春の歓楽
11
日付が変わる頃、もう遅いからと真哉を帰すと、真琴はそのまま離れに残った。
(布団は三組だけか・・・・・でも、くっ付ければ寝れるよね)
母が敷いてくれた布団は人数分しかなかったが、それでも真琴はここで海藤達と一緒に休むつもりだった。
しかし。
「真琴?」
「え?」
「お前も部屋に戻れ」
「え、あ、でも・・・・・」
初めて訪れた家で、人目がないとはいえ離れにそのまま寝かせてもいいのだろうかと、真琴は助けを求めるように倉橋と綾辻の
方を見る。
「大丈夫よ、マコちゃん。社長が布団を蹴ったって、私がちゃんと着せてあげるから」
「海藤さんは寝相悪くありませんよ」
綾辻の言葉に笑ったが、真琴は少しホッとしていた。
海藤1人ならどんなに言われてもここに一緒にいるつもりだったが、綾辻や倉橋が一緒ならば心配は無いかもしれない。
チラッと振り返る真琴に、海藤は僅かに笑みを浮かべて頷いた。
「明日、な」
「・・・・・分かりました、じゃあ、明日起こしに来ますね」
「寝坊しない様にね」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみ」
3人の声に見送られながら真琴は外に出た。
「寒・・・・・」
(でも・・・・・良かった、みんなと会わせて)
本当にいいのだろうかとずっと自問自答していたが、きっと・・・・・この先これが良いままなのか、それとも悪い方へ変わってしまう
か分からないが、会わせた事に後悔はしないだろう。
「次は、ちゃんと言おう」
年が離れていても、男同士でも、この人が自分の愛する人なのだと、真琴は堂々と両親に告白しようと決意していた。
母屋に戻っていく真琴の後ろ姿を見つめながら、海藤は自分がここにいることが不思議でたまらなかった。
本当ならば、こんな温かな家庭というものに触れることなど、自分は許されない存在のはずなのだ。
(卑怯だがな・・・・・)
真琴の父や祖父は、自分と真琴の関係に気付いている。その上で、見て見ぬ振りをしてくれていた。
しかし、もしも自分の本当の立場を知ったら・・・・・会社の社長という表の顔だけではなく、開成会というヤクザの組を率いる立
場の人間と知ったら・・・・・あんなに優しい目を向けてくれるだろうか。
(情けない)
自分の両親は共にこの世界にいた為、海藤は生まれた時からヤクザ社会とは密接な繋がりを持っていた。
だからか、普通という感覚がよく分からない。
「・・・・・」
「社長?」
母屋の1階はまだ明かりが点いている。誰かが起きているのだろう。
「・・・・・」
「社長」
「直ぐ戻る」
自分にとって何よりも大切な真琴。
そして、そんな真琴が大切にしている家族。
海藤は何も言わないという自分の選択が正しいのかどうか、もう一度確かめたいと思った。
先ほどまで宴会をしていた茶の間には、和真が1人でカップを傾けていた。
「あれ?海藤さん、どうしました?」
「・・・・・灯りが点いていたので」
「そうですか。もう酒は片付けちゃって・・・・・コーヒーでもどうですか?あ、面倒臭いからインスタントですけど」
笑いながらそう言うと、和真は海藤の答えを聞く前にさっさとコーヒーを入れ始めた。
「砂糖とミルクは?」
「いえ、いりません」
「あ〜、でも、夜寝る前だからブラックだと胃に悪いですよ。少しだけミルク入れちゃいますよ」
マイペースな和真は、そう言って海藤にカップを差し出した。
見ると、和真のカップの中は自分に差し出されたよりも色が白く、真琴の甘いもの好きはこの父親に似たのだろうと直ぐに分かっ
た。
「・・・・・」
「・・・・・」
ここまで来たものの、さすがに海藤は自分から口を開けなかった。
すると、そんな海藤の空気を読んだのか、和真が自分用のカフェオレを一口飲んで言った。
「さっきは父が失礼したね」
「・・・・・いえ。覚悟はしていましたから。私が何を言われるのは構いません」
人から向けられる悪意や罵声などには慣れている海藤にすれば、真介の言葉は十分真琴への愛情が感じられた優しい言葉
だった。
たとえ自分に何があっても、この家族ならば残った真琴をしっかりと受け止めてくれると感じる。
もちろん、海藤は真琴を残して死ぬ事など考えてはいなかったし、手放すこともするつもりは無かったが、こんな家族が真琴には
いると思うだけでも安心感が違った。
「・・・・・これでも、少しは驚いてるんですよ」
「・・・・・」
「うちは男の子ばかりの兄弟で、上2人があんなに立派に育ってるでしょう?下の真ちゃんは小さい頃からしっかりしていて、私
にすれば真琴は・・・・・娘じゃないけど、守ってやらなくちゃいけない存在だと思ってたんですよ」
「・・・・・」
「男同士って言うのはびっくりしたけど、相手があなたみたいな人っていうのは、なんか納得出来たっていうのかな」
穏やかに話す和真の声はとても優しい。
その心の中にはかなりの葛藤があるはずなのに、それを少しも海藤にぶつけようとはしないし、見せようともしない。
柔らかな見掛けを裏切り、和真は大人で、強い精神力の持ち主なのだろう。
「・・・・・西原さん」
「はい?」
「私は、あまり人様にいえるような立場にはない男です」
「・・・・・」
「全てを知ったら・・・・・きっと、あなたも私と真琴を離れさせようとするでしょう」
はっきりとは口にしない。
海藤の身分を知って、和真やこの家に絶対迷惑が掛からないとは言えないからだ。
それは同じ世界の人間達だけではなく、世間からすれば一般人を守ってくれるはずの組織の人間も、この世界の人間と知り
合いというだけでこの家族を色眼鏡で見てしまう可能性も、納得は出来ないがあるかもしれない。
多くは知らない方がいい・・・・・それでも、全てに口を閉ざすことはしたくなかった。
「・・・・・海藤さん」
「・・・・・」
どんな罵声が飛んでくるか・・・・・いや、和真は声を荒立てることはしないだろうが、その目が自分を見る色がどんな風に変わっ
たか、海藤は確かめるのが少し怖かった。
「人、殺してますか?」
「・・・・・っ」
いきなりそう言われた海藤は、反射的に和真を見た。
和真の頬からは笑みが消えていたが、その目に想像していたような蔑みの色は無かった。
「どうです?」
「・・・・・私は、ありません」
言葉を濁すことなく、海藤は言った。
「じゃあ、え〜と・・・・・薬、そう、覚醒剤とか、使ってるんですか?」
「いえ、ご法度ですから」
「真琴を、大事にしてくださってますよね?」
「・・・・・そうしたいと・・・・・思ってます」
「それなら、私が言う事は何も無いです」
「・・・・・」
和真は再びその顔に穏やかな笑みを浮かべると、固い表情のままの海藤を見て目を細めた。
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