春の歓楽











 「差し出がましいとは思ったのですが・・・・・」
 「倉橋さん?」
 「大勢が集まるのならば、無駄にしなくて良かったです」
 倉橋はそう言いながら、綾辻と一緒に車から酒を運んできた。
次々と運ばれてくる高級な酒の数々に、目を輝かせたのは真琴と真哉以外の5人の西原一家の面々だ。
 「ほらっ、ユミ、サキ、襖外して場所作れっ」
 「じいちゃん、人使い荒いって」
 「何だ、お前達は飲まねえのか?」
 「当然飲むって!」
酒というキーワードは随分有効だったようで、真介の警戒心は目に見えて消えていき、空気はそのまま宴会へと流れ込むことに
なった。
(トランクのお土産って、お酒のことだったのか)
 道中、綾辻が笑いながら、

 「お土産は魔法の水よ」

と、言っていたが、確かにそれは魔法のような効果があるようだ。
家族では、真琴以外の全員が酒には強く、正月に1杯だけとビールを飲むことを許された真哉も、少しも顔色を変えることが無
かった(苦いと文句は言っていたが)。
 「やだわあ、おつまみ足りるかしら」
彩は普段はあまり飲まないが、『ビールは水よ』と言うぐらいで。
 「洋酒は久し振りだなあ。氷買ってこようか?」
と、ウキウキする和真はチャンポンもなんでも来いで。
 「お、《森伊蔵》に《魔王》・・・・・ああ、《百年の孤独》もあるのか。いい焼酎揃えてんな」
と、自他共に認める焼酎派の真介はずらっとテーブルの上に酒を並べている。
 「私、焼酎好きなんですよ〜」
 「なんだ、なよっとしてるがイケル口か?」
 「多分、お付き合い出来ると思いますよ」
楽しそうに綾辻と酒の話で盛り上がっている真介を見て、真琴の頬には苦笑にも似た笑みが浮かんだ。
 「みんな飲み過ぎないでよ?特に、兄ちゃん達は明日も仕事でしょ?」
 「大丈夫だって」
 「二日酔いなんて、向かい酒すれば治るって」
 「そーそー」
 「もうっ」
 普段ならば彩が一緒になって諌めてくれるのだが、今日は珍しい酒の数々を用意されて彩自身もテンションが上がっているら
しい。
 「マコ、手伝って!」
 「は〜い」
(酔っ払い始めたら止めないと)
 真琴はブツブツ言いながら、彩が手早く作ってくれた料理を、コタツと座敷のテーブルをくっ付けて作った席に次々と運んだ。
真琴が好きなエビフライと卵焼き。
兄弟達が好きな唐揚げやポテトフライ。
そして、海藤や和真の為にと用意された刺身と煮魚。
そこへ、綾辻お勧めの珍味の乾物も並べられた。
酒飲み達の嬉しそうな声が上がる。
 「マコ、あの人達、父ちゃんやじいちゃんの相手出来るの?」
 「・・・・・多分」
真哉の怪訝そうな視線に笑って見せると、真琴は隣に座る海藤のグラスに酒を注いだ。



(・・・・・誰に似たんだろうな、真琴は)
 夕食という名の宴席が始まって30分ほど経った。
海藤は、かなりの杯を傾けたはずの真琴の家族が、誰も酔った様子を見せないことに半ば感心していた。
既に空気に混ざりだしたアルコールの匂いだけで頬を赤くしている真琴とは違い、誰も彼もが見た目は全く普通のまま次々とグ
ラスを空にしていく。
真琴の隣を陣取った真哉さえ、時折冗談のようにグラスの中に注がれる少量のビールを何気ない顔をして飲み干していた。
(真琴だけか、弱いのは)
1人だけ体質が違うのだろうが、そこも真琴らしいと思ってしまう。
 「飲んでますか、海藤さん」
 「頂いてます」
 「親父、そいつザルだって!」
 「サキちゃん、目上の人にそんな言い方しちゃ駄目だろ?」
 やんわりと注意する和真とは正反対のように、
 「ペナルティーだな」
そう言って、真介は真咲の頭にゲンコツを落とした。
 「・・・・・って、痛えよ、じいちゃん!」
 「それを、自業自得っていうんだ」
見た目だけならば、既に父や祖父よりも立派に育ち、多分腕力も勝っているだろう真咲も、反抗することなく素直に受け入れて
いる。
柔と剛・・・・・そのバランスの良さに、海藤はひっそりと笑みが零れた。
 「あ、私は車の運転がありますので」
 既にすっかり真介と肩を組む勢いで酒を飲んでいる綾辻とは違い、倉橋は無表情な顔に僅かな困惑の表情を浮かべたまま、
和真が差し出してくれる酒を断っている。
しかし、その倉橋の言葉を聞き止めたのは彩だった。
 「あら、皆さん泊まっていきなさいよ、ねえ、お父さん」
 「いい所じゃないけど、離れの教室なら十分布団も敷けるだろう?」
 「いえ、私達は・・・・・」
 「若いのが遠慮すんな」
止めを刺したのは真介だった。
 「遠慮されるようなフワフワな布団なんかじゃないって。煎餅布団だから吐いたって構わないぞ」
 「・・・・・社長」
海藤の判断を仰ぐように視線を向けてくる倉橋に、海藤は苦笑を浮かべながら頷いて見せた。
 「お願いしよう」
 「・・・・・はい。それでは、今日はお世話をお掛けしますが」
 「よし、飲め!」
 話は済んだと、早速倉橋にグラスを持たせようとした真介の手から、ひょいとグラスを横取りしたのは綾辻だった。
綾辻は真介のグラスになみなみと酒を注ぎながら言う。
 「新しい子にちょっかい掛ける前に、先ず私との飲み比べの決着つけてくれなくちゃあ」
 「お、そうだったな」
 「次は真さんの番よ」
それが、アルコールに弱いらしい倉橋から目を逸らす行動だというのは海藤には分かったが、ほっと小さな溜め息を付く倉橋は気
付いたのかどうか。
きっと、綾辻は気付かせたくないと思っているかもしれないが。
 「海藤さん、どうぞ」
 残り少なくなった海藤のグラスに、酒を注ぎ足したのは和真だ。
かなりの量を飲んでいるはずなのに、見た目は少しも変わらない。
真琴と同じように甘い物も好きなようだが、酒も相当量いけるようだ。
 「真琴が何時もお世話になりまして」
 「・・・・・いえ」
 「ご迷惑かけていませんか?」
 いきなり始まってしまった世間話に、海藤の意識もピンと緊張を取り戻した。
真琴との同居について何を聞かれてもそつなく答えられるようにと身構える。
しかし、
 「掃除や洗濯は人並みに出来るとは思うんですが、料理だけはどうも・・・・・小学生以下なんですよね。海藤さんにも酷い物
食べさせたりしてませんか?」
 「・・・・・」
想像していなかった言葉に海藤は一瞬目を見張ったが、次の瞬間には俵かな笑みを浮かべながら静かに言った。
 「いいえ、美味しい目玉焼きを作ってくれます」
 「目玉焼き!すごい、成長したなあ、マコも」