てが終わるはずだった。
 「タマ、練習ってな」
 「だって、おーひさま生きてるし、悪い人捕まったし。後は、俺達帰るだけ」
 「・・・・・まあ、最終的にはそうなんだが」
 「おーひさまと、ラディと、ローランがいっしょ出て、にこって笑って手を振ったらいいんじゃない?」
何を考えることがあるのかと、珠生は悩んでいる他の人間の方が分からなかった。



(練習・・・・・ね)
 珠生の発想には何時も驚かされる。
ラディスラスは、所詮海賊の自分達は他の罪名を被っても構わないと思っていたし、ユージンやローランはどうやってこの騒動の収
集を付けるのか悩んでいたが、結局珠生の言ったことが一番手っ取り早くて確実のような気がした。
 「・・・・・演習ってことにすればどうだ?」
 「演習?」
 「普段戦い慣れていないこの国の兵士達に、いざという時の訓練を定期的に行うって感じに。忍び込んできた俺が言うのもおか
しいが、確かにこの国の兵士は少し人が良すぎるし、血とか、爆発とか、そういう場面が無い方がいいのも分かるが、慣れていた
方がいいんじゃないのか?」
 「・・・・・」
 それは自分達でも思っていたのか、ユージンもローランも眉間に皺を寄せるものの反論はしない。
そんな2人に向かい、今まで黙っていた王がゆっくりとラディスラスの方へと歩み寄りながら言った。
 「ローラン、ユージン、今回のことはこの者達の好意に甘えさせてもらおう」
 「父上」
 「ラディスラス、私は海賊という生業を肯定するわけではないが、この度のそなたの行動と勇気には、心から礼を言う。私の息子
達を救ってくれて、ありがとう」
 「王・・・・・」
 ラディスラスの手を握り、頭を下げるカーロイ。
その潔さに、ラディスラスは自然と片膝を着いて頭を下げた。
 「その言葉、生涯の宝と心に留めおきます」
海賊などに礼を述べてくれたカーロイの気持ちが嬉しかった。



       


 「この通り、母上はご健在だ!!」
 即位式の時などに使う大広間の全ての扉を開け放ち、溢れるほどの兵士や召使い、そして重鎮達を招きいれたローランは、に
こにこと笑って傍に立つ母、王妃ジェシカと、今は素顔を晒しているラディスラスを振り返りながら言った。
 「今回のことで、私は我が国の脆弱な部分を確認した。確かに、我が国は武力を前面に押し出している国家ではないが、これ
程繁栄している今、何時外敵が襲ってくるやも知れぬ。そのための心構えを、これからは私が先頭に立ち、皆と共に学んで行こう
と思っている!!」
 歓声が沸いた。
王妃の無事と、皇太子の力強い言葉に、涙ぐむ者までいた。
 しかし、ローランは向けられる眼差しの中に、厳しい光があることも十分分かっている。それは叔父シュバックに付いていた者達
だけではなく、それまでのローランの所業に苦言を呈してきた者達もだ。
(長年の放蕩のツケはかなり大きいものだろうな・・・・・)
 父やユージンが自分を王へと推しても、反対する者は確実にいるだろう。それでも、彼らをきちんと説得し、皆の賛同を得た上
でないと、自分には王になる資格はない。
 「ラディスラス」
 ローランが声を掛けると、ラディスラスはにっと目を細めて笑う。
その鮮やかな変貌に、召使いの女達の中で歓声が上がった。
 「俺の演技はなかなか良かっただろう?国を大切に思う王子達の強い要請で悪人役を買って出たが、実は俺って結構小心者
なんだ。ここを出る時は、どうか追いかけてこないで貰いたい」



 遠くから歓声が聞こえてくる。
珠生はブスッと頬を膨らませたまま、目の前の様々な種類のザビアを片っ端から口にしていた。
肉詰めのもの、魚を使ったもの、野菜のもの、甘い果物のもの。
 王宮の料理人が作っているだけに、様々な美味しい味のものが並んでいるが、どんなに美味しい物を食べても珠生の曲がった
ヘソは直らない。

 「お前は顔を出すなよ。大人しく、腹いっぱい美味しいもの食ってろ、いいな?」

(どうして俺もいちゃ駄目なんだよ!)
 誤魔化す方法の案を出したのは自分なのに、ラディスラスは姿を見せるのは駄目だと珠生に言った。
今ここには、珠生と、まるで自分のお守を任せられたようなアズハルとイアンが一緒に食事をしている。
 「タマ、美味しいですか?」
 「・・・・・おいし」
 「じゃあ、もっと笑ってください。私は美味しい物を美味しそうに食べるタマが好きなんですから」
 「・・・・・うん」
 腹が立つのはラディスラスで、アズハルやイアンに少しも怒っているつもりは無い。
上目遣いにアズハルを見つめた珠生が再び手を動かし始めたのを見て、見つめていたアズハルとイアンが明らかに安心したような
表情になった。
(何だよ、俺が子供みたいじゃん)
悪いのは、全てが解決する場に自分を同行させてくれなかったラディスラスなのにと思いながら、珠生は黙々と出来たてのサビアを
口にしていた。
(でも・・・・・美味しいんだよな〜)