海上の絶対君主
第四章 愚図な勝者 〜無法者の大逆転〜
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※ここでの『』の言葉は日本語です
ラディスラスの言葉を考えれば、あの店の中でローランは何らかの情報を得ようとしているらしい。
(何だろ・・・・・どんな顔してんのかな)
珠生の中のローランのイメージは、少し気難しい感じだがそんなにも悪い人物ではなかった。そこに菓子をご馳走してくれたという
前提が付いてしまうのは仕方が無いが。
(ちょっと、覗いてみたいかも)
「ラディ、行こ!」
「タマ?」
「早く行かないと、話し聞けない!」
ラディスラスの腕を引っ張って店へと向かおうとするが、そんな珠生の力にもびくともしないラディスラスは駄目だと言下に却下して
きた。
「どーしてっ?」
「あっちは俺達の顔を知ってるだろ?」
「・・・・・だって」
「そうだな。ラディとタマは用心の為に行かない方がいいかもしれない」
ラディスラスの言葉に賛成するように言うラシェルを、珠生はじっと睨むように見上げる。
せっかく、刑事や探偵の気分になっていたのに、あっさりとラディスラス達に否定されて面白くなかった。
(俺なんか、ラディ達よりも絶対完璧に情報収集出来るのに・・・・・っ)
伊達に刑事物の二時間ドラマを見てきたんじゃないと、珠生は口の中てブーブー文句を言う。
「じゃあ、頼むぞ」
「ええ。後で」
そんな珠生の様子を見ているはずなのに、一行はさっさと話を決めてラシェルとアズハルとイアンはローランの入っていた酒場に向
かった。
「さて」
そして、ラディスラスは珠生を見下ろして笑う。
「久し振りの逢瀬だな」
「オーセ?」
(意味分かんないって)
出来れば自分の目で耳で、ローランがどういった行動を取るのか確かめたいとも思ったが、今少しでも危ない橋は渡ることは出
来なかった。
(始まる前に終わってちゃ元も子もない)
とにかくまだ、ユージンと自分と、怪情報が通じていると思われてはならない。せめて顔を見られても仕方が無いのは、王宮内に
忍び込んでからだ。
(それをタマに説明しても・・・・・まあ、分からないことは無いだろうが・・・・・)
珠生もそれ程子供ではなく、きちんと説明すれば分かってくれるだろうが、それと感情とはけして比例しているものではない。
自分がしたいことを頭から否定されて腐る気持ちも分からないではないので、ラディスラスは珠生の機嫌を取る為にわざと明るく切
り出した。
「俺達は少し時間が空いたな。ユージンと会う前に何か食べるか?」
「・・・・・ラディ、ごまかそー思ってる」
「え?いや、俺はお前が腹が減ってるだろうと思っただけだって」
「・・・・・俺だって、お腹減らないこともある。ラディは俺を子供思ってるな」
「・・・・・」
(どうやら、相当ご機嫌斜めらしいな)
そうでなくても、以前珠生になかなか事情を説明しなかったこともあり、また自分に内緒で何かしようとしているのではないかと怪
しんでいるのだろう。
ラディスラスは何も企んでいないと、珠生に説明するしかなかった。
「本当に、今は俺達の顔を見せる時じゃないんだ。タマ、お前だって今回の作戦が初っ端から失敗したら面白くないだろう?大
丈夫だって、直ぐにお前の力が必要な時が来る」
「・・・・・いつ」
「ん?」
「いつ必要?」
「・・・・・」
(突っ込むなあ、タマ)
口から出まかせは許さないと、キッと唇を引き結んで視線を向けてくる珠生に、取り合えずでも何か役割を持たせなくてはならな
いかもしれない。
ラディスラスは一瞬考え、直ぐに思い付いた様に言った。
「お前には重要な役割があるぞ、誘導役だ」
「ゆーどー?」
「そう。俺達が王宮内に忍び込む時、衛兵達を撹乱する重要な任務だ。な?お前もその任務を全うしたいだろう?」
・・・・・嘘ではない。
本当に、ラディスラスは王宮に忍び込む時に珠生にも働いてもらおうと思っている・・・・・が、もちろん、単身で武器を持っている衛
兵達に向かわせるのではなく、文字通り、騒いで衛兵の注意を引く役だ。
そこにいるだけでも目立つ珠生だが、ぱっと見ただけでは相手も警戒心を抱かない容姿をしている。そんな珠生には門番達を引
き付けてもらうのだ。
(一瞬でも、視線を奪えたらいい。後は俺達が動くし、鍵はイアンが開けるだろう)
言わば、囮の役割だが、それでも重要な存在だ。
「お前がいなくては始まらない。その時に嫌って程働いてもらうから、取り合えず今はゆったりしてろ、いいな?」
「・・・・・じゅーよーか・・・・・」
「そう、重要だ」
「うん、分かった」
真面目に説明してくれたラディスラスに納得したのか、珠生はこくんと頷くと笑った。
「やっぱり、俺がいなくちゃなー」
「やっぱり、俺がいなくちゃなー」
(力だけじゃ駄目なんだよな、頭脳戦だよ、頭!)
確かに自分は非力で、ラディスラスやラシェルにははるか及ばず、アズハルやもしかしたらイアンにさえも腕力では負けてしまうかも
しれない。
しかし、それに反比例して自分には知識がある。
(大学生を舐めるなよー!)
たとえ、この世界に来る以前まで、たった数ヶ月の大学生生活だったが、受験だってちゃんと乗り越えたのだ、ラディスラスが考え付
かないような作戦をきっと立てられる気がする。
「あー、お腹へった」
自分の位置を確認出来て安心した珠生は、途端に腹が減ったのを自覚した。
そうでなくても日が暮れ始めた港町では様々な屋台が出ていて、美味しそうな匂いがそこかしこから漂ってくるのだ。
「ラディ、お腹へった?何か食べたい?」
自分だけでは悪いなとラディスラスに聞いてみると、引き締まった腹をポンポンと叩きながらラディスラスは頷いた。
「ああ、さっきから腹が減って死にそうだ」
「そっか。じゃあ、何か食べよ」
ラディスラスの腹が減っていては大変だと、珠生は早速その腕を掴むと人混みの中を歩き始めた。
「あわわっ」
小柄な珠生は直ぐに人の波に押し流されそうになってしまうが、そこは後ろを歩くラディスラスがいい防波堤になってくれる。
歩くたびに女の視線が纏わり付いてくるのは鬱陶しいが、そんな彼を従えているという気分はなかなかに良かった。
(ラディがカッコいいのは認めるけど、残念でしたー)
ラディスラスが見ているのは自分だけだと確信している珠生は、チラッと後ろを振り返って見る。
「ん?」
その視線に直ぐに気付いたラディスラスは、多分・・・・・いや、きっと自分のことを見ていたのだろう。そうでなければ、振り向いた
瞬間に目が合うなんて考えられない。
(外なのに・・・・・嫌だなあ)
見る者が見たら分かる視線じゃないのかと思うが、珠生の頬からは笑みは消えない。
「どうした、可愛い顔して」
「・・・・・かわいーじゃない、カッコいい、だろ」
「ああ、そうだったな、タマはかっこいい」
全く珠生に反論しないラディスラスは、人波に押されそうな珠生を庇いながら辺りを見回した。
「ほら、何が食いたいんだ?気になる物があったら言えよ?」
「うん、ラディもね」
「俺が食いたいものは他にあるからなあ」
「え?何?」
「秘密」
「えーっ、それって気になる!教えろ!」
「だーめ。ほら、あの店はどうだ?タマの好きな甘辛いタレをまぶした肉だぞ?クムの肉だ、柔らかくて美味いはずだ」
「ほんとっ?」
直前の会話を食べ物の話題で誤魔化されてしまったことに珠生は全く気付かない。
ラディスラスの指差した屋台に視線を向けた珠生の後ろでラディスラスが苦笑したことなど・・・・・知る由も無かった。
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