春の歓楽











 真琴が大学進学で家を出てから一緒に風呂に入ることも無くなったので、真哉は久し振りの真琴と一緒だと思うと嬉しくてずっ
と頬を綻ばせていた。
 「真ちゃん、ホントおっきくなったよね〜」
 身長ではまだ真琴の方が勝っているが、こうして服を脱ぐと身体の造りが違ってきているのがよく分かる。
運動することもない真琴の身体は筋肉もほとんどなく、細身の父親に似て華奢な印象を与えるが、小学校3年生の頃からずっ
とサッカーを続けている真哉の身体にはうっすらとだが筋肉が付いていた。
今はまだ真琴の容姿に似ているが、きっと将来は兄達のように縦も横も真琴を追い越すことになるだろう。
 「真ちゃんが中学生なんて・・・・・俺も歳取ったなあ」
 「母さんの前で言っちゃ駄目だよ?歳の話は禁句」
 「はいはい」
 風呂場は去年の秋にリホームしたばかりのユニットバスで、広々として明るい。
湯船の中でも足を曲げていれば、真琴と真哉ならばまだ2人一緒に入れた。
 「真ちゃん」
 「何?」
 「卒業おめでとう」
 「・・・・・なんだよ、まだ早いよ。それともマコ帰っちゃうの?」
 「ううん、まだ帰らないけど、ちゃんと言ってなかったなって思って」
 ニコニコ笑っている真琴は真哉のよく知っている顔だ、変わらない。
それでも・・・・・。
(ちょっと・・・・・変わった・・・・・)
真琴に恋人が出来たらしいと知って、わざわざ夏休みに東京まで行った去年。
その時に分かったはずなのに、心のどこかで真琴が男と付き合うはずがないと・・・・・自分以上に大切な存在が出来るはずがない
と、心のどこかで思っていた。
しかし、こうして真琴の身体を見ると・・・・・変な言い方になってしまうが、どこか自分とは違うように感じる。
元々色は白い方だが、痩せ気味な身体も丸みがあるような気がして・・・・・。
 「・・・・・」
 性格的に子供だった真琴は置いておいて、上に歳の離れた男兄弟がいる真哉はまるっきり性に無知というわけではなかった。
学校で教わった形ばかりの性教育以上の情報を兄達から教わったし、今の世の中情報を得ることは容易なものだった。
だからこそ、男同士という恋人関係が世の中にはあると知識としては知っていたが、それが真琴にも当てはまるとは思ってもみない
現実だった。
 「ねえ、マコ」
 「ん〜、何?」
 「・・・・・あの人と別れるってこと、考えない?」
 「え?」
 突然の真哉の言葉に、湯の熱さで頬を赤くしていた真琴は思わずといったように聞き返してきた。
 「別れないと、マコのこと嫌いになるって言ったら・・・・・どうする?」
 「・・・・・」
真琴は笑った。
泣きそうな顔で、それでも笑う真琴を見て、真哉はたった今言った自分の言葉を無かったことにしたいと思った。
 「・・・・・真ちゃん、俺はね、ずるいんだよ」
 「・・・・・」
 「真ちゃんがどんなに俺のことを嫌いになったとしても、どんな喧嘩をしても、最後は許してくれるって思ってるんだ。家族って、無
償で許せる関係だろ?」
 「・・・・・」
 「でも、俺と海藤さんは家族じゃないし、結婚出来るわけでもないから・・・・・ちゃんと、手を離さないでおこうって決めたんだ」
 「マコ・・・・・」
 「海藤さんとの繋がりは断ち切りたくない。でも、家族との、真ちゃんとの繋がりは、俺が切ったとしても強引に結びに来てくれるっ
て思ってる」
 「・・・・・」
 「ずるいだろ?」
 下を向いたまま、真哉は何度も首を横に振った。
真琴がどんな思いで今の言葉を言ってくれたか、同じ家族だからこそ分かる。
(家族ってことに甘え切ってたのは俺の方だ・・・・・)
自分に甘い真琴ならば、たとえこの場の口先だけだとしても『家族を選ぶ』と言ってくれると思っていた。しかし、それこそずるい子
供の考えだったのだと今なら分かった。
 「真ちゃん」
 「俺は、ずっとマコの味方!誰が何て言ったって、マコが一番好き!」
 その言葉に浮かべた真琴の笑顔は、先ほどの泣きそうだったものとは全く違う。
やはりこんな風に幸せそうな、嬉しそうな笑顔が真琴には一番似合っている。
(・・・・・くそっ、あいつ、苛めてやる・・・・・っ)
大好きな真琴を苛めるのはやっぱり出来ない真哉は、小舅の特権として海藤に矛先を向けてやろうと決心した。



 「何というか、豪快な家族ですよね〜」
 先に風呂に入った真琴は、例のごとく兄弟達に攫われて母屋にいて。
その後順番に風呂に入った海藤達は、用意されていた浴衣を身に付けていた。
本来は上2人の兄弟のパジャマなら体格にも合うのだろうが、

 「社長さん達に、この子達の着古しは着せられないわよ」

と、言う、彩の一声で、今年の夏用に既に作ってあった真新しい浴衣を着せてもらったのだ。
浴衣ではまだ肌寒いだろうからと、3人が泊まる予定の離れのソロバン教室のストーブには火が入れられており、3人は隅に長机
を重ねて置いた広い部屋の中を見渡した。
部屋の壁には生徒達の作品が飾られており、その一つ一つに丁寧な添削と励ましや注意の言葉が書き込まれている。
それを見ていた綾辻は、感慨深げに口を開いた。
 「まあ、兄弟には会ってましたけど、あの3人から想像していたご両親とは少し違うっていうか・・・・・」
 「・・・・・おじい様も豪胆な方のようですし」
 「マコちゃんは絶対パパ似よ」
 綾辻と倉橋の会話を聞きながら、海藤も目まぐるしかった今日という日を振り返った。
(確かに・・・・・予想外だった)
真琴の祖父が自分達の関係を疑っていたらしいことも意外だったが、それを父親も察していたらしいという事も海藤には思い掛け
なかった。
それに。
 「おじいちゃん、保護司なんてねえ。道理で迫力あったわ」
 「・・・・・申し訳ありません、社長。私の報告が足りませんでした」
 倉橋はそう言って頭を下げたが、多分倉橋の調査は十分なものだったのだろうと思う。
ただ、海藤が祖父のことまでそれ程に重要に思っていなかっただけだ。
海藤にとっては真琴を手に入れることが、一番大切で重要なことだった。
 「来て良かったですね、社長」
意味深に笑う綾辻に、海藤も苦笑を浮かべた。
 「そうだな」
 「・・・・・あら?」
 バタバタと、駆けて来る足音が聞こえ、綾辻がカーテンを開く。
すると、母屋の方から走ってくる人影が見えた。
 「社長、子犬が2匹、遊んでくれって来ましたよ」
 「・・・・・」
綾辻の言葉に海藤も縁側まで来ると、そのまま窓を開いた。
 「どうした?」
まだ夜は寒いので真琴も真哉もパジャマの上に半纏を着込んでいる。
 「あ、あのっ」
 「俺と勝負しろっ!」
真琴が説明する前に一歩踏み出した真哉は、両手に持ったものを海藤の目の前にかざす。それは将棋の盤だった。
 「・・・・・お前と?」
 「自信がないならハンデつけてあげてもいいですよ」
自信満々に胸を張る真哉に、海藤は一瞬目を細めて・・・・・ゆったりとした笑みを浮かべた。