覇王と賢者の休息





                                                      
※ここでの『』の言葉は日本語です






 蒼とシエンの滞在は、正味3日程しかなかった。
どちらの国も婚儀を挙げたばかりなのでしなければならない行事は山と待っているし、長い間の長となるものの不在はあまり良
いものではないからだ。
 そして、今・・・・・有希は蒼と対峙している。
これっきり会えないわけではないと泣くこともないと分かってはいるが、この数日過ごした濃密な時間を失うのは確かだった。
気軽に日本語で話し、家や学校のことを言い合う。普通の友人同士ならば珍しくも無いその光景は、蒼がいなくなれば全く
有希には訪れないのだ。
それは蒼も同様で、傍に自分の一番大切な人がいたとしても、この悲しみを耐えるには相当な我慢が必要だった。
 『蒼さん・・・・・』
 『有希』
 『あの、また・・・・・また、会えますよね?』
 こんな慌しいものではなく、もっとゆっくりとした時間を取りたいのは山々だが、有希はアルティウスという王の妃であるし、蒼も
シエンの妃だ。
そんな時間を取るのはほとんど無理だと互いに分かってはいたが、有希も蒼も、確かな証、約束という誓いを交わしたいと思っ
た。
 『当たり前だろ!絶対にまた会おう!』
 『はい!』
 『アルに苛められたら直ぐにバリハンに来いよ?有希の1人くらい、俺が絶対に守るからっ』
 『蒼さんも、シエン王子と喧嘩したらここに来てくださいね?僕は絶対に蒼さんの味方ですから』
 『・・・・・』
 『・・・・・嘘、です。何も無くても・・・・・また会いましょう』
 『うん』
 有希は蒼を抱きしめた。
身長は僅かながら有希が高いが、蒼にはしなやかな筋肉がきちんと付いている。
きっと、蒼は有希よりも強い。
それでも、有希は蒼を守るかのように抱きしめて言った。
 『大好き・・・・・蒼さん・・・・・元気で・・・・・』
 『俺だって!俺だって、有希が大好きだよ!』
お互いにそう叫ぶと、とうとう2人は我慢出来ずに泣き出してしまった。



 すぐ傍で、そんな2人の様子を見ていたシエンは、隣に立つアルティウスに視線を向けた。
今までならば馴れ馴れしくするなと怒鳴っていたアルティウスも、今は眉を僅かに顰めたまま黙って2人を見つめている。
 「・・・・・お世話になりました」
そう言ったシエンに、アルティウスはふんっと鼻を鳴らした。
 「全く、思った以上に騒がしい日々だった」
 「・・・・・」
 「・・・・・しかし、こんな風に寂しくなるとは・・・・・予想外だな」
 「アルティウス王」
とうとう、直前まで言い合いをしていたアルティウスと蒼だが、その口調は当初とは違い、仲の良い者同士のじゃれ合いのよう
な雰囲気になっていた。
真剣に剣を交えた2人には、他人には分からない絆が出来たのかもしれない。
それはシエンにとってはあまり面白いものではなかったが。
 「あの話、お忘れにならないように」
 「話?」
 「何時でも手をお貸しするといった・・・・・あのことです」
 「・・・・・忘れなければな」
 強がりな言葉は、頬に浮かんでいる笑みで帳消しになっている。
シエンも思わず頬を綻ばせると、抱き合ったまままだ泣いている蒼に歩み寄った。



 「ソウ、時間ですよ」
 一番のきつい流砂がある場所は日中越えなければ足元が危うい。
その為にはもう出発しなければならない時間なのだろうと、蒼はゆっくりと有希から手を離した。
 『じゃあな、有希』
 『・・・・・また・・・・・ね、蒼さん』
 最後の顔は出来るなら笑顔でと、そう思った2人は涙に濡れた頬に笑みを作った。
それが引き攣った、とても笑顔には見えなかったものだとしても、最後は笑って別れたという事実になる。
 「シエン」
 「はい」
 シエンは軽々と蒼の身体を抱き上げてソリューに乗せると、自分もその後ろに支えるようにして跨った。
 「アル!ゆき、なかせる、ないよ!」
 「そなたは王子のことだけ思っておればよい」
 「ゆき、たいち、するよ!」
 「・・・・・」
 「アル!」
 「そなたに誓おう。どのようなことがあっても、私はユキを泣かさず、守り抜く」
アルティウスの言葉の意味を、シエンが耳元で優しく伝えてくれた。
それを聞いた蒼は再び泣きそうに顔を歪めるが、グッと我慢して有希に向かって大きく叫んだ。
 『また!絶対会うぞ!有希!』
 ギュッと手綱を握り締めた蒼を見て、シエンも頭を下げた。
 「お世話になりました」
 「気、気をつけて・・・・・」
 「無事の帰路を願う」
有希とアルティウスの言葉に深く頷いたシエンは、勢いよくソリューを走らせる。
少数の集団の姿は、たちまちの内に砂埃に紛れて姿を小さくしていった。



 「・・・・・ちゃんと、帰れるよね」
 「シエン王子が共にいるのだ。間違いがあるはずが無い」
 有希の不安をきっぱり否定すると、アルティウスは遠い国境に視線を向けた。
ここからバリハンまで、どんなに急いだとしても半月以上掛かる旅路だが、小さいながらも意外に逞しい蒼ならばその強行に立
派についていけるだろう。
 熱く、長い砂漠の旅路。
きっと、蒼達は無事帰国出来るはずだ。



 「振り向かなくて・・・・・いいんですか?」
 砂塵を口に入れないように口を覆ったくぐもったシエンの声に、自分も頭からすっぽりとマントを着せられた蒼は少しして・・・・・
頷いた。
 「ふりむくと・・・・・なく」
 「あれだけ泣いたのに?」
 「からた、すいぷん、なくなるは・・・・・ため」
 「・・・・・」
(そんな強がりを・・・・・)
シエンは苦笑を零すと、凄まじく早く走っているソリューの背の上で、ギュッと強く蒼を抱きしめた。
 「シ、シエンっ?あぷない!」
 「私がいますよ」
 「シ・・・・・」
 「私は、ずっとあなたと共にいますから」
 「・・・・・っ」
自分の腕を掴んでいる指先が肌に食い込むほど強くなる。
しかし、シエンは声を洩らさず、ますます強く蒼を抱きしめると、懐かしい2人の祖国バリハンへとソリューを走らせた。







                                        
                              








有希ちゃんと蒼君の井戸端会議9