海上の絶対君主
第四章 愚図な勝者 〜無法者の大逆転〜
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※ここでの『』の言葉は日本語です
一向に収まらないラディスラスと珠生の言い合いをしばらく眺めていたイザークだったが、話が進まないと思ったのかラシェルに問い
掛けてきた。
「王子はどちらにいらっしゃるんだ?」
「ここにはいない。隣の港町だ」
「隣?」
それがどうしてなのか、ラシェルも事情を話すわけにはいかなかった。しかし、イザークはどうやらそこに疑問は抱かなかったようで、
どうするかと腕を組んでいる。
「船だと1日で行けるが、馬を使えば2日以上は掛かるぞ」
「そうか・・・・・では、部下に船を出させるか」
「・・・・・お前が?私用で?」
「こういう時に使えない地位などいらんだろう」
そう言ってラシェルを見て口角を上げるイザークの表情など初めて見た。
ラシェルの中のイメージでは、イザークは堅物と言われていた自分よりも真面目で、隊員達の休憩時間さえ厳しい規律を設けた
方が良いとラシェルに訴えていたくらいだった。
そんなイザークが、自国の王子とはいえ今はその立場も追われて追っ手がいるような相手のもとに向かうのに船を使うなど、とても
信じられない判断だ。
(・・・・・少しは、変わったのかもしれないな)
全く交流が無かった期間、自分が海賊になったように、ジアーラ国に残ったイザークの心の中でも様々な変化があったのかもし
れないと思えた。
よほど早くミシュアの無事な顔を見たいと思ったのか、ラシェルからミシュアの静養している家の場所を聞き出したイザークは行っ
てくると言った。
(はいはい、行って来い)
ラディスラスは直ぐにうんうんと頷いたが、珠生は残念そうに溜め息をつく。
「せっかく会ったのに・・・・・残念」
「・・・・・」
それは、それ程深い意味を持って言ったわけではないだろうというのはラディスラスも分かっている。それでも自分の前でイザークを
手放しに褒めたり、別れに寂しいと言う珠生の姿を見ているのは面白くない。
ただ、ラディスラスにも矜持があるので、表面上は・・・・・特にイザークの前では、今にもさっさと行けと蹴りが出そうな気持ちを抑え
て、珠生に向かって大人の顔をして言った。
「タマ、こいつも早くミュウの無事な顔を見たいんだ。早く行かせてやれ」
「あ・・・・・そっか」
単純で素直な珠生はそのラディスラスの言葉に直ぐに同意し、イザークを振り返ってバイバイと手を振ってみせる。
「さびしーけど、またね」
「・・・・・休暇は限られているし、早く王子のご無事な姿を拝見したいし」
「うん」
「だが、任務に戻る前にもう一度会いにくる。タマ、その時は美味い菓子でもご馳走しよう」
「ホントッ?ありがと!」
「・・・・・っ」
(こいつ、タマの操縦法を知ってるな・・・・・っ)
美味しい食べ物を与えれば懐く。
もちろん、どうしても嫌な人間はいるだろうが、それでも基本的に人を疑わない純真さというか・・・・・言葉を変えれば能天気な面
もある珠生に、美味しいものという言葉は禁句だ。
「・・・・・」
珠生の後ろで眉を顰めているラディスラスに視線を向けたイザークは一瞬目を細めると、ポンと珠生の頭に手をやってから一同
に背を向ける。
「気をつけてね!」
「ああ」
「・・・・・」
(もう来るな)
ラディスラスは心の中でそう毒づいた。
思い掛けない再会があったが、ラシェルの表情には安堵の色が広がっているように見えた。
やはり仲間として、ミシュアの容態をきちんと自分の口で説明出来て良かったのだろう。
(美味しいものか・・・・・楽しみ)
珠生も、今回の作戦が終わった後の楽しみが出来たような気がして嬉しかったが、そんな浮かれていた珠生の頭を小突いたの
はラディスラスだった。
「顔崩れてるぞ、引き締めろ」
「なんだよ、それ!ちゃんと真剣な顔してるよ!」
今から珠生達はユージンと待ち合わせをしている店に向かう。
示し合わせた時間はまだ先だが、先に腹ごしらえをしようとラディスラスが言ったのだ。
「人の顔のこと言うなよな!」
「はいはい」
相変わらず機嫌は良くないようだが、珠生も自分から話し掛けるのは悔しくてプイッと顔を背ける。
(・・・・・あれ?)
すると、背けた視線の先に、珠生は見覚えのある顔を見たような気がした。
「タマ?」
「どうした?」
今までの珠生と雰囲気が変わったことに直ぐに気付いたらしい4人が、珠生が見ているのと同じ方向に視線を向ける。
次の瞬間、ラディスラスがあっと小さく呟いた。
「兄貴の方だな」
「兄貴って言うと、ユージンの・・・・・皇太子ですか?」
「あ、そっか」
(俺とラディ以外は、お兄さんに会ったことないんだったっけ)
その自分達も町で偶然会っただけだ。
「そう、ローランっていって、ほら、今酒場に入った奴」
「・・・・・似てないですね」
アズハルの言葉に珠生は強く頷いた。珠生も初対面で会った時、全く容姿の異なるユージンと一緒にいた男が兄弟だとはとても
考えられなかったからだ。
(でも、血が繋がってないんだよな)
ラディスラスから聞いた経緯を考えれば、片親だけではなくそもそも血筋が違う2人の容姿が全く異なるのは当たり前だろうというの
も分かる。
「顔はな。だが、持ってる雰囲気は共通しているぞ」
「・・・・・」
(・・・・・うん、ラディの言うとおり、かな)
この国の民族の特徴なのか、色素の薄いユージンとは若干違うものの、似通った茶色い髪と瞳を持ったローラン。少し硬質な
感じがする男っぽい容貌のローランはユージンとは静と動、まるで正反対だ。
それでも、王族として、特に次期王としての教育を受けてきただろうローランと、生まれた時から高貴な血筋のユージンは、共通
するものがあった。
「また遊びに出ているということですか」
「・・・・・いや、違うかもな」
「え?」
「あの酒場は女はいないはずだ。もしかしたら・・・・・情報集めかもしれない」
「じょーほー?」
「ユージンに種をばら撒いてもらってるから」
「なに言ってんのか分かんないよ」
ラディスラスの言葉はあまりにも抽象的で、珠生はなかなか理解が出来ない。
ここまできて自分が分からないというのは悔しくて、珠生はラディスラスの服の裾を掴んで引っ張った。
「せつめーして!」
秘密は許さないぞと睨み付けると、ラディスラスも隠すつもりはないようで、珠生の頭を撫でながら直ぐに答えてくれた。
「この海域で不審な動きがある。警備体制を見直した方がいいってな」
「・・・・・そんなのしたら、だめじゃん」
警備が厳しくなったら容易に動くことが出来なくなるかもしれない。
(ラディ、いったい何を考えてるんだ?)
わざわざ自分達の行動を狭めてしまうようなことをなぜ言うのかと珠生は非難する視線を向けるが、ラディスラスにはまた別の考え
があるようだった。
「その情報を教えているのはローランだけだ。周りの誰もそんな情報は聞いていないから動かない。ローランはどんなにじれても、
今は放蕩者を装っているからまともな命令も下せない。そうなったらどうすると思う?」
「・・・・・どうする?」
「自分で動いて現状を把握するしかないだろう。酒場という場所も自分の行動を誤魔化せるし、外海から来る船乗りの情報も
聞ける。ユージンの言うとおり、馬鹿じゃないな、あいつ」
そう言ってニヤッと人の悪い笑みを浮かべたラディスラスを、珠生は眉間の皺を消せないままに見つめた。
(本当の悪人に見えるって、ラディ)
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