春の歓楽



14







 少し早めの朝食を取った後、真介は再び綾辻を庭に引っ張っていった。
真琴は止めようとしたが、海藤は大丈夫だからとその肩を叩く。
 「手加減しない程度に力を抜くはずだ」
 「・・・・・?」
 まだ不安が残る中、2人の背中を見送っていた真琴の耳に、今度は別の方からの声が聞こえてくる。
 「将棋以外で、何が出来ますか」
 「真ちゃん、まだ海藤さんと勝負する気?」
 「だ、だって、勝ち逃げなんて卑怯じゃんか!」
 「勝ち逃げって・・・・・」
(大体、真ちゃんの方から勝負申し込んできたのに・・・・・)
よく出来た賢い末っ子である真哉は、兄弟の中でも一番かもしれないほどの負けず嫌いだった。このまま海藤に負けっぱなしは
悔しいのだろう、何かで勝負したいのだと訴えているその表情に、真琴は呆れると同時におかしくなってしまった。
(負けてもおかしくないのにな)
海藤と真哉では、歳の差はゆうに20以上違うのだ。ヘタをすれば親子だといってもいい位の歳の差なのに、真哉が勝とうと本気
で思っているのが微笑ましい。
きっと、そう言ったら怒るだろうが。
 「・・・・・」
 真琴はチラッと海藤を仰ぎ見た。
その顔は穏やかに微笑んでいて、少しも気分を害していないことが分かる。
 「海藤さん」
 「次までに練習していればいい」
 「え?」
眉を顰める真哉の頭を、海藤はクシャッと撫でた。
 「お前の得意なもので勝負しよう」
 「・・・・・そんなこと言ってもいいんですか?子供だと思っていたら足元すくいますよ」
 「それは・・・・・怖いな」
 「・・・・・っ、その言葉、覚えていてくださいよ!絶対に次は勝ちますからね!」
 「ああ、次はな」
 ごく自然にそう言い返した海藤の言葉の意味に、真琴は少し遅れてから気が付いた。
海藤はまたここに、真琴の家族に会いに来てくれる気持ちなのだ。
(う、嬉しい・・・・・っ)
約束を違えることはない海藤は、きっとまたここに来てくれる。真琴は確かな約束をもらったようで、思わず頬が綻んでしまった。



 「勝ち逃げとはなっ!」
 結局、綾辻は適度に手を抜いた上で、真介に怪我をさせないように勝ってしまった。
そこで真介を勝たせたらかなり憤慨されたかもしれないが、歳の差以上に綾辻の実力を身をもって知った真介にとっては、この
結果も納得出来るもののようだった。
それでも口調だけは相変わらず強気なのが微笑ましい。
 「またお相手させてください」
 「ほんとかっ?」
 「ええ」
 「俺は社交辞令は一番嫌いだ!」
 「私は、社交辞令って単語、知らないもの」
にっこり笑って言う綾辻に毒気を抜かれたのか、真介はいきなり大声で笑い始めた。
 「よし!受けて立ってやろう!」
 「お願いしますね」
 「・・・・・」
 海藤は、ここに来てずっと笑っている自分に気が付いていた。
愛しい真琴が傍にいるということももちろんだが、真琴の家族といてもこんなにも笑っていられる。
真琴に良く似た柔らかい雰囲気の父親、和真が真琴の手土産のチーズケーキを頬ばっているのも。
母親である彩が朝食の目玉焼きを焦がしていたことも。
2人の兄が、海藤と真琴の関係を両親に悟らせないようにヘタな冗談で場を和ませようとしているのも。
何もかも・・・・・海藤の心に優しく響く。
(家族か・・・・・)
 自分の子供を欲しいとは思わない。今更女など抱きたくも無い。
だが、既に自分は真琴という家族を手に入れているのだと・・・・・そう思えた。そして、真琴の家族は、海藤にとっても手の内に
入れてもいい存在なのだ。
 これから先、自分の立場を考えれば深く付き合わない方がいいのは分かっている。それでも、守るべきものがあれば・・・・・それ
が一つでも多ければ、それだけ強くなれるような気がする。
海藤はここに連れて来てくれた真琴に感謝した。



 昼食を済ませた海藤達は、玄関先で頭を下げた。
 「お世話ばかり掛けまして」
 「いいえ。もっとゆっくりしていけばいいのに」
残念そうに和真はそう言ってくれるが、当初から泊まったとしても1日だけと決めていた。それ以上は西原家にとって迷惑な事態
になるかもしれないからだ。
 「海藤さん、俺・・・・・」
 「ゆっくりしてくるといい。真哉君の卒業式、ちゃんと見て来い」
 「・・・・・はい」
 一緒に帰りたいと思う反面、真哉のことも気に掛かっているだろう真琴は小さく頷く。
しかし、その目が淋しいという色合いになっていることが、海藤にとってもくすぐったく・・・・・嬉しかった。
 「西原さん」
 そんな思いを断ち切って、海藤は和真に視線を向ける。
 「本当に・・・・・ありがとうございました」
 「海藤さん」
 「はい」
 「身体、気をつけてくださいね。また、絶対にうちに来てください、待ってますよ」
 「・・・・・」
その言葉の意味は、昨夜話した海藤と和真しか分からないだろう。
そんな和真の心遣いがありがたかった。
 「ええ、また」
 「お前も来いっ!」
 和真の後ろから叫んだ真介は、口元を緩めて綾辻に言う。
 「ええ。おじい様もお元気で」
 「じじいって言え!」
家族みんなで表まで出て、車に乗り込む3人を見送る。
何時もの黒ずくめの男達の列ではなく、デコボコな・・・・・それでいて温かな家族の見送りだ。
 「俺も直ぐ帰りますからっ」
 「・・・・・」
 大きく手を振る真琴に頷くと、海藤は綾辻に合図をする。
ゆっくりと動き出した窓の外から見送りの影が見えなくなると・・・・・海藤は深い溜め息を付いた。
 「・・・・・いいご家族でしたね」
倉橋が静かに言った。
 「ホント、面白くって、温かかったわ」
 「・・・・・ああ」
たった1日の滞在だったが、海藤達にとってはまるで人生の最初からやり直せたようなほど長い時間に感じた。血の繋がった家
族ではない・・・・・しかし、もう他人ではない家族が、離れているとはいえ3人には出来たような感覚なのだ。
海藤は窓の外を見る。流れるただの平凡な光景を、海藤はこの先忘れることはないだろうと思っていた。






                                         






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