海上の絶対君主
第四章 愚図な勝者 〜無法者の大逆転〜
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※ここでの『』の言葉は日本語です
ユージンという財布がいたおかげで、何時も以上に高い酒を飲み、美味いものを食べたラディスラス達はそのまま港近くの宿に
泊まった。
実を言えば、ユージンは宿まで世話をしてくれると言っていたのだが、さすがに至れり尽くせりなのはラディスラス達も面白くは無い。
後を引きずらない程度のやり取りが、仲間としては一番いい距離感だと思ったのだ。
「よく寝れたか?タマ」
「うん」
部屋は二部屋取った。
もちろんラディスラスは珠生と同室になるつもりだったが、今までの品行方正とはいえない行動に不信感を抱いていたアズハルが
反対し、珠生自身もアズハルがいいと言い出して、結局部屋割りはラディスラスとラシェル、珠生とアズハルとイアンになった。
しかし、久し振りにラシェルとゆっくり話すことも出来たので、ラディスラスとしてはそんなに悪いという気分ではない。
朝から甘い菓子を口にしている珠生を、笑いながら見つめる余裕も十分にあった。
「ラディ、今からどうするんです?」
「海の方が上手くいっているか、昼までに知らせが来ることになっている」
「そして?」
「そっちの準備が整っていたら、さっそく今夜王宮に忍び込む」
明日の昼までには港の制圧が騒ぎになるだろう。そうなると動きにくくなるので、今夜のうちに王宮内に入り込み、機会を窺うこ
とにしていた。
大国であるベニート共和国の兵力はもちろん大きなものだが、それでも貿易と頭脳を売りにしているこの国は、どちらかといえば
交渉の方に力を持ってくるだろう。
それに対するには、少しでもこちらも使える手を増やしていた方がいい。
「昼まで時間がありますね」
「少しのんびりするか」
この後にどれ程頭と身体を酷使する場面があるか分からない。
ラディスラスの提案に、珠生を除く3人は納得して頷いた。
(こんなにのんびりしてていいのかな)
珠生は誰に言っていいのか分からない思いを口の中で呟いた。
「遊びに行ってもいいが、この宿の位置を忘れるなよ?」
珍しく珠生の1人での外出を許してくれたラディスラスに、珠生の方が戸惑ってしまった。
反対されたら意地でも飛び出すつもりだったが、行っておいでと手を振られ、尚且つお小遣いまで貰ってしまい・・・・・。
(ラディは絶対俺を小学生だって思ってるよな)
この世界に小学生という括りは無いかもしれないが、間違いなく子供と同列だろう。
失礼だとは思うものの、自分に力が無いことは自覚しているし、第一身体の作りもまるで違うのだ。若い女でも自分よりも立派な
体格をしているのを見るにつけ、一応良く食べよく寝ればもう少しは成長するだろうと思っていた珠生も、どんなに食べても元々が
違うのだからと諦めも感じ始めていた。
「・・・・・」
(つまんないな)
こうして、賑やかな屋台を見て回っても、あまり面白くは無かった。
1人でいることもそうかもしれないが、追い掛けてくるラディスラスから逃げて・・・・・と、いう、ワクワク感が無いからかもしれない。
「・・・・・戻るか」
宿に戻ってみんなと一緒にいよう。
そう思った珠生は踵を返そうとしたが、
「?」
その瞬間、目の端に何かが映った。
(何?あれ)
食べ物の屋台が並んでいる場所からは少し奥まった所。
女子供の姿は無く、なにやら気難しい顔をした、若い男達が数人立っている。
(何だろ)
興味が湧いた珠生は、その店へと足を向けた。
近付くにつれ、若い男達が着ている服が同じものだということが分かった。
「ね、ここ、何売ってる?」
「・・・・・」
いきなり声を掛けた珠生を、男達は怪訝そうに振り返る。
「子供の欲しいものは売ってないぞ」
「だから、何?」
「ここは、学校で使用するものが売ってるんだ」
「ガッコー?」
(ガッコー、ガッコー・・・・・ああ、学校?)
言葉の響きと漢字がようやく合って、珠生はへえと思いながら改めて並べられたものを見た。
確かこの国は外国からの留学生も数多く受け入れていると言っていた。そんな彼らの為の店があっても不思議ではないだろう。
(文房具店みたいなもん・・・・・)
「とは・・・・・違う?」
珠生の想像では、ノートや定規や、その他の、いわゆる文房具が売られていると思ったが、屋台に並べられているのは黒や白
い粉や、石、大小さまざまなナイフのようなもの・・・・・。
「なんだ?これ」
ラディスラスは窓の外を見ていた。
もちろんのんびり外の風景を見ているわけではなく、少し前に1人で外に出かけて行った珠生の姿を捜していたのだ。
「たいくつ。外行っていい?」
「ああ、いいぞ」
今夜のことを考えれば珠生にストレスを与えない方がいいかと、ラディスラスは内心心配でたまらなかったが外出を許した。
そのラディスラスの心配を察したイアンが、珠生には分からないように後を付けているのは分かっているのだが・・・・・自分でも予期
しないまま様々な事件を引き寄せている珠生に何かないかと、ラディスラスは先程からここの場所を動くことが出来なかった。
「・・・・・あ」
そんなラディスラスの視界に珠生が映った。
出て行く時の気難しい顔とは違い、何だか楽しそうな表情だ。
「美味い物でも見付けたか?」
手に袋のようなものを持っているので、何かを買ってきたのだろう。
どちらにせよ無事に、それも機嫌よく帰ってきて良かったと、ラディスラスは窓辺から立ち上がった。
「ただいま!」
「おう、お帰り」
珠生がラディスラスのいる部屋に戻った時、彼は1人、紙に向かって何かを書き込んでいた。
「ラディ、何、それ?」
「夕べ、ユージンから預かった王宮の見取り図。どこに衛兵がいるとか、王や王妃の部屋とか・・・・・まあ、簡単なものだがな」
「地図か」
珠生はラディスラスの手元の紙を見下ろす。
書いてある文字は読めなかったが、展開図のように幾つもの部屋らしいものが書いてある。それは合計3枚ほどあった。
「分かる?」
「ああ、大体な。取り合えず用心しなければならない衛兵の詰め所や、武器庫は、イアンに言って鍵を変えるつもりだ」
「イアンに・・・・・あれ?イアンは?」
「あいつはその道具を調達しに・・・・・」
「ただいま戻りました」
ラディスラスの言葉が終わる前に、イアンが部屋の中に入ってきた。
「・・・・・お帰り、どうだった?」
「何も。無事戻りました」
「そうか」
「何だ、ラディ、イアンだって大人なんだから、そんな子供心配するみたいしないでいいんじゃない?ね、イアン」
「そうですね」
一瞬、複雑そうな顔をしたイアンだが、直ぐに口元を綻ばせた。笑うとなかなか愛嬌のある表情になるなと思いながら、珠生はラ
ディスラスを振り返る。
(ラディ?)
ちらっと見えたラディスラスの顔も、先程イアンが浮かべたのと同じような表情になっていたが、珠生の視線に気付くと直ぐに苦笑
へと変わった。
「そうだな、心配のし過ぎか」
「ハゲちゃうよ、ラディ」
「ハゲ?」
幸いに・・・・・と、いうか、その言葉の意味はラディスラスには分からないようだった。
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