海上の絶対君主
第四章 愚図な勝者 〜無法者の大逆転〜
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※ここでの『』の言葉は日本語です
ユージンとの待ち合わせの店にやってきた時、珠生は既に屋台の買い食いでお腹が一杯になっていた。
「う・・・・・もう、食べれない・・・・・」
「じゃあ、お前は何も要らないのか?」
注文を取りにきた若い女に愛想よく酒と摘みを注文していたラディスラスにそう言われた珠生は、要らないかと言われれば気になっ
てしまって、思わず店の中を見回した。
「何おいし?」
「入るのか?」
「甘いものはベツバラ」
きっぱりとそう言い切った珠生に呆れたような視線を向けてきたものの、ラディスラスは幾つかの果物と甘いサビアを頼んでくれた。
「・・・・・」
(まだ来てないな)
ユージンの姿はまだ無く、先程兄ローランの後を追って行ったラシェル達もまだ来ていない。
この店は酒場というよりは食事処といった感じで、女の姿もまばらだが、珠生は自分のことを気遣ったラディスラスがこの店を選ん
だということには気付かなかった。
「ね、ラディ」
「ん?」
「ユージンのお兄さん、どーして王様にならないんだろう?」
「・・・・・臣下の息子だからな。王に跡継ぎがいないのならばまだしも、ユージンというそれなりの王子がいるんだ、向こうに王位を
譲りたいと頑なに思い込んでいるんだろう。俺からすれば、頭の固い奴だけどな」
「そーだよなー。俺だったら直ぐに王様になっちゃうけど」
ずっと本当の親だと思っていた相手が、実は自分が仕えるべき相手だった・・・・・そんな真実を知った時のローランの衝撃は珠
生には想像出来ないものだ。これが、一般の家の話だったらまた違っていたのかもしれないが、さすがに一国を背負う王家の事情
というのはなかなかに複雑なのかもしれない。
「タマが王かあ・・・・・大丈夫かな」
「なんだよ、それ」
「きっと、王以下国民皆食べることにばかり夢中で、楽天的な国になりそうだからさ」
「・・・・・いいじゃん、楽しそう」
珠生は唇を尖らせたものの、自分の方へと運ばれてくるサビアの皿を見て、たちまち意識はそちらに向かってしまった。
ラディスラスが2杯目の酒を飲み干し、珠生が皿の半分のサビアを平らげた時、ようやくラシェル達3人が店にやってきた。
そうでなくてもラディスラスと珠生は店の中では浮いた感じであったが、そこに更なる美形のラシェルとアズハルが揃うと、その一角は
注目の的になってしまった。
ラディスラス達はそんな視線には慣れているので一切無視が出来たし、珠生はまだサビアを攻略するのに夢中で店の雰囲気が
変わったことに気付いていない。
さすが珠生だと笑いながら、ラディスラスは今来た3人に酒を勧めた。
「どうだった?」
酒が運ばれてくると、ラディスラスは早速切り出した。
ユージンが来てしまう前に、事情は全て把握しておきたい。
「ラディの言った通り、船員に色々聞き込んでいましたよ」
「具体的には?」
「この辺りの海域に怪しい動きをしている船はいないか。それと、この港でベニート国民以外の目に付く集団はいないか」
「・・・・・」
「陸の国境のことは聞いていなかったですね。狙われるとすれば海からだと思っているんじゃないでしょうか」
「・・・・・まあ、馬鹿ではないようだな」
ローランが聞いていることは、馬鹿正直といえるくらいの一直線な質問だ。
怪しい船と、怪しい人間。いかにも何か有りそうだと言っている感じではあるが、聞かれた人間も質問を曲解しない単純な海の
男達だ。聞かれたことに隠す理由も無く答えただろう。
「実際、怪しい動きなんかあるはずが無いので、男達もそう答えていたようですが、どうやら兄の方は弟のことを信用しているらし
く、弟がもたらした情報を全て打ち消すことは出来なかったようです」
立ち去る時に気難しい顔をしていたと聞くと、ラディスラスはしてやったりというように笑みを漏らした。
「第一段階は成功ってとこだな」
「真面目そうな方でしたよ。彼のどこが放蕩者なのかと思えるほどに」
アズハルが呟いた。
「多分、自国の人間がいなかったので、元々の性質が表に出たのかもしれませんが」
「慣れない遊び人を何年も装ってるんだ、相当に意志が強いというか・・・・・」
「ガンコオヤジ?」
「「「「・・・・・」」」」
いきなり、今まで全く話を聞いていなかった様子の珠生がポツリと呟くと、4人はいっせいに黙り込んでしまった。
一国の王子を、言下にそう言い切れる人間はそういない。
「あれ?違った?」
「・・・・・オヤジは可哀想だろう、タマ」
「そう?」
首を傾げる珠生は、どこがおかしいのか全く分からないようだった。
ラシェル達がやってきて少しして、ユージンが相変わらず飄々とした笑みを浮かべながら店にやってきた。
既に店にいた珠生達の姿を見付けてやあと手を上げるが、今は約束の時間からかなり経っている。先ずは自分達に謝るべきで
はないかと、珠生は椅子から立ち上がるなり言った。
「ごめんなさいはっ?」
「ん?」
「遅い!チコク!ごめんなさい言って!」
「ああ、悪かったね。そこで可愛い女の子に引き止められて、ほら、女の子を振り切るなんて出来ないだろう?」
「あ・・・・・あんたねっ」
「可愛い男の子でも同じかな。タマに引き止められたら、どんなに急いでいても立ち止まってしまう」
「・・・・・・う〜・・・・・っ」
(こいつは、ちゃんと国の一大事だって自覚あるのかっ?)
珠生も人のことは言えないが、自分からこんなにも大きな問題を提起してきたくせに、少し自覚が足りないのではないかと思って
しまった。
更に突っ込んだ文句を言おうとした珠生だったが、ふと、ユージンの服の袖口から見えた物に目を奪われた。
遊び仕様なのか、ユージンの着ている服は上等な生地ながら華美ではない。袖口や首周りはゆったりとした感じだが、その余裕
がある袖口から見えたのは、白い・・・・・。
(包帯?)
「・・・・・っ」
「タマ?」
急にユージンの面前に駆け寄った珠生にラディスラスが怪訝そうに声を掛けたが、その声を無視した珠生はいきなりユージンの
腕を掴んだ。
「・・・・・っ」
僅かにユージンの眉が潜まったのが分かり、珠生は確信して左腕の服の袖口を捲り上げる。
「あ・・・・・!」
「・・・・・あ〜あ」
珠生の驚きの声と、ユージンの苦笑交じりの溜め息が重なった。
「どうしたんだよ!これ!」
「タマ、少し静かに」
「だって!」
「他にも人がいるから、まあ座って、ほら」
ユージンの言葉通り、店の中には何人もの客がいて、彼らは自国の王子であるユージンにチラチラと視線を向けてきていた。
その前から目立つ一行がどういった集団なのか気になっていたのだろうが、そこに自国の誇る王子が合流して、更なる興味を抱い
たのだろう。
「・・・・・」
そんな彼らの視線の意味がさすがに珠生も感じられ、大人しく自分の座っていた椅子に戻ると、先程よりも随分声を落として聞
いた。
「その怪我、どうしたんだよ」
今は再び服の下になってしまったそれ。しかし、その白い物が包帯(この世界ではなんと言うのか分からないが、どう見ても包帯
だ)であったことは見間違いではなかった。
「ちょっと」
「ちょっと?」
「どうやら、国の転覆を企てているのは私達だけではないらしい」
口元に笑みを湛えたまま、ユージンの視線はラディスラスへと向けられている。その視線に応えるようにラディスラスも厳しい視線を
返していて・・・・・。
(おいって、俺が見付けたのに!)
ユージンの怪我のことに気付き、それを指摘したのは自分で、本当ならユージンは自分に向かって説明をしてくれてもいいので
はないか。
自分を置いて話が進みそうな雰囲気を感じて、珠生はぐっと食台に身を乗り出すようにして口を挟んだ。
「テンプーって何のこと?」
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