海上の絶対君主




第四章 愚図な勝者 〜無法者の大逆転〜






                                                          
※ここでの『』の言葉は日本語です






 「父上には歳の離れた弟・・・・・私から見れば叔父上がいてね。叔父上は父上が兄上を引き取った時も、次期王と指名した
時もかなり強硬に反対されたそうだ。正真正銘の息子がいるのに何ということだとね」
 かなり踏み込んだ王家の事情を話しているというのに、ユージンの口調は飄々としていて、どこか他人事のように客観的に見て
いるように感じる。
しかし、ラディスラスはユージンがかなり感情を抑えているのではないかと思った。
海賊である自分に大それた計画を持ちかけるくらいだ、どんなに兄を愛しているのかは分かる。
 「穏やかな父上とは違って、叔父上は好戦的な性格で、それでも兄弟仲はそれ程悪くなかったと思うんだが・・・・・兄上が遊び
まわるようになってから叔父上の不満はかなり積み重なっていて、とうとう爆発されたようだ」
 「王は?大丈夫なのか?」
 「父上を先に暗殺しても、息子である私達がいたら次期王になるのは無理だ。だから、先ず私達の方を狙ったのだと思うよ。兄
上はちょうど出掛けられたのだが・・・・・」
 「さっき、見掛けた」
 「兄上を?」
 「ああ、ラシェル、さっきの話をしてやってくれ」
 頷いたラシェルがユージンに先程自分達が聞いた話をするのを聞きながら、ラディスラスは自分のたてた計画を頭の中でもう一
度考え始めた。
(まさか、本物の謀反者が出るとはな)
それも、王の弟だ。
ユージンの話からしても、その男がかなりの権力を持っているのではないかということは想像出来た。その男を出し抜いて、自分達
が偽の国家転覆を計ることは可能だろうか。
(無血・・・・・とは、いかないかもな)
 もちろん、そうしないようにするつもりだが、全くの無傷というわけには行かないかもしれない。
ラディスラスは視線を自分の隣に移す。大体の話は聞き取れたのか、珠生もさすがに難しい顔をして黙り込んでいる。
(・・・・・何を考えているんだか)
出来ればその頭の中を覗きたい気分だった。



(早い話が、ユージンの父さんも兄弟喧嘩してるってことだよな?男同士の兄弟ってそんなものなのか?)
 自分自身が一人っ子なので、兄弟という感覚が今一分からないものの、それでもユージンが兄のローランと喧嘩すると言ってい
るように、その父親も弟と喧嘩してる・・・・・そういうことなのだろう。
(人騒がせな家族だよな〜。喧嘩で相手を傷つけるなんて)
 「ねえ、ラディ」
 「ん?」
 珠生は、ラシェルと話しているユージンに聞こえないように声を落とした。
 「そのおじさんも、やっつける?」
 「・・・・・タ〜マ、言っている意味分かっているのか?」
 「分かってるよ!俺、兄弟いないからよく分かんないけど、やっぱりおにーさんに逆らうはダメだって思うよね〜。いっぱつ、ガツンっ
てやっちゃお」
 「簡単に言うなあ」
 「ラディ、簡単じゃない?」
ユージンの父親の弟ならば、どちらにせよラディスラスよりも年上だろう。若くて喧嘩慣れしていそうなラディスラスが簡単に負けると
は思わないのだが。
 「そんなに簡単に出来ればいいんだけどな」
 「・・・・・」
(あ、笑った)
どういう意味でラディスラスが笑ったのか、珠生には分からないままだった。



 珠生の言うように、一発食らわすだけで解決するのなら、それこそユージンは自分の力を借りようとはしないだろう。
複雑な王家の内情を一から説明しても、珠生の世界の常識と違えば理解するのはなかなか難しいかもしれない。
(取り合えず、タマにはそう思わせておくか)
 「・・・・・そうか」
 ちょうど、ラシェルの方も話が終わったらしい。
聞き終えたユージンの表情はどこか嬉しそうで、彼が兄を慕っているのはその表情だけでも十分に分かった。
 「兄上、動いてくださったのか」
 「それを狙ったんだろう?」
 「そうしてくれたら・・・・・とは、思ったけどね。実際に国を憂いて動いてくださったと聞けば、兄上は本当は何も変わられていな
いということが確信出来る」
 「結構な兄弟愛だな。・・・・・あっちは用心させなくて良いのか?」
 「今日、私の暗殺に失敗したばかりだから、直ぐに兄上を狙うとは思えない。それよりも、ラディ」
 「ん?」
 「本当に、いいのか?」
 「・・・・・何が?」
 「私がお前に話を持っていった時、叔父上のことは念頭になかった。だが、実際にこうして叔父上が動いていることが分かれば、
事情は少々複雑になってしまう。私も出来る限りお前達のすることに力を尽くすが、もしかしたら、叔父上のなさる罪をお前達が
被せられることも・・・・・。断るなら、逃げるなら今だよ、ラディ」
 確かに、冷静に考えればユージンの言う通りだろう。
以前は単に国を巻き込んだ(それも大変なことだが)兄弟喧嘩の加勢のつもりが、実際に王位を狙う人物の登場で、ラディスラ
ス達が関係の無い罪まで背負う可能性が出てきた。
 もしも、その伯父とやらが現王を倒し、その罪をラディスラスに被せたら・・・・・それこそ、首を取られるまで追われる羽目になる。
(断るのが、本当かもしれないがな)
 「お前は海賊というものを知らないな」
 「・・・・・」
 「俺達に逃げるという選択はない。決めたお宝は必ず奪うし、一度誓った約束は・・・・・どんなに事情が変わろうとも守ってみせ
る。それが海賊の意地だ」
 「ラディ」
 「いいな、ラシェル、アズハル」
 「もちろん」
 「決めるのは頭ですから」
自分の馬鹿げた選択に、それでもラシェルとアズハルは頷いてくれる。
そして・・・・・。
 「タマ、お前は?」
ある意味、ラディスラスが一番反応が気になる珠生に訊ねると、
 「ラディ達だけじゃ心配」
珠生は当然と言い切ってくれた。
 「俺がしっかり作戦考えるから」
 「頼りにしてるぞ、タマ」
ラディスラスは笑みを浮かべて、珠生の肩をポンッと叩いた。



 「・・・・・」
 この場で、約束が違うと断られても仕方が無いと思っていたユージンは、危険が増してもなお自分に協力してくれるというラディ
スラス達の言葉に声が詰まった。
最初の約束自体、まるで騙したような形だったのに、彼らはそれでもその約束を遂行しようとしてくれる。
世の中では海賊などと口汚く罵られる存在なのに・・・・・これ程に誠実だとは思わなかった。
(・・・・・いや、それは、このラディスラス達だからかもしれない)
 他の海賊であったらどうだったのか、それは全く想像も出来ない。
自分が選んだ相手に間違いが無かったことに、ユージンは心から安堵した。
 「では、明日からの作戦の為に、美味しいものをご馳走しよう。ここから少し行った場所に、酒と飯が美味い店があるんだが」
 「ああ、酒か、いいな」
 「タマは何が食べたい?」
 「俺?ホントはお腹いっぱいなんだけど・・・・・ごちそーしてくれるなら、甘いもの?」
 「まだ食うのか?タマ」
 「甘いのベツバラッて言った」
 ワイワイと騒いでいる自分達が、まさか国をひっくり返すような相談をしていたと誰が分かるだろうか。
今まで広く浅く、気軽な付き合いばかりしていたユージンは、これが仲間と味わう雰囲気なのだろうかと思う。
 「ユージン、何楽しい?」
珠生が、下から顔を覗き込むようにして訊ねてきた。そう言われるまで、ユージンは自分が笑っていたことに気付きもしなかった。
 「いや・・・・・仲間のようだなと思って」
 「仲間じゃん!今から一緒に悪さするんだから」
 「悪さ、か」
 「タマ、自分で言ってどうするんだ。俺達がやるのは遊びだ。大人を巻き込んだ、少々規模の大きな、だろ?」
そう言って、ラディスラスはユージンに向かってニヤッと笑う。
それを見て、ユージンも口元に笑みを浮かべた。
(確かに、壮大な遊び・・・・・だな。一国丸ごと使うのだから)