春の歓楽











 そして、真哉の卒業式を直前に控えた土曜日、真琴は実家に帰ることになった。
もちろん隣には海藤がいて、オマケのように・・・・・。
 「すみません、綾辻さん、運転手にさせちゃって」
 「い〜え。私もすっごく楽しみだし」
 「・・・・・あなたは留守番の立場なのに・・・・・」
 「今更何言ってんのよ、克己。社長のOKも貰ったし、マコちゃんも歓迎してくれてるじゃない。それに、もしもの時は私みたい
なのがいた方が場が和むのよ、ね〜、マコちゃん」
綾辻の言葉に苦笑しながら、真琴は今回の帰省について考えた。
(海藤さんは今回は挨拶だけにするって言ってたけど・・・・・)
 今回、海藤が同行することは弟の真哉には言ったし、両親にも世話になっている人を連れて行くと告げた。
電話の向こうでは大歓迎だと笑っていた母親だが、連れて行く相手が自分の恋人だと知ったらどんな反応を示すか・・・・・さす
がに真琴も分からなかった。
あからさまに罵るような事はしないとは思うが、まさかという事もある。
だからというわけではないが、真琴は2、3日滞在をするつもりで用意しているが、海藤は日帰りを覚悟しているようだった。
 「大体、克己ばっかりずるいわよ。私だってマコちゃんの御両親見てみたいし」
 「遊びではないんですよ」
 「分かってるわよ」
 「・・・・・」
 様々な雑事に慣れている倉橋は当初から同行が決まっていたが、真琴の実家に行くということを聞きつけた綾辻が自分も行
きたいのだとダダをこねた。
どういう結果になるかは分からないが、もしもという時は自分のようなキャラクターが貴重なのだと何時の間にか海藤に訴え、真
琴もそうかもしれないと直ぐに同意したのだが、ギリギリまで知らされていなかったらしい倉橋は朝から不機嫌で、綾辻がからかい
混じりに機嫌を取っているらしいのが面白かった。



 真琴の実家は、都心のマンションからは車で3時間弱の栃木県宇都宮市にあった。
高速道路を飛ばし、市内に入って懐かしい街並みを見つめていた真琴は、去年の今頃電車で東京に通っていたことを思い出
していた。
大学入学を機に、1人暮らしをしても大丈夫だという事を見せる為と、早くからバイトに慣れたかった為に、週に3日、なんとか
頑張って通っていた。
あの頃は近くの駅まで自転車で行って、それから電車に乗って、また乗り換えてと、通うだけで一苦労な感じがしたが、こうして
車で来るとあっという間だ。
 「どうした?」
 じっと窓の外を見つめていた真琴は、海藤の言葉に照れ臭そうに笑いながら言った。
 「なんか、帰って来たなあって思って」
 「・・・・・」
 「電車で通うことが出来てたぐらいの距離なのに、なかなか帰って来なくて悪いなって・・・・・」
大学が忙しいとか、バイトが休めないとか、家族に説明する理由は決まっていたが、何より真琴の足を止めていたのは海藤の存
在だった。
海藤と出来るだけ一緒にいたいと思う気持ちが、実家に向かう真琴の足を止めていた。
そのことを後悔するつもりは無いが、申し訳ないなとは思う。
 「これからはもっと帰ればいい」
 「・・・・・」
 「大人しく待ってる」
海藤の言葉が外見に似合っていなくて、真琴は思わず笑ってしまった。



 昼過ぎに出発した一行は、午後4時前には真琴の自宅の前に着いた。
街中からは少し離れた住宅地の一角の、2階建ての平均的な家。
真琴は小さいからと何度も言っていたが、狭いながらも庭はあり、駐車場も3台分もある敷地は、東京であったならば結構な金
額がするだろう。
 「ちょっと、待っててくださいね」
 先に車を降りた真琴が玄関に小走りに向かう。
その後ろ姿を見ると、真琴もこの家が、家族が好きなのだろうなということが分かった。
 「静かないい所ですね〜」
 綾辻が辺りを見回しながら言う。
 「なんか、マコちゃんが育った所なんだなって思うと感無量」
 「・・・・・」
 「違います?」
海藤は少しだけ口元に笑みを浮かべると、自分も車から外に出た。
 「・・・・・」
生まれも育ちも東京の中心地だった海藤にとっては、これほど静かな街というのは初めてと言ってもよく、綾辻が言ったようにここ
が真琴を育てたのかと不思議な思いもした。
そして、この家から東京までバイトに通っていたという真琴の根性にも笑みが零れる。
その根性が無かったら、海藤は今ここに立っていることは無かっただろう。
 「海藤さん!」
 その時、真琴の声がした。
ゆっくりと視線を向けた先には真琴と共に、面白くなさそうな顔をした末の弟、今回の帰省の目的である小学校6年生の真哉
が立っていた。
 「真ちゃん」
 真琴に促された真哉は、見るからに渋々といった感じに頭を下げてきた。
 「こんにちは」
 「ああ」
(相変わらずだな)
相変わらずのブラコンで、兄を奪った自分を敵視しているのが丸分かりだが、海藤にしてみれば計算が無いそんな態度も笑みが
浮かぶだけだ。
 「元気そうだな」
 「・・・・・今日はわざわざ来て頂いてありがとうございました。ゆっくりとして行ってください」
棒読みのその言葉に、盛大に吹き出して笑ったのは綾辻だった。
 「言ってる事と表情がそれだけ違うのも楽し〜わね〜」
 「あ」
 「お久し振り〜。前よりカッコよくなったじゃない、真君」
 「こ、こんにちは」
 去年の夏休みに真琴を訪ねて東京まで1人でやってきた真哉。
その時に会った綾辻のことは、その特異なキャラクターのせいか覚えていたらしい。
 「今回は私達もおまけで来ちゃった!よろしくね」
 「あ、は、はい」
さすがに綾辻の話術や雰囲気には逆らえないらしく、真哉は目を丸くしながらも素直に頷く。
海藤はやはり綾辻を連れて来て良かったと思った。
口が重く、表情も乏しいと自覚している自分よりも、見た目も華やかで話しやすい綾辻は貴重な存在だ。
 「皆さん、どうぞ」
 真琴に促され、海藤はゆっくりと玄関に向かう。
すると、まるでそのタイミングが分かったかのように、中からドアが開いて男が1人顔を覗かせた。
 「ああ、こんにちは」
 「・・・・・いきなりお邪魔をして、申し訳ありません」
 「いえいえ、私もお会い出来るのを楽しみにしてましたよ」
その歳にしては身長も高い方だろうが、兄達とは違いほっそりとした印象で。
穏やかに笑っている表情や、持っているおっとりとした雰囲気は真琴と共通している。
 「真琴の父親の西原和真(にしはら かずま)です」
間違いなく真琴の父親だと感じ、海藤は頭を下げた。
 「初めまして・・・・・海藤貴士といいます」
 「いらっしゃい、海藤さん。よく来てくれましたね」
躊躇いも無く差し出された手に、ゆっくりと手を重ねる。
誰かと握手するのにこんなにも緊張するのは初めてかもしれないと、海藤は真琴の家族に対する緊張感に気分を引き締めた。