覇王と賢者の休息





                                                      
※ここでの『』の言葉は日本語です






 国境の門から思わず足を踏み出した有希は、だんだんと近付いてくる土煙に胸を高鳴らせた。
(とうとう会える・・・・・)
バリハンの地に現れたという《強星》がいったいどんな人物か、有希は今日の来国を聞かされた時からずっと想像してきた。
書状だけではよく分からないが、有希と同じ言葉を話すということは、向こうも日本人だという可能性が高い。
自分と同じ様にこの世界に引き寄せられ、そして有希がこの世界の王アルティウスと結ばれたように、向こうもシエンと結ばれ
たのだろうか・・・・・早く会って確かめてみたかった。
 「ユキ」
 「う、うん」
 土煙だけではなく、ソリューと、それに跨る人影も肉眼で確認することが出来た。
先頭にいるのは既に懐かしいと思えるバリハンのシエン王子で、その前には小柄な人影が寄り添うように見えた。
 「あれが・・・・・《強星》・・・・・」



 「シエン!もんみえた!」
 「ええ、あれがエクテシアの国境の門です。・・・・・ああ、アルティウス王とユキ殿の姿が見える」
 「えっ?むかえ、きてるっ?」
 思わずソリューから身を乗り出そうとする蒼を慌てて抱きとめると、シエンは苦笑しながら言った。
 「待ち遠しいのは分かりますが、あともう少し待ってください」
 「う〜、まてないよ〜!」
 蒼にとって、それは初めて経験する長い砂漠の旅だった。
蒼自身は身体を動かすことを苦としないタイプではあったが、初めての砂漠越えは蒼にとってもかなりの苦行だった。
舞い上がる砂塵で目が痛くなったり、口に砂が入ってしまうのはざらだった。
慣れないソリューの背で揺られ続け、腰や尻は直ぐに痛み出したし、風呂も時折あるオアシスのような所で身体を拭く事しか
出来なくて、蒼は出発前の安易な自分の考えを反省した。
 しかし、こうして目的地を目の前にすると、それまでの苦労が全て消え去ってしまうから不思議だ。
 「あ・・・・・」
やがて、蒼の目でも、石で作られた門のような建物の前に何人かの人物がいるのが分かった。
(あの中に《強星》がいるんだ!)



 一際大きな身体のソリューに跨ったシエンの姿を見て、有希は感慨深い思いを抱いた。
一時は一緒にこの国を出ようとした相手だ。
その思いには色々な種類があるとは思うが、懐かしい・・・・・それが一番合う気がする。一緒にいた時間はほんの数日だが、
今思えば随分濃密な時間だった気がした。
 「・・・・・」
 不意に、有希は自分の肩を抱き寄せるアルティウスに気が付いた。多分、シエンに対する有希の気持ちが揺らがないように
する為だろう。
(僕が好きなのは、アルティウスだけなのにな)
有希は頬を緩めて、アルティウスの腕にしっかりと掴まる。
 やがて、目の前に止まった大きなソリューから、旅装束のシエンが降りてきた。
続いて、厚いマントに包まれた人物を下ろしてやっている。
その手がとても大事そうにその人物を取り扱っているのを見て、有希はシエンがどんなにその相手を思っているのか分かる気が
した。
 「ユキ殿」
 「シエン王子・・・・・」
 「この度はご成婚おめでとうございます。お会いして直接お伝えしたかった」
 「・・・・・ありがとう」
 立場からすれば、バリハンの皇太子よりも、エクテシアの王妃である有希の方が上だ。
足元に膝を折って礼を取るシエンに、有希も静かに礼を言った。
そして、その目は直ぐにシエンの隣に立つマントの主に向かった。
 「王子、その人が・・・・・?」
 「ええ、私の正妃、ソウです。ソウ、ユキ殿とアルティウス王にご挨拶を」
 『もう、マントを脱いでいいんだよな?暑くてしょうがないぜ』
 「え・・・・・?」
(今の・・・・・?)
 有希の耳に届いたその言葉は、どう考えても懐かしい響きの日本語だ。
大きく見開いた有希の面前に、マントを脱いだまだ少年のような人物が現れた。



 『うわ・・・・・きれー・・・・・』
 蒼は目の前にいる人物を見て思わず感嘆の声を漏らした。
身長も体型も自分とほとんど変わらないようだが、見た目の印象は驚くほど華奢で儚げだった。
肩まで掛かる黒髪。
暑いこの世界にいるとは思えないほどの白い肌。
一見して、まるで美少女のようだったが、シエンの話によると男だという。どう見ても少女にしか思えないと、蒼はポカンと口を開
けて見つめていた。



 有希も、大きな目を丸くして蒼を見つめた。
(男・・・・・だよね?)
自分とそう背格好が変わらず、年齢も・・・・・いや、自分よりは年下だろうか。
髪は少し栗色がかっていて、肌も健康的な小麦色に日焼けしている。
猫のようにつり上がった目は眩しいほどの生命力を見せ付けていて、有希は眩しそうに目を細めた。
どう見ても少年である。
しかし、シエンと・・・・・2人が並び立つ姿はとても似合っていた。
 「なんだ、男だったのか」
 有希の隣に立つアルティウスが呆れたように言った。
 「アルティウスッ」
 「シエン王子、ユキを知ってからか、そなた男の方が良くなったのか」
 「ちょ、ちょっと、アルティウスッ」
 異国の言葉をはっきりとは認識していないのか、目の前の少年は不思議そうにシエンを振り向いて説明を求めている。
そして、苦笑を漏らしながらシエンが何事かを言った瞬間、
 『シエンを馬鹿にしてんのか!!』
 いきなり叫んだその言葉は、もう疑うこともない日本語だった。
 『その子だって男だろ!自分の事を差し置いて人の事を侮辱するなよ!』
突然怒鳴ったかと思うと、少年は猛烈な勢いでアルティウスに詰め寄った。
アルティウスの肩にやっと届く位の身長の少年だったが、アルティウスの持つオーラに少しも臆すことなく対峙する姿は印象的で、
有希は思わずシエンを振り返ってしまった。
そのシエンの目は愛おしそうにその少年に向けられていて、有希の視線に気付くと楽しそうに微笑んでみせる。
(シエン王子、本当に大切にしてるんだ・・・・・)
 「ユ、ユキ、こやつ何を言ってるのだ?」
 少年の言葉が分からないアルティウスは、珍しく途惑ったように有希を振り返る。
 「アルティウス、その人、僕と同じ日本人だよ」
 「何?」
 「僕の世界の人だよ」
有希は今にもアルティウスに掴みかかろうとしている少年の前に立つと、嬉しさを隠せないような笑みを浮かべて言った。
 『ソウ、さん、僕の言葉、分かりますよね?』
 『・・・・・え?』
 『僕、日本人です。杜沢有希といいます』
 『・・・・・ホントに?』
 この遥かな未知の世界で、自分と同じ立場の人間に会えるとはとても思えなかった。
だからこそ嬉しくて、有希は思わず手を差し出そうとする。
しかし、それよりも一瞬先に、
 『すごいよ!嬉しい!俺、五月蒼!』
 「わっ」
 「何をするっ?」
ガバッと有希を抱きしめた蒼は、アルティウスの言葉を一切無視してギュッと有希にしがみついたままだ。
その腕の強さに、有希は確かに存在する蒼の存在を認識した。







                                        
                              







有希ちゃんと蒼君の井戸端会議1