海上の絶対君主
第四章 愚図な勝者 〜無法者の大逆転〜
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※ここでの『』の言葉は日本語です
それより、少し前 ---------------- 。
フカフカのベッドの上に横たわっていても、珠生はまだ怒っていた。
なかなか収まらない怒りの原因が何だったのかと、だんだん自分自身でも分からなくなっていたが、それでも・・・・・・許してやらない
という思いは強く残っている。
しかし、広い部屋の中に1人きりでいるのはこの世界に来て初めてで、シンと静まった空気を肌で感じているうちに、珠生の心の
中に僅かな不安が生まれてしまった。
「・・・・・いるよな」
(みんな、ちゃんと部屋にいるよな・・・・・?)
この城の中に、自分1人が取り残されてしまったかのような不安。
狭くて固い船の中の寝台で寝ることにようやく慣れていた身体は、あまりにも高級な布団に違和感だけを摘み取って珠生に伝え
てくるのだ。
「・・・・・」
怖くて眠れないなど、まるで小学生の子供のような気もするが、それでも生まれてしまった不安の芽は心の中でドンドンと育って
くる。
もう、夜も遅く、ラシェルやイアンの元に行くのは悪いなと思うものの、アズハルならきっと、笑いながら自分を受け入れてくれるだろう
と思う。優しい微笑を湛えながら、珠生のラディスラスへの悪口も聞いてくれて、一緒に横になってくれるだろう。
船の中のベッドはかなり狭いが、この城のベッドは大人が2、3人はゆったりと眠れるほどに広く、邪魔になるはずはないと思うも
のの・・・・・。
「・・・・・」
珠生の頭の中に最初に浮かんだ面影。
それは、優しいアズハルではなかった。
「・・・・・広くて、怖いよ。ラディ、一緒に寝ていい?」
断って欲しくないと、その眼差しに思いを込めて見つめていると、ラディスラスは直ぐに部屋の中に招き入れてくれた。
(・・・・・良かった)
寝る前の珠生の態度に怒って、1人で勝手に寝たらいいと言われたらどうしようかと不安でたまらなかったが、ラディスラスは自分の
ように根に持つタイプではなかったようだ。
「そんな薄着で、寒くないか?」
「・・・・・うん」
「ほら」
「・・・・・うん」
部屋には入ったものの、本当に怒っていないのかなと、足がなかなか動かなかった珠生の手を掴んでくれたラディスラスは、そのま
ま奥のベッドの方へと引っ張って行ってくれる。
「夕食は結構食べていたと聞いたが・・・・・腹は減っているか?」
「・・・・・ううん」
「・・・・・」
「・・・・・」
「タマ?」
「ラディ・・・・・怒ってない?」
あんな理不尽な(自分でも分かっている)怒り方をした自分に、どうしてこんなに優しくしてくれるのだろうか?
珠生は思わずラディスラスの腕を掴むと、そのままグッと引っ張ってベッドにと押し倒してしまう。
「おい」
「呆れてる?」
ベッドに仰向けになったらラディスラスの腹の上に跨るようにして顔を覗き込んだ珠生は、あまりにも普段と変わらないラディスラスの
態度に少しだけ不安を感じていた。
(もう俺のこと・・・・・好きじゃないのかな)
何度も何度も、好きだと言われ、キスをされてきたから、珠生の心の中ではとっくにラディスラスは自分のものだと思ってしまってい
たが、あまりにも理不尽な言動(それも分かっている)をする自分に呆れ、恋愛感情ではなく、手の掛かる弟を見るような意識に
切り替わってしまったのではないか。
男同士の恋愛なんて有りえないと自分自身で打ち消してきたくせに、いざラディスラスの目が自分を見なくなってしまうと思うと怖
い・・・・・。
珠生は我が儘な自分自身の気持ちを持て余しながらも、じっとディスラスの返事を待っていた。
(いったい、何を考えてるんだ?)
ラディスラスは下から珠生を見上げながら、漏れそうになる溜め息を何とか押し殺した。
どこをどう考えて、《呆れられている》と思ったのかは分からないが、今の珠生がかなりしおらしく自分の返答を待っているのはよく分
かる。
怒ってはいない。だが、確かに自分の気持ちを分かってくれない珠生に焦れたのも事実で、ラディスラスは少しだけ意地悪をした
くなってしまった。
「どうかなあ」
「ラディ・・・・・」
「タマは、俺のことをよくエロエロ大王とか言うだろう?でも、俺はタマ限定で手を出したい。嫌だというタマに手を出せない辛さって
分かるか?」
「・・・・・」
「まあ、怖いのは分かるけどな、怖いのは」
「・・・・・怖いって、言ってない」
珠生の表情が、不安からムッとしたものに変化した。
男として、そちら方面で情けないと思われるのはさすがに嫌なのかもしれない。
(たった今、怖いから一緒に寝たいって言ってきたくせに・・・・・)
ラディスラスは今にも笑ってからかいたくて仕方がなかったが、もう少し珠生を苛めようと、わざと眉間に皺を寄せてふ〜んと冷たく
相槌をうった。
「怖くないのか、タマは」
「当たり前だろ」
「・・・・・じゃあ、このまま俺に口付け出来る?」
「え?」
「それくらい、大人のタマなら簡単だよな?」
(さて、どういう返事を聞かせてくれるかな)
何時ものようにエロエロ大王と怒鳴って部屋を飛び出していくか、それとも出来ないから許してと涙目で訴えてくるか。
(・・・・・う、ヤバイ)
泣き顔の想像と、今実際に腹の上に座っている珠生の尻の感触に、ラディスラスは思わず下半身が反応しそうになるのに、慌て
て珠生から顔を逸らしてしまった。
(キスしろっていうのか?)
なんだか、ラディスラスの罠に嵌ったような気がした珠生は、眉を潜めてその顔を睨もうとした。
しかし、
「・・・・・っ」
その直前に、ラディスラスの方から視線を逸らされてしまい、珠生は思わずあっと漏らしそうになった声を慌てて噛み殺してしまう。
(じょ、冗談じゃ、なかったり・・・・・して?)
もしかしたら本当に、ラディスラスは珠生に呆れているのだろうか・・・・・そう思ってしまうと悔しくて、もう一度自分のことを見て欲し
くて、珠生は反射的にラディスラスの両頬をバシッと両手で掴むと、
「おい、タ・・・・・」
何か言い掛けたラディスラスに構わず、そのままキスを仕掛けた。
「ん・・・・・っ」
男同士でも、唇の柔らかさは女のそれと変わらない。
今まで何度もキスをしてきたので、舌を絡めるキスだってドンと来いだと思っていた珠生だったが、自分主導に仕掛けたはずのキス
は何時の間にかラディスラスの思いのままになってしまって・・・・・。
「ふ・・・・・んっ」
舌を吸われ、口腔内を舐められ、息も出来ないほどにディープなキスを貪られてしまった珠生は、ようやく解放された時にハアハ
アと激しく息を吸った。
「タマ」
濡れたラディスラスの唇がちょっとエッチで、珠生は思わず目を泳がせたものの、それでも口調だけは偉そうに言う。
「ま、参っただろ」
「・・・・・参った」
なぜか、ラディスラスは苦笑しながら、下から腕を回して珠生の体を抱きしめてきた。
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