覇王と賢者の休息



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※ここでの『』の言葉は日本語です






 痛いほどの太陽の日差しと、マントの上からでも衝撃がある砂埃。
行きは早く有希に会いたくて疲れなど感じないほど元気だった蒼も、帰路の今はどこか覇気がなくなっているようだと思うのはシ
エンの気のせいではないだろう。
 ほぼ半日ソリューを走らせたシエンは、太陽が一番高い位置に来た時に休憩を取った。
 「ソウ、疲れていませんか?」
 「・・・・・うん、たいちょぷ」
僅かな岩陰で休憩を取る蒼の顔色はとてもいいとは言えなかったが、シエンはわざとそれに触れることはせずに言葉を続けた。
 「夜までには、ここから一番近いオアシスに着くと思いますが」
 「・・・・・シエン」
 「はい?」
 「おれ、けんき、ない?」
自分でも自分の変化を感じ取っているのか、蒼は少し心許ない表情でシエンを見上げていた。



 自分で想像していたよりも有希との別れはショックだったようだ。
永遠の別れではない・・・・・そう何度自分の心に言い聞かせていても、頭の中のどこかで・・・・・本当に会うことが出来るのだろ
うかと不安に思うのだ。
この果てしなく、厳しい世界で、唯一生きてきた背景を共有出来る相手・・・・・自分が日本人だと確信し合える相手に、これ
程長く苦しい旅をしなければ会えないというのが辛い。
それでも・・・・・。
 「たいちょうぷ、きょうたけ」
 「・・・・・」
 「シエンといっしょいることきめてる。ユキとは・・・・・てったい、またあえる」
 何度も何度も自分にそう言い聞かせる。
これ程に別れるのが辛い相手がいても、蒼は一緒に生きる相手をシエンと決めたのだ。
ベソをかくのは今日だけ・・・・・別れた当日の今日だけと自分に言い聞かせながら、蒼は強く手を握り締めると・・・・・。
 「・・・・・?」
 不意に、その拳が温かいもので包まれた。
 「シエン?」
 「あなたは1人ではありませんよ」
 「・・・・・」
 「確かに、私はあなたと同じ国の民ではありませんが、あなたと共に生きると誓ったのです。ソウ、1人で背負わずに、あなたが
持っているものの半分を私に預けてください。2人で共に歩きましょう」
 「・・・・・」
 「元気なあなたの顔を見せてください、ソウ」
優しく力強いシエンの言葉。
どれほど蒼の事を想ってくれているのか、これで分からなければ男ではない気がした。
 「・・・・・よし!」
 蒼はシエンの手を握り返した。
やっと会う事の出来た同じ世界の有希よりも、確かに大切な存在が今この目の前に・・・・・この手の中にある。
 「かえる、シエン、おれたちのくに!」
 「ソウ」
 「かえるぱしょ、ひとつ!シエンのいるところ、おれのいるとこ!」
泣いてなどいられない。バリハンには、蒼を待ってくれている人間が大勢いるのだ。
別れを悲しんでメソメソしているのは自分らしくなかった。
 「しゅっぱつよ、シエン!」
立ち上がった蒼は、今まで自分が走ってきた方向を見つめる。
そして、もう既に見えない彼の国の大切な友・・・・・有希に向かって叫んだ。
 『絶対にまた会える!絶対にまた来るからな!!』
力強い光が戻った蒼の目に映るのは、明るく確かな未来だった。



 丁度その頃、有希もソリューの背中に乗っていた。
アルティウスのマントの中にスッポリと包まれた有希は、アルティウスの大きな身体に子供のように納まっている。
数日ゆっくりしてから王宮に戻ろうと言ったアルティウスに、直ぐにでも早く帰ろうと急かしたのは有希だった。
 「きつくないかっ?」
アルティウスの問いに、有希はかろうじて頷くことしか出来なかった。
 この国境の地から国の中枢にある王宮に戻るのはどんなに急いでも数日掛かる旅で、その途中には当然ながら砂漠もある。
頑丈とはいえない有希には、強行軍はかなりの負担を強いるもののはずだが、休みたいという言葉を漏らすことは無かった。
だからこそ、アルティウスの方が心配して声を掛けるが、有希はしっかりと手綱にしがみつくようにして首を横に振るだけだ。
 「だ・・・・・いじょぶっ」
 「・・・・・」
 「僕は大丈夫だから、早くっ」
 「・・・・・」
 不意に、ソリューの速度が弱まった。
今までの飛ぶような走りがゆっくりとした歩みになってきたので、有希は思わずアルティウスを見上げた。
 「走らせて?」
 「何を焦っておる」
 「え?」
 「幾らソリューを急がせたとしても、王宮に戻る時間は1日早いかどうかだ」
 「・・・・・っ」
 「ユキ」
 静かに歩むソリューの背に揺られながら、有希はポツリと呟く。
 「焦ってるのかな・・・・・僕」
 「・・・・・」
 「ソウさんがあんなに大変な旅をしてきたのに、僕はのうのうとしているようで・・・・・早く何かをしないとって焦ったのかもしれな
い」
同じ世界の人間で、年もそんなに変わらない蒼の驚くほどの行動力に、有希は自分の無力さを見せ付けられたような気がし
ていた。
もちろん、蒼が故意にそれを見せ付けたわけではないのも知っているし、そもそもの体力自体が違うというのも分かっている。
ただ、この世界で生きていくことを決めた有希にとって、何かをしなければという焦りは蒼を知ってから・・・・・日を追うごとに大き
くなっていた。
 「私はそなたに功を求めてはおらぬぞ」
そんな有希の決意を、アルティウスは事も無げに切り捨てた。
 「私はそなたに立派な王妃になって欲しいとは思っておらぬ」
 「アルティウス・・・・・」
 「そなたは私が欲しくて欲しくて手に入れたものだ。私の傍にいてくれさえすればよい」
 「・・・・・」
 「それが不満ならば、私を幸せにすることを考えろ」
 突然、ポンッと有希の視界が開けたような気がした。
強引ともいえるアルティウスのその論法が、すんなりと心の中に入ってきたのだ。
この地に留まった大きな理由・・・・・一番初めに思ったのは、アルティウスと一緒にいたいと思ったことだ。
それから、アルティウスの治めるこの世界をよりよくしたいと思った。
全ての始まりは、アルティウスの存在なのだ。
 「・・・・・アルティウス」
 「なんだ」
 有希は笑った。
その笑顔はとても綺麗で、アルティウスは一瞬見惚れてしまう。
 「アルティウスは、やっぱり俺様な王様だね」
 「ん?」
 「ぜーんぶ、強引に収めちゃうとこ」
 「・・・・・それはよいことか?」
 「もちろんだよ。・・・・・僕の王様」
 焦ることはないのだ。
これからの長く厳しいであろう道のりは、1人ではなく2人で歩けばいい。その先にはきっと、笑っている自分とアルティウスがいる
はずだ。


 「また、会いましょうね、蒼さん。絶対・・・・・会えますよね」

 「当たり前だろ、有希。俺達、同じ世界に住んでるんだから」


別れは再会の序曲に過ぎない。
有希と蒼の新しい世界は、これからずっと・・・・・大きく広がっていくのだ。




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有希ちゃんと蒼君の井戸端会議10