春の歓楽











 「やだあ〜!カッコイイじゃない!!初めまして、真琴の母親の彩(あや)です〜。なに、マコ、話以上にカッコイイじゃない。あ
ら、こちらの方々は?まあ〜、モデルさん?」
 「ち、違うよ、母さんっ。こちらは倉橋さんと綾辻さんっていって、海藤さんの部下の人達なんだよ」
 「まあまあ」
 「な、なに?」
 「韓流なんて目じゃないわね〜」
 始めは、真琴の母親である彩のハイテンションにさすがに驚いたようだったが、直ぐに体勢を立て直した綾辻がにっこりと女殺し
の笑みを浮かべながら艶やかに笑った。
 「初めまして、お母様。座ったまま失礼しますね」
 「いいんですよ。私もパートで遅くなっちゃって、急いでご飯の支度しますから」
 「・・・・・お構いなく。私達は直ぐに失礼しますので」
さすがに倉橋は辞退する為に口を挟んだが、久し振りの息子の帰宅と、見目麗しい男達を見ているだけでテンションが上がって
しまっている彩には全く勝てなかった。
 「何言ってるんですか!せっかく来て頂いたお客様をこのまま帰らすなんて出来ませんよ。ねえ、お父さん」
 「うん。倉橋さん、落ち着かないかもしれませんが、どうぞ付き合ってやってください」
 「・・・・・はい」
そこまで言われて、それでも帰るとは言えない。
視線を向けた先の海藤が頷いたことを確認して、倉橋は丁寧に頭を下げた。



 「なんか、マコちゃんのお母さんって感じ」
 イチゴとコーヒーを一緒に出すなんてとブツブツ言いながら彩が台所に向かうと、綾辻がクスクス笑いながらそう言った。
意味が分からない真琴は、首を傾げて聞き返す。
 「俺の母さんって?」
 「ホワ〜として、明るくて。普通のお母さんって感じで素敵よ。マコちゃんがこんなにいい子に育ったのが分かるわ」
 「そ、そうですか?」
母親を褒められるのは照れ臭くて、それでも嬉しさの方が勝って父親を振り向くと、1人最後のイチゴを頬張っていた和真も嬉
しそうに笑いながらうんうんと頷いていた。
(海藤さんも・・・・・)
 コタツという、本当に似合わない場所ながら、少しも気にすることなくコーヒーを口にしていた海藤は、真琴の視線に気付いて
口元に笑みを浮かべてくれる。
 「・・・・・」
 本当は、こんな風に家族を見せるつもりはなかった。
九州の地で見た、海藤とその両親のあまりに深い溝は、幼い頃の海藤にとってはどんなに辛く寂しいものだったか真琴は想像
も出来ない。
そんな海藤に、自分と家族の関係を見せ付けることは傲慢かも知れない・・・・・いや、そう思うこと自体思い上がりかも知れな
いと、道中真琴は繰り返し自分に問うていた。
 しかし、こんな風に穏やかに笑う海藤が見られれば、小さな迷いなどどうでも良くなる。
(性格なんて変えられないし)
ありのままの両親と兄弟を見てもらえただけでも嬉しいと、真琴もにっこりと笑い返した。



(これが・・・・・家族というものなのか)
 躊躇なく言い合い、笑い合い、子供の知人というだけで会ったこともない人間に笑顔を向けることが出来る。
海藤にとってそれは羨ましいというより不思議な感覚だった。
 「海藤さん、食べないんですか?」
 にっこりと笑い掛けてくれる真琴の父の目には自分はどう映っているのか気にはなるが、言葉にして聞くのもおかしいだろう。
海藤は苦笑を零しながら言った。
 「・・・・・これは、真琴君が好きなので」
 そう言いながら真琴の方にイチゴが入った皿を動かすと、真琴は大きな目を更に丸くしてこちらを向いていた。
 「どうした?」
 「今・・・・・」
 「今?」
 「真琴君って・・・・・」
さすがに両親の手前、名前を呼び捨てにしない方がいいと思ったのだが、当の本人はかなりの違和感を抱いたらしい。
眉を下げて困ったような表情になると、真琴は海藤に言った。
 「何時ものように・・・・・呼んで下さい」
 「・・・・・」
 「俺、全然気にしないし、父さん達だってなんとも思いませんよ?」
 「しかし・・・・・」
 「ん?何の話だい?」
 2人の会話に和真が入ってくる。
何でもないと言おうとした海藤よりも先に、真琴は父親に向き直った。
 「ねえ、父さん、年上の人が年下を呼び捨てにしたっておかしくないよね?」
 「ん?まあ、おかしくないと思うよ?」
 「ほらっ」
嬉しそうに笑いながら振り向いた真琴に、海藤は苦笑を零すしかない。
どうやっても、海藤は真琴に勝てないのだ。
 「分かった、真琴」
 海藤の返事に満足したらしい真琴が笑うと、まるでそんな2人の空気を分断するように、それまで大人しく座っていた真哉が、
言葉が途切れたのを切っ掛けに真琴の服を引っ張った。
 「ねえ、マコ」
 「ん?何、真ちゃん」
 しっかりしているようでも、真琴に対しては末っ子の甘えを存分に発揮する真哉は、海藤が気になるのかチラチラと視線を向け
ながら早口に言った。
 「じいちゃんの迎え、行かないの?」
 「じいちゃん、道場?」
 「うん」
 「道場って?」
 耳聡く言葉を聞き取った綾辻が訊ねると、真琴は少し気恥ずかしそうに笑いながら説明してくれた。
 「うちのじいちゃ・・・・・祖父は、剣道の段持ちなんですよ。それで、週に何回か近所の道場に通って、子供に教えてるんです
けど」
 「わっ、凄いじゃない」
 「もう70に近いけどすっごく元気で。父の父なんですけど、全然似てないんですよ」
 そう言い終わるのを待ちかねたように玄関が開く音がした。
 「マ〜コ!!帰ってるのか!」
 「うん!」
真琴が出迎えに行くまでもなく、ドシドシと音が鳴るほどの足音がしたかと思うと、茶の間の襖が勢いよく開く。
 「マコ!お帰り!」
 「ただいま!」
 笑って出迎えた真琴には笑みを向けた初老の男は、直ぐに海藤達の存在に気付くと、目を細めて睨みつけてきた。
 「・・・・・なんだ、こいつらは」
 「聞いてない?俺が今お世話になってる人を連れてくるってこと」
 「・・・・・いや、それは聞いたが・・・・・」
 「じいちゃん、初対面なのに睨まないでよ〜」
 「・・・・・」
真琴と、真琴の両親と、その兄弟。しかし・・・・・彼らとは全く相反する雰囲気を持つその相手に、さすがの綾辻も驚いたように
呟いた。
 「・・・・・マコちゃん、こちらが・・・・・おじいさん?」
 「あ、はい」
 「西原真介だ(にしはら しんすけ)だ。お前ら、堅気か?」
 「じ、じいちゃんったら、失礼だよ!」
 「・・・・・」
(70には見えないな)
 海藤は感心して真介を見た。
身長はさほど高くないものの、がっしりした体格は衰えを感じさせず、鋭く睨む眼光はまるで自分達と同じ世界の人間のようだ。
真琴が言っていた通り、父親には全く似ていない。
(・・・・・前身は、警察か)
以前真琴のことを調べさせた時、既にかなり高齢な祖父のことは詳しくは聞かなかった。しかし、もしかするとこの人物が一番厄
介な存在かもしれない。
 「・・・・・」
海藤は真介の視線を真っ直ぐに受け止めながら、目の前の人物の次の言葉を身構えて待っていた。