春の歓楽











 久し振り・・・・・といっても、正月に帰省して以来の実家に目新しい変化はない。
それでも、懐かしい家の空気というものを肌で感じて、真琴の頬からは笑みが消えなかった。
(やっぱり家はい〜よな〜)
海藤と2人で暮らすマンションも、真琴にとっては既に家といってもいい存在だったが、やはり実家には別の思いを抱く。
ここは、絶対に温かく迎えてくれる《場所》なのだ。
 「どうぞ」
 和真は小さな応接間ではなく、家族が集う茶の間に一行を案内した。
始めは挨拶だけでその場を辞そうとしていた倉橋と綾辻も、「どうぞどうぞ」という無敵の笑顔に押し切られて後に続いてくる。
 「大きな人達ばかりだと狭いかな」
 「コタツ、まだ出してるの?」
 「母さん寒がりだろう?夜はまだ寒いし。さあ、どうぞ」
十分に育った長兄、真咲(まさき)と次兄、真弓(まゆみ)に合わせ、コタツも一番大きいものを買ったのだが、体型はスリムだが
それなりに身長がある海藤達が3人揃うと少し窮屈そうだ。
なにより・・・・・。
(な、なんか、似合わない)
 内面も外見も、ソファとテーブルが似合う3人が、きちんとコタツに納まっている姿は思わず笑みが零れてしまった。
 「あの、足を崩してくださいね」
 「私、コタツなんて初めてよ。すっごく温かいじゃない!克己は?」
 「・・・・・私も、初めてです」
 「海藤さんも?」
 「ああ」
 「うわ〜っ。凄いね、父さん!みんな初めてだって!」
 「今は暖房も色々あるしね。でも、私は家族みんなが集まるこれが一番温かいと思うんだよ。さてと、皆さんはコーヒーでいい
のかな?それともお茶がいい?」
ニコニコ笑いながら訊ねた和真に、腰が軽い綾辻が直ぐに声を掛けた。
 「お手伝いしますわ、お父様」
 「お客様はゆっくりしててください」
 「俺が手伝うよ」
 「あ、お、俺も」
和真に続いて部屋を出て行く西原兄弟。
中には、海藤達3人が残された。



 「・・・・・家族って感じ」
 ポツンと呟いた綾辻の言葉に、海藤と倉橋も内心同意していた。
こういう世界に入っているからというわけではないが、3人が3人共に家族には恵まれていなかった。
いや、立派に両親は揃っていて、金銭的にも皆恵まれていた。住んでいた家も、この家よりも大きく立派で、外から見ただけで
は裕福な家の人間だろう。
 それでも、3人の誰もが家族の温もりというものを知らない。
金銭的には豊かでも、精神的にはずっと孤独と戦ってきたのだ。
 「なんだか、マコちゃんっぽいお父さんね」
 「・・・・・あの父にしてあの子・・・・・か」
 「こんなに歓迎されるなんて思わなかったです」
 「・・・・・」
 海藤は部屋の中を見回した。
華美ではなく、どちらかといえばシンプルなすっきりした部屋だ。
多分、真琴が生まれる前に建てられたであろう家は、20年近く経っているとはいえまだまだ綺麗な方だろう。
所々に飾られた写真、飾られた花、そしてコタツの上の籠に盛られたミカンの山を見て・・・・・海藤は笑みを浮かべた。
普通・・・・・本当に、普通の家庭なのだと思う。
(俺なんかに捕まって・・・・・)
 海藤と出会わなければ、真琴はあのまま普通に大学に通って、卒業して、この故郷の地で就職し、結婚をしたはずだろう。
平凡な、しかし、誰に後ろ指を指されることもない幸せな人生を歩むはずだった真琴の道を、強引に歪めたのは自分だ。
 真琴の幸せを願っている・・・・・だが、もはや自分の手の中から真琴を手放すことなど出来ない。
相反する思いを抱きながら、海藤は静かにそこに・・・・・いた。



 「イチゴ、買ってるんだけど食べるかな?」
 「イチゴ?」
 滅多に使わない景品で当たったサイホンでコーヒーをたてていた真琴は、冷蔵庫に首を突っ込みながら聞いてきた和真に思
わず聞き返した。
 「合わなくない?」
 「そうかなあ。この辺りの名産だし、美味しいと思うんだけど」
 「じゃあ、出せばいいよ。あいつらが食べなかったら俺が食べる」
 「真ちゃん、あいつらじゃないだろう?」
 「・・・・・あの人達」
口を尖らせながら、それでもきちんと言い直した真哉の頭を撫でると、和真は赤く色付いたイチゴを山盛りに器にのせていく。
そして、練乳と砂糖、牛乳も一緒にトレーに置くと、コポコポと沸いているコーヒーに視線を向けた。
 「まだもうちょっと掛かりそうだね」
 「うん」
 「マコちゃん」
 「ん?」
 「お帰り」
 改めてそう言われると照れ臭いが、そう言われて返す言葉は一つしかない。
 「ただいま」
 「今回は泊まっていけるんだろう?」
 「うん。バイトも休みを貰ったし、海藤さんにもちゃんと言ってるし」
 「海藤さんか・・・・・。あの人・・・・・」
ちらっと茶の間に視線を向けた和真に、真琴はなぜかドキッとした。
(な、何か、おかしかった?)
今回、日頃世話になっている居候先の人と一緒に帰ると連絡をした。
一緒に暮らしているのに挨拶もないと失礼だからという理由は、真琴の両親にも十分歓迎するものだったらしく、自分達もぜひ
会いたいからと言葉を返してきた。
 本当は・・・・・恋人だと、ちゃんと紹介をしたかった。
真琴自身は海藤とのことを恥ずかしいとは思わなかったし、なにより隠すというのは海藤の想いを踏みにじる行為のように思う。
しかし、海藤は自分の職業柄、出来るだけ接触を持たない方がいいと言い、今回挨拶だけを済ませれば帰るらしい。
(本当に・・・・・言わなくてもいいのかな)
 真琴は和真の横顔を見る。
幼い頃から声を荒げた姿など見たことがない優しく穏やかな父。
この父ならば、たとえ海藤の本当の立場を知ったとしても、無闇に反対をするとは思えないが・・・・・。
 「あの人、カッコイイね」
 「・・・・・え?」
 「俳優さんみたいだよ。きっと母さん嬉しがって悲鳴上げるだろうなあ。びっくりする顔見るの、楽しみだね」
 「う、うん」
どこか的が外れている和真の言葉に、真琴は慌てて頷いて同意を示した。
 こうして悩んでいても仕方がない。
2人の事は2人で決めていかなければならないことで、真琴が気軽に話してみればという軽々しい思いで言える事ではないだろ
う。
(とにかく、今回は父さんに海藤さんのことを知ってもらおう)
 言葉では伝えることは出来なくても、自分がどんなに大切にされているか、見ていれば分かってもらえるはずだ。
 「マコちゃん、冷めないうちに」
 「は〜い。真ちゃん、ドア開けて」
 「うん」
 「先に行ってるからね、父さん」
真琴は入れたてのコーヒーの香りが充満している台所から、3人が待っている茶の間へと急いで足を向けた。