春の歓楽











 大きな身体でガキ大将のように遊びまわっていた2人の兄達と、歳が離れて少し小柄で大人しかった真琴と真哉では、祖父
である真介の接し方はまるで違っていた。
悪戯ばかりしていた兄達には拳骨を振りかざして怒鳴り、家の中で遊んでいた真琴達には、穏やかに笑いながら頭を撫でてく
れた。
かなりの対応の差があっても兄達が不満を漏らさなかったのは、拳骨の後に必ずガシガシと頭を撫で、一緒に遊んでくれたから
だ。
 優しげな顔の父とは違い強面で、豪快で怖いのに、子供のように無邪気な祖父のことも真琴は大好きだし、祖父も真琴達
4人の孫のことを愛してくれている。
だからこそ、見るからに普通ではない雰囲気を持つ海藤達を警戒しているのだろう。
 「どうだ?」
 一見、海藤達はヤクザには見えず、どちらかというと上等な部類の人間に見えるが、持っている空気に隙が全く無い。
それが祖父には分かるのだろう。
しかし、今ここで海藤達の正体を明かすつもりがない真琴は慌てて祖父の傍に歩み寄ると、怒ったような、困ったような顔をして
説明した。
 「じいちゃん、この人は会社の社長さんだし、こちらの2人も役員さんなんだよ?変な事言わないでよ」
 「・・・・・」
 「じいちゃんってば!」
 「・・・・・ああ、悪かった。いきなり言う事じゃなかったな」
 「じいちゃん」
 「俺んちにはあんまり似合わない方々だ。もしかしたら、奴らの知り合いかと思ってな」
 そこで、祖父はようやく笑みを浮かべ、真琴の頭を何時ものように優しく撫でてくれた。
 「お帰り、マコ。待ってたぞ」
 「うん、ただいま」
真琴もようやく安堵して、自分よりもはるかに逞しい祖父にギュッと抱きついた。



 真介が警戒心を解いたと思った真琴は、ようやく笑いながら帰宅の挨拶をしているが、海藤は真介の目が鋭い光を失ってい
ないことに気が付いていた。
真琴の手前誤解したというようなことを言っているが、真介自身はまだ疑いを解いてはいない。
 どこかピリピリとした空気を解すように、綾辻がにこやかに笑いながら口を開いた。
 「おじい様は、警察関係のお仕事してたんですか?」
 「・・・・・」
明らかな男の綾辻の女言葉に怪訝そうな視線を向けた真介は、答えを誤魔化すことはしなかった。
 「いや、サツじゃない」
 「父さん、言葉が悪いよ」
和真が穏やかに注意するが、真介は全く態度を改めない。
 「今時これぐらいガキだって言ってるだろうが。お前、男だろ?」
 「ええ、見ての通り」
 「・・・・・隙がねえが、何かやってるのか?」
 「すこおしだけね。美容の為ですよ」
しかし、綾辻のその理由付けは却下されたらしい。
真介はニヤッと人の悪い笑みを向けた。
 「手合わせして欲しいな。剣道は出来るか?」
 「時間があれば、お願いします」
 海藤は綾辻がどれ程の武芸の腕かを知っている。いくら真介が歳の割には腕がたっても、きっと綾辻の敵ではない。
それなりに相手をしてあしらうことも出来るだろうが、きっと・・・・・真介は納得しないだろう。
 「それより、おじい様は何をしてらしたんです?」
 「おじい様なんて止めろ。俺は習字を教えてる」
 「・・・・・習字、ですか?」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「なんだ、見掛けによらないって言うんだろうが、俺はこれでも神童って言われてたぐらいなんだぞ」
一動の沈黙が面白くなかったのか、まるで子供のように言い張るのがおかしかった。
思わず頬を緩めてしまった海藤を見て、真介は更に言葉を続けた。
 「まあ、教室のかたわら、保護司ってのもやってる、未成年のな」
 「・・・・・」
(ああ、だからか)
 やっと、海藤の頭の中で、真介という人物像が出来上がった。
保護司・・・・・犯罪者などの改善・更生を助け、犯罪予防のための保護観察に当たる者。それは、社会的信望などを有する
民間人の中から選ばれるが、もしかしたら真介は最適の人間かもしれない。
海藤が納得したのと同時に、綾辻と倉橋も違和感が払拭出来たようだ。
 「すっごいわ〜!おじい様、最適じゃないですか」
 「そうか?まあ、子供は嫌いじゃないからな。悪ガキ共だって、ちゃんと話を聞いて向き合えば分かる奴がほとんどだ。俺はこの
仕事が嫌いじゃない」
 「マコちゃんも当然知ってるのよね?」
 「はい。でも、高校に入るまでは良く分からなくて、ただ、怖そうなお兄ちゃん達がよく来るなあとしか思ってなかったんです」
 「・・・・・へえ。よく何も無かったわね〜」
 「当たり前だ。家族に手を出されるようじゃ、この仕事をしてる意味が無い。マコも、そいつらによく遊んでもらってただろ?」
 「あ、うん。兄ちゃん達もよく喧嘩してたけど、何時も楽しそうだった」
 笑いながら真琴は言っているが、今の真琴はそうそうこの家には帰せないなと海藤は思った。
幼い頃も可愛かったであろう真琴。
しかし、今は海藤に抱かれていることによって、更にある種の男達には魅力的な存在になっているだろう。
真介が睨みを効かせても、若さゆえの暴走があるとも限らない。きっと、真介の心配とは種類が違うだろうが。
(それにしても、保護司か)
 そういった少年達の中には、ヤクザと関係がある者も多いだろう。きっと、真介ならばその相手とも対峙したに違いない。
だからこそ自分達の闇の匂いを感じ取ったのかと、海藤はどんなに取り繕っても覆い隠せない自分の家というものに暗い笑みを
漏らしてしまった。



 「ほらほら、ご飯の用意するわよ〜!」
 会話が途切れるのを計ったかのように(多分偶然だろうが)、彩が明るい声で言いながら大きな鮨桶を抱えてきた。
 「母さん、お鮨取ったの?」
 「せっかくお客様が来るんだもの。こんなにカッコイイ人達ならバンバン食べさせたいし」
 「・・・・・ちゃんとしたお寿司屋さんのだ」
桶を覗き込みながら呟く真哉の頭を、彩はバシッと叩いて頬を膨らませる。
 「変な事言わないの!」
 「だって、何時も小僧寿しだし」
 「小僧寿しも値上がりして安くは無いのよ」
言い合いを始めてしまった母と弟。真琴は慌てて止めに入った。
 「もう、お客さんの前だよ!」
 「あら、そうだったわ、ごめんなさいね。マコ、出すの手伝って」
 「うん」
 「私もお手伝いします」
 「私も」
 「お客様は座ってていいの!そろそろ煩くて大食いの熊達が来るから、その前に美味しいネタは食べちゃって」
 「兄ちゃん達も帰ってくるの?」
 「マコが帰ってくるって煩かったからね。何時もは週末は彼女とデートだけど、今回ばかりは・・・・・」
 「「マコ〜〜〜!!!」」
彩が言い終わらないうちに、賑やかに開くドアの音と、同時に叫ぶ野太い声が家中に響いた。
 「あ、もう帰って来ちゃった」
彩が苦笑を漏らすと、バンッと障子が開く。
 「「マコ!!」」
 「煩いっ!お前ら、もっと静かに入って来れねえのか!」
 「うわっ、ごめん!じいちゃんっ、先にマコ抱かせて!」
 飛び込んできた兄達に、真介が怒鳴りつける。
西原家にとってはそれは日常の情景で、和真は真琴の食べ掛けのイチゴに手を伸ばしていて、彩は笑いながら台所に戻って。
真哉は大好きな甘エビを摘み食いして、真琴は兄達にギュウギュウと抱きしめられている。
まるで漫画のような家族の情景に、海藤達はとうとう声を上げて笑い出した。